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「これで、アリーナの心配ごとはなくなりそうですね」

「…そう、かしら?」


 仕事終わりに迎えに来たライに手を引かれながら、アリーナは首をかしげてみる。

 ライ対策は何も思いついていない。

 むしろあんなことに巻き込まれて、良く頭が仕事モードに切り替わったものだと思うくらいだ。

 結局あの時、ご飯は食べ損ねた。だが、おなかが空かないくらい、あの出来事に圧倒されていた。


「まあ、まだ議会に通すって大仕事が残ってますから、完全に終わったとはいえませんが、種は蒔けましたし、そのうち収穫時期が来るでしょ」

「…そうね。まだ通ったわけではないわ」


 そう、まだだ、と言うところが、唯一アリーナが主張できるところだ。


「…何が不満ですか」


 不満。アリーナは昨日までなら色々思いついていたはずのことが、今日は全く思いつかないことに気が付いた。

 疲れているせいだ。

 何といっても、今日一日は濃すぎた。昼食時に10年ぶりにファリスと話ができたかと思えば、夕食時にはアリーナが仕事を辞めないための王族参加の話し合いに立ち会わされていた。

 普通に考えて、そんな中身の濃い出来事が、アリーナの1日の中に起こることが、信じられないくらいなのだ。

 アリーナのキャパシティはオーバーしていたと言っていい。今もなお、かもしれない。


「今は、考えきれない。もう今日は疲れたの」


 だから、いつもなら一言くらいライに言い返すのに、今日は全く言い返す言葉も出てこない。


「…アリーナには、少しハードでしたね。今までこういったはかりごとに交わることなんてなかったでしょうし、初心者がついていけるような内容ではなかったかもしれませんね」


 ライはアリーナの腰に手を回すと、アリーナを抱き寄せる。


「今日はゆっくりしてください。そう言えば、あの食事にはほとんど手を付けていませんでしたね。何か軽くつまめるものを作りましょうか?」


 アリーナは首を横に振る。


「今日はいらない」

「スープはどうですか? 少しぐらい胃に入れたほうがいいい。」


 スープ、と言われて、アリーナもそれぐらいなら、と頷く。


「じゃあ、すぐに作りますから。さっぱりとしたものの方がいいでしょうね」


 城を出て、ライが向かうのは、いつも馬が置いてある場所ではなく、馬車が置いてある場所だった。


「今日は、どこに行くの」

「夜遅くにつかれているアリーナを馬に乗せて帰すのはかわいそうですから、パレ家の馬車を貸してもらっているんです」


 いつの間にそんな話し合いが、とは思ったものの、今日のアリーナはそれ以上追及するような元気もない。


「アリーナが私に体を預けてくれるなんて、全幅の信頼を得たようで、嬉しいですね」


 アリーナは言い返す気力もないため、好きにしたらいいとそのままにした。


「でも、言い返してくれないアリーナは、アリーナらしくなくてつまらないですね。早く、元気になって下さいね」



****



「アリーナが働き続けるのであれば、馬車を買ってもいいのかもしれませんね」


 馬車に乗ってアリーナに肩を貸しながら、ライがつぶやく。


「…高すぎる買い物だと思うわ」


 貴族であれば馬車は一家に1、2台あって普通だが、庶民で持っているのは、豪商などのお金持ちの部類だ。


「さすがにこれと見合ったものは買うのは難しいでしょうが、庶民向けにもう少し手頃な値段のものが売っているんですよ。私が動かせばいいので御者を雇う必要はありませんし、馬車のメンテナンス費用と馬の維持費用が必要なくらいで、庶民でも手が届かないってわけでもないんですよ」

「そう…なの」

「乗り合い馬車などはその類いですよ。あまり乗り心地はいいとは思えませんが、そこはオプションでどうにかしましよ」


 疲れていたアリーナは、ライに寄りかかりながらライの話に耳を傾けつつ、瞼がゆっくりと降りていく。


「なら、持参金でもう少しいいものを買えばいいわよ」


 瞼がしっかりと降りたアリーナは、自分が何を言ったのか、きちんと理解はしていない。


「アリーナ?」


 ライがアリーナを覗き込んだ時には、もうアリーナは規則正しい寝息を立て始めていた。

 ライは柔らかな表情になると、ゆっくりとアリーナの頭を自分の膝に降ろし、その頭を撫でた。


「早く元気になって、また私と結婚できない理由を言ってくださいね。どんな理由でもアリーナのためなら解決して見せますから。…流石に顔と頭を変えることはできませんけどね」


 勿論、アリーナからの答えはない。


「あの小さくて生意気でかわいらしかった女の子が、こんなに素敵な女性として私の手の届くところにいるんですから、私のできる限りの努力はしますよ」 


 アリーナの頭を撫でていたライの手が、そっと、アリーナの唇を撫でる。ピクン、と身じろぎするアリーナに、ライは満足そうに微笑む。


「こんなにかわいらしい反応をするアリーナを捕まえて、自分の不甲斐なさを棚に上げて“不感症”だなんてアリーナの女性としての自信をそぐ発言をした人間には、相応の報いを受けてもらいましょうね」


 優しくアリーナに触れる手つきとは逆に、そのライの瞳には怒りが渦巻く。

 夢の中にいるアリーナは、そんなことは知るはずもない。

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