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アリーナがベッドに横になると、あんなに早く起きたせいか瞼が重くなってきた。
今朝と言っていいのか、夜中と言うべきなのか、アリーナは2時頃目が覚めた。
いつもなら起きない時間だ。
もう一度眠ろうとしても、全く眠れそうになくて、一人でカレーを作ってやると起き上がったのが2時半。そして今に至る。
作り方についてはライが事細かに説明してくれたおかげで、大体の流れはわかっていた。
ライはルウを作るのが大変ではあるがそれ以外は鍋を見張る以外はそれほど大変ではないと言っていた。だから作ってみようと思ったわけだが。
普通に作れたら、ライに一人で作れたと突きつける気でいたのに。
アリーナは意識が完全に落ちきる前、そう言えばブイヨンって何だったかしら、と思い出した。確かルウに混ぜるんだったな、と思ったのとアリーナが夢の世界に旅だったのは同時だった。
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「アリーナ様!」
大きな声に意識が浮上する。
目の前には女中頭の顔がある。
「おはよ」
「起きてください」
「いやよ」
アリーナは布団に潜り込む。寝てどれくらいたつかは知らないが、眠気はマックスだ。
「駄目です。起きてください」
布団を剥がれる。
「いつもなら寝かせてくれるじゃない」
「アリーナ様。今日は色々と予定がありますから、起きてください」
「…そんなの、聞いてないわ」
昨日家に帰って来た時も、誰にも何も言われなかった。家に帰されたアリーナを気の毒そうに見るのかと思いきや、誰もかれもがにこやかに出迎えてくれて逆に怖かったぐらいだ。
結婚の話し合いの途中だというのに家に帰されると言うことがどういうことなのか考えて見て欲しいと思ったが、アリーナは口に出すことはできなかった。
「ええ。言っておりませんから」
「…予定があるなら、夜中に起きたりしないわ。言っておいて」
「そうですね。誰もまさかアリーナ様が夜中に起き出して料理をするなど考えても見ませんでしたから。…どんな心境の変化があったのですか」
アリーナはにこやかな女中頭から目を逸らす。
「何もないわ」
「そうですか。それならそれでいいのですが、今日はとりあえず起きてください。これから忙しくなりますよ」
「今何時なの」
「8時ですよ。アリーナ様。あと1時間しかありませんから、早く朝食を召し上がって下さい」
「…何があと1時間しかないの」
「お約束の時間です。ほら、早く起きてください」
「何の」
「ほらほら、アリーナ様は考えなくて結構です。すべてはお任せください。ですが食べたり飲んだりするのはアリーナ様自身にしかできませんから、それは早くしてください」
女中頭からは答えを全くもらえなかった。
「…わかったわ」
アリーナは渋々ベッドから体を離した。
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「アリーナさん、寝不足ですね。ダメですよ、寝不足は美容の敵ですから」
アリーナは体を横たわらせながら、自分の顔や体の肉が縦横無尽に動かされるのを感じていた。
なぜ。
最初に発したアリーナの疑問には、誰も答えてくれなかった。そして簡易ベッドに体を横にする他選ばせてもらえなかった。
顔をマッサージしてくれているのは、ルルだ。
なぜルルが今日ここに。そしてなぜアリーナはマッサージをされているのか。アリーナの部屋にはルルの他、ルルの弟子だという3人の女性たちがいて、それぞれに体をマッサージしている。
とりあえず、アリーナは嫌な予感しかしない。
「折角のきれいな肌が、寝不足でくすんでしまってます。蒸しタオル、もう一度貰おうかしら。」
ルルがマッサージをしながらブツブツと呟いている。
「化粧すれば隠れるでしょ」
アリーナが誰の答えも期待せずに呟くと、ルルはカッと目を見開いた。…眼鏡もなくそもそも目をつぶらされているアリーナには見えてはいないが。
「アリーナさん、化粧の出来栄えは肌の調子も影響します! いくらきれいに化粧をしたってその素肌があれていれば化粧も浮いてしまって、化粧の無駄です」
ああ、そうなんだ、としかアリーナは思わない。
アリーナの化粧のノリが良くても良くなくても、困る人間は誰もいないと思うのだ。
「ですが、今日は私の全知識を持って、完璧に仕上げて見せます」
力強いルルの宣言は、また夢の中に入りかけていたアリーナには、夢物語にしか聞こえなかった。




