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「働く女性は増えたんだろう?」


 王太子はライの言葉に即答はしなかった。


「以前に比べれば。ですが、結婚し妊娠すればその権利は簡単に奪われます」

「…それは、仕方がないだろう。女性には子供を産み育てるという大事な仕事がある。」


 王太子が話していることは、アリーナがどこかで耳にしたことのあるような話だった。そう言って女性は働き続けることをよしとされないのだと。


「ですが、王妃様を始めとする王族の女性は、仕事を続けるではありませんか。」

「…それは仕事と言わぬ。公務だ。」


 王太子とライのやり取りに、誰も口は挟まない。

 2人の会話に耳を傾けつつも、アリーナ以外の皆は平然と食事を進めている。

 アリーナは事の成り行きが気になって、食事が進まない。


「マイク殿下は、どうして子を産んだ王太子妃に対して、仕事を辞めろと言わないんですか」

「だからそれは公務だと言っているだろう?」

「女性は子供を産み育てるということが仕事だと先ほどおっしゃったじゃないですか」

「…それとこれは違う。」

「果たしてそうでしょうか。どうして王家は結婚し子を成した後も仕事を許され、それ以外の貴族や庶民は結婚し子を成した途端仕事は許されなくなるのでしょうか。王族になれば貴族籍の人間よりも庶民よりも優れているからですか」

「…そうとは言っていない」


 王太子の返事に、ライが頷く。


「そうだと言われたら、今すぐこの役を下りるところでした」


 ライの言葉に、王太子がピクリと反応する。


「役とは…騎士団副団長のことか。」

「ええ。私にはそれ以外に役職はないはずですが」


 にっこり笑うライに、王太子がこめかみを揉む。


「父が身分で優劣があると思っているなら、そもそも騎士団長を庶民であるシェスにさせないだろう。」


 前王の時は、騎士団長も貴族が務めていたとアリーナも聞いたことはある。


「ですが、金庫番などのトップは、貴族です。しかも庶民はもちろん、普通の貴族なら逆らいようもない上位貴族。」

「…父は庶民を重用するようになったが、どうしたって、この国の中でまだ貴族の力は強い。その身分で優劣をつけたがる輩はいる。それを抑制するためには、どうしてもいくつかの要職は上位貴族がいて抑止力になってもらわないといけない」

「特に金庫番については特に優秀な庶民の集まりですからね。仕事内容は地味で貴族たちはやりたがらない。だがとても重要な仕事だ。その仕事を守るために、一番トップは上位貴族、それも公爵家クラスでないといけない」

「…わかっているのなら、言わなくてもいいだろう。」

「ええ、その特に優秀な人間が集まる部署にいる人材、それがどれだけ貴重な人材か、マイク殿下にもわかっていますよね」

「…それは、わかっている。」

「では、そこにいる人材が女性だからと言って職を追われてしまう現状をどうお考えですか」

「…ファム公爵がそう決めているんだから…仕方がないだろう。」 

「その抜けた穴を、ガイナー室長は優秀な人間を探して埋めないといけないわけです。…そんな優秀な人間がたくさんいるわけもない。なのに、金庫番は女性を登用するようになってからもずっと優秀と言える人材を手放してきたわけです。それがどれほどの損失か、マイク殿下であればわかるんじゃありませんか。」


 ライはそこで言葉を切ると、王太子に答えを求めるようにじっと王太子を見た。


「…そうは言っても、雇われる女性は少ないのだろう?」

「人数の問題ではないと思いますが。そもそも金庫番で女性の割合が少ないのは、ガイナー室長、どうしてですか」


 ライのその言い方は、既に答えを知っていてガイナーに促しているだけだとわかる。


「同じ能力の男性と女性ならば、男性を採らざるを得ないのが実情です。能力だけで言えば、もっと女性の登用は可能ですが、結婚時に辞めることを考えると、どうしても男性を選ばざるを得ません。ですから特に優秀と言える女性しか、今のところ登用できていません。それに…。」


 ガイナーが言葉を切って、その場にいる皆の顔を見まわす。


「表立って言われることはありませんが、庶民が通う実務の学院は、女性は上位10名程度しか入学させないとされています。ですから、どんなに優秀な女性でも、それ以下の成績であった時点で学院に入学できません。…ですからどうやっても女性の割合は少なくならざるを得ません」


 誰ともなく、え、という声が落ちる。


「…どういうことだ?」


 王太子が、ありえないとでも言うように眉間にしわを寄せる。


「やはり、ご存じなかったですか。実務の学院までは王族の目は届きにくいですから、だからそんなことがまかり通っているんでしょうが。私が学院に在籍していた昔から当たり前のようにそういうふうにされてました」

「城での登用を望む庶民たちに平等に門戸を開く、というのがあの学院の意義だったはずだ!」


 王太子が語気を強めると、ガイナーが頷く。実務の学院を設置したのも、今の王だ。だから王太子は王がその学院を設置した意味をきちんと理解していると言っていい。


「ええ。私もそう聞いていましたし、学院に入学する前は、そうなのだと思っていました。ですが、入学してみると、女性の数が極端に少ない。…同郷で私と成績を争っていたはずの女性の友人は、みごとに落ちてしまいましたよ。学院でも私の成績は上位ではあったんですが」


 ガイナーの話に、アリーナもそうだったのか、と初めて知る。確かに女性が少ないとは思っていたが、それは単に城で働きたいと思っている女性が少ないのかと思っていた。だが実はその人数すら最初からコントロールされてしまっていたのだと知らされて、憤りの気持ちがふつふつとわいてくる。


「それで一向に城で働く事務官の女性が増えなかったわけだ。」


 第二王子が初めて口を開く。それに王太子も頷いて、ガイナーにまた視線を向ける。


「ガイナー室長。その人数をコントロールさせてるのは、学院のトップなのか? それとも他の貴族なのか?」

「流石にそれは知りません。我々庶民には追及のし様もありませんから」

「…そうだな。それについては、早急に調査しよう」

「マイク殿下。今の話の通り、女性が城で登用されることは意図的にかつ不当に誰かによって制限されていた。それでも、決まりとして女性の働く権利を明記する必要がないと思いますか?」


 王太子が首を横に振る。


「不当に女性の働く権利が阻害されているというのであれば、明記する必要があるだろうな。勿論、これは議会にかける必要がある話だし、私の一存ではどうにもならない話だが。」


 王太子の言葉に、ライが強く頷く。


「ええ。でも、マイク殿下の協力が得られれば、勝ったも同然です」


 そのライの言葉を聞きながら、6時間前にファリスが話していた実現が困難だと思ったことが、今、にわかに動き出したことに、アリーナは驚愕した。

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