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 匂いにつられて、目が覚める。

 アリーナのぼんやりとした視界の前には、テーブルが見える。

 ん? と浮上する意識の中で、この風景がどこなのか思い出す。

 ゆっくりと体を起こすと、そこから見える景色の中に、人間が動いているのが見える。


「アリーナ、起きたんですか」


 振り向いたのは、間違いなくライの声の人物で、まあ、ここがライの家で間違いなんだから、ライなんだろうとアリーナも納得する。


「眼鏡は、どこ?」


 流石に自分が置いたわけでない眼鏡の置き場所は、アリーナにはわかりようもない。何しろ見えないし、ここは自分の家ではないためだ。


「そのテーブルの上に置いてあります」

「そうなの。ありがとう。」


 アリーナはテーブルの上に手をかざすと、コツン、と当たったものを手に取り、掛ける。


「お疲れのようですね。ちょうどスープもできたところで、起こそうと思っていたところでした」


 時間を確認すると、時計は10時を指している。仕事が終わったのが9時で、既にライが着替えているところを見ると、本当に短時間でそのスープは完成されたらしいとわかる。


「いつの間にか寝てしまったのね。部屋に入れてくれてありがとう。」

「いいえ。何の文句も言われず素直に私に体を預けてくれるアリーナを見られるなんて、役得でしたよ」


 にっこり笑いながらアリーナの前にスープを差し出すライに、アリーナは何だか呆れた気持ちしか出ない。


「眠ってまで逆らえる人っているのかしら。」

「アリーナなら、もしくは、と思ったんですけど。実際は違いましたね。さぁ、召しあがれ。」


 アリーナの目の前に差し出されたスープは、薄い黄金色のそして細かく刻んだ野菜がたくさん入ったスープだった。


「いただきます。…短時間でスープが作れるなんて、すごいわね」

「具材を小さくしたから煮えるのは早いんですよ」


 そういうものなのか、と思いながら一口スープを飲む。

 その温かさとちょうどいい塩味が体に染みる。凝った味はしないが、あっさりとした野菜の旨味が十分に出ているこのスープは、今のアリーナが求めていた味と言える。


「おいしい。」


 アリーナはそう言いながら、自分の語彙が乏しいことに何だか笑えて来る。とりあえず、ライの作る料理は極上の味なのに、ライに伝えられる言葉は“おいしい”しか言っていない気がする、と。


「何か、おかしいですか」

「いえ。おいしい以外の言葉をライ様に伝えることができないなんて、私の語彙は乏しいと思っただけなの」


 その言葉に、ライが嬉しそうに笑う。


「その言葉だけで充分ですよ。それに、アリーナは言葉よりも表情が、どれだけおいしいのか物語ってますから」

「…そう。」


 表情に出ている、と言われて、何だかアリーナはどんな表情をしたらいいのか、困る。


「そんな顔しないでください。素直に感じたままでいてくれればいいんです」


 それだけ言うと、ライはかまどのところに戻る。


「ごめんなさい。私のためだけに作ってくれたのよね」


 ふい、と振り返ったライは、笑っている。


「明日の朝食にするつもりですし、謝られるよりも“ありがとう”と言ってもらえる方が嬉しいですよ」

「…ありがとう。」

「いえ。どういたしまして」


 ライがまた背中を向けると、アリーナは思い出したようにスープを口に運ぶ。

 何だか穏やかな空気の中で、アリーナはすっかりくつろいでいた。

 カチャカチャと何やらかまどのところでやっていたライが、カップをもって戻ってくる。

 どうやらコーヒーらしいとその匂いからわかって、ライも一息つくつもりだと言うことが分かる。

 アリーナは心持ち横に避けて、ライが座るのに十分なスペースを作った。

 横に座ったライは、相も変わらず前を見ずにアリーナをじっと見ている。


「…他のもの見たほうがいいわよ」

「素のアリーナを見れるのも、珍しいですからね」

「素のアリーナって…。」


 特にアリーナとしてはいつもと変わらないつもりでいるため、何が違うのかはわからないが、ライ的には珍しいものらしい。


「ほら、いつもは私を警戒して気を張っているでしょう? だから、今みたいに気を緩ませているのは珍しいんですよ」

「…警戒されてるって自覚があるんなら、関わらないようにしたらいいじゃないの」

「ああ、残念なような、残念じゃないような。」


 ライの言葉に、アリーナは眉間にしわを寄せる。


「どういう意味?」

「私を警戒するぐらいの元気が戻ってきた、ということは喜ばしいんですが、警戒されるとそれはそれで寂しいものですね」


 じゃあ、言わなければ良かったのに、とアリーナは思ったが、口には出さなかった。

 間違いなく、“アリーナがライを警戒している”とライに言われたために、少しの間忘れていた警戒心を発動させることになったのだから。


「私は認めないから」


 アリーナの言葉に、ライが首をかしげる。


「何をですか」


 白々しいライの返事に、アリーナはムッとする。


「ライ様と結婚すること、よ」


 夕食の時にあった出来事が、アリーナとライの結婚を推し進めることだと言うことはアリーナだって理解している。このまま話がうまくいけば、アリーナにとっての結婚したくなかった理由は、なくなってしまうだろう。

 だけど、すんなりと結婚するとは言いたくない何かが、アリーナの中でわだかまっているのは確かだった。


「ええ。勿論アリーナが満足するまで議論はしつくしましょう? そのために我が家に泊まってもらってるわけですから」


 予想外ににっこりと笑うライに、アリーナは驚く。


「嫌にならないの」

「嫌に? それなら最初から結婚の話などしませんよ」


 どうやらアリーナは、この気の長い相手を説き伏せる必要があるようだ。

 …アリーナの方が耐え切れなくなりそうな気がして、アリーナは自分を鼓舞するために行儀は悪かったが残りのスープを一気飲みした。

 それを見たライがクスリと笑うのは、気付かないふりをした。

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