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「二人で話をしたいわ」


 アリーナは苦肉の策でライの気をひくことにした。

 ハリーのことは口にはしたくなかったからと言うこともある。


「アリーナ、結婚するつもりになりましたか」


 どうしてそうなる。アリーナは脱力する。…いや、二人で話をしたいと言ったら、ライならそう言いだすのは当然かもしれない。


「いいえ」


 アリーナがライに腰を抱かれた状態で小さな声で会話が交わされているせいで、二人の周りの人間には、恋人同士が愛を囁きあっているようにしか見えないとは、アリーナは知らない。ライが終始小声なのは完全に意図的だ。


「それは残念だ。では…何を?」

「…ライ様のご家族のこと、聞いたことなかったけれど、聞いてもいいの?」


 今の今まで、話すタイミングがなかったというか、アリーナが興味がなかったせいというか、アリーナとライの間でライの家族の話をしたことはなかった。


「ええ。勿論です」


 ライが嬉しそうに笑ったので、アリーナもほっとする。もしかするとタブーな話なのかもと思わなくもなかったのだ。ライはそのままファリスたちの中ではなく、バルコニーに寄った。


「ご家族は今どちらに?」


 そもそもこのライが家族にあわせようとしないんだから、会えない距離にいると考えたほうがいいだろうとアリーナは思った。


「両親とも、鬼籍に入ってしまったんです」


 笑っているはずのライから出た言葉に、アリーナはきょとんとする。


「……そうなの。ライ様が笑っているから、てっきりどこか地方にいるものだと……」

「いえ。いいんですよ」

「…どうして笑ってるのかしら?」


 笑みを崩さないライに、アリーナは疑問が湧き出る。その笑みが作られた笑みだとは思えなかったせいでもある。


「アリーナが私のことに興味を持ってくれたんですから、嬉しくもなります」

「……そう。ご両親はいつ亡くなられたの?」


 まさかライの笑みにそんな意味があるとは思わなかったアリーナは、若干引きつつも、その会話を続けることにした。ライがその話をするのを嫌がっている様子がないと言うこともある。


「母は私が小さい頃に…流行病でなくなってしまったんです。父は私が二十歳になったころに病気で」

「そう。それから一人なんですか」

「ええ。ご存じの通りですよ」

「親戚の方とかは?」

「父にはいないと聞かされています。それに有名になっても親戚だと関わろうとする人間もいませんし、本当にいないんだと思いますよ?16になるまでは通いのハウスキーパーを雇ってくれていたんですが、16になって騎士学校に通うようになったら食事は騎士学校で3食食べられますからね。家庭料理は無縁になったんです。でも休みの日とか出来合いのものや簡素なものばかりを食べていると、さすがに嫌になりまして、試しにつくってみたら割合出来が良くて、父に請われて店の味を再現してみたりしていたらなかなかの腕になりました」


 なるほどそれで料理がうまいのかと思いつつ、アリーナはひとつ疑問を思い付く。


「お父様は料理をすることに難色は示さなかったんですか?」

「示した、と言えば示しましたね。この事は言外しない方がいいと」


 なるほど、とアリーナは思う。


「騎士としての能力を疑われかねないと心配していました。そう言いながら人に何々の店の○○が食べたいと言うんですから、矛盾もいいところでしたけどね」


 クスリと笑うライの表情で、父子関係が良好だったのが垣間見える。


「素質があったことと、その時にお父様に否定されなかったことで、きっと腕が上がっていったんでしょうね」

そうでなければ、休みの日にしか料理をしないのに、あんな美味しい料理を作れる腕を維持できないだろう、

「ええ。私の父が父でよかったと思いますよ」


 だからライは女性がやると考えられている家事全般を難なくこなすのだと分かる。

 ライの中でその概念が壊されていたから、アリーナのこともすんなりと受け入れたのだと分かる。


「ライ様…女性が子を成せないとしたら、それは女性ではないと思いますか?」


 唐突なアリーナの質問に、ライは瞬きを一度した後首をかしげる。


「女性には違いないでしょう?…アリーナは子を成せなかったら離縁されるのではないかと心配してるんですね?私は子が成せなくともアリーナとは離縁しませんよ?アリーナが懇願したって御免ですね」


 今まで誰からも返ってこなかった答えに、アリーナは驚きがあった。


「離縁って結婚する前提の話になってるけど、それとこれは別の話よ。…ライ様は子が生まれなくとも、いいの」

「私はアリーナと結婚したいと願っているだけですからね。もちろん子がいれば嬉しくはありますが、アリーナと子供どちらをとるかと言われればアリーナですよ」

「…子を産み育てるのが女性の仕事だって思わないの」

「家にいるときに子供に興味もない様子なのは嫌ですが、育てるのはシッターを雇えばいいだけの話でしょう?アリーナは仕事をしたいって思っているわけですから、その体制を整えるのも結婚する条件でしょう」


 何を今さら、と言いたそうなライは、本気でそう思っているらしいとわかる。


「ライ様は、本当に私が働き続けることを、いいと思っているの?」


 アリーナの質問に、ライがふわりと笑う。


「アリーナが仕事を好きなことは十分わかりましたから、それを奪うようなことはしません。それに、それが叶えられないと私とは結婚してくれないでしょう」

「そうじゃなくて…ライ様は職業婦人をどう思っているの」

「必要ないと思っていたら、あんなことしませんよ」


 あんなことには、王太子に話をつけたことや議会で話がまとまるように脅した…もとい説得したことが含まれているらしい。


「ライ様は…この国の男性にしては寛容なのね」

「寛容かどうかはわかりませんが、私がアリーナを失うのに耐えれないように、アリーナが仕事を失うことが耐えられないと言うなら私は全力を尽くしますよ」


 いやそれは同列に扱っていいのか、という疑問がアリーナに湧いてきたが、本人がいいと言うならいいだろう、とスルーすることにした。

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