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ファリスと10年ぶりに会ってあのことを話せたことは、アリーナにとってずっとつっかえていたものがなくなって晴れやかな気分だった。
ライが夕食を一緒に食べるために金庫番に現れるまでは。
現れたライを見て、アリーナはファリスとの話が思いもかけない方向に進んでしまったことを思い出した。
でも、ファリスの話が、実際に動くのかについては不透明なところがある。何しろ国の決まり自体を変えようという話だ。あの場ではファリスはこのメンバーが揃えばできると話していたが、果たしてそうだろうか。
そもそもあそこでアリーナが名前を挙げたメンバーが一堂に会することも難しいだろう。それぞれに多忙な人たちだ。だが、あの話を議会に上げ、了承を得るまでのことを考えるのであれば、あのメンバーが顔を突き合わせて議論することが必要になるだろう。
そんなことは無理だ。無理に決まっている。
そう思うと、アリーナはそれほど焦らなくていいか、と思った。ファリスにはまた明日にでも手紙を書こう。
とりあえず、ライの言葉については聞き流そう。そうすればアリーナは平穏な日々になるはずだ。
…たぶん。
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なぜ。
アリーナはその笑顔がひきつる他はなかった。
確かファリスが両方諦めなければいいと言ったのは、今日のお昼。六時間ほど前だった。
まだ六時間しか経っていない。
だが、このメンバーからすると、もう6時間たった、なのかもしれない。
完全にどうでもいいことを考えている自覚はあったが、アリーナが今現実逃避するには、それ以外考えることはなかった。
ライとガイナーはまだ理解できる。
夕食を共にするにも、ライが迎えに来てガイナーが一緒に来たのだから。
だが、シェス、ダニエル、ファリスが揃っているのがそもそも奇妙だ。
しかもここはいつも食べている食堂ではない。
食堂は食堂なんだろうが、王族が使う食堂だ。…ファリスが居るから仕方がないんだろうと思おうとした。
だが、既に並べられている食事は、あと二人分ある。
あと誰が来るのか、アリーナは考えないようにした。
だがそれを嘲笑うように入ってきた王太子と第2王子の姿に、アリーナは椅子から立ち上がりつつも目眩がした。
そして冒頭の疑問である。
なぜ、アリーナが王族と一緒に夕食を取ることになってしまったのか。
答えを知るのは、ファリスに違いない。
席につくよう促され座りながらファリスを窺う。ファリスはアリーナの気持ちなど気付く様子もなく、第2王子と微笑みあっている。
だが、この場でアリーナがファリスに尋ねる勇気などない。
ダニエルは普通に王太子や第2王子に会うことがあるんだろうが、アリーナは普段庶民の中でしか働いていない。長年王族や貴族が交わる場所から足を遠ざけていたアリーナには、軽々しく口を開いていいものだとは思えもしなかった。
「じゃあ、話を聞こうか。」
食事の開始を宣言した後、やはりというか当たり前というか、口火を切ったのは王太子だった。
だが、その視線が向いたのは、ファリスではなく、アリーナの隣に座るライだった。
「はい。今日はこのように時間を割いていただき、また食事の席に同席を許して頂きありがとうございます」
頭を下げるライに優雅にナイフを使う王太子が肩をすくめる。
「我が国の未来がかかっているとおまえに言われて、放置できる人間がこの国にいるのか?」
“我が国の未来”
アリーナの予想を超える大げさな文言に、ライの話が一体どんな話になるのか全く見当がつかない。
「そうでしょうか? 殿下を始めとしてこの国の尊ぶべき人たちは、その問題を長年見て見ぬふりをしておられた。私ごときがそれに異議を唱えようと、きっと殿下たちからすれば取るに足らぬ問題だと思うでしょ」
「どう思うかは内容による。もったいぶるな、話せ。」
「我が国が長年出してきた損失をご存知ですか」
「損失?」
王太子の眉間にしわが寄る。隣に座る第二王子も、ファリスの顔をどういうことだ?という顔で見ている。どうやら第二王子はこの話の始まりがファリスだとは知っているらしい。
だが、この話の始まりがファリスだと知っているアリーナも、ライが話そうとしている内容について予測できない。
「ええ。損失です。ガイナー室長、資料を配って下さい」
アリーナの隣に座っていたガイナー室長が、おもむろに立ち上がると、何やら紙を配り始めた。ライの言うところの“資料”らしい。
アリーナはその資料が手元に来て、あ、と声を漏らす。
「これは?」
「…これは…金庫番の女性たちがやめた場合の損失について書いてあるものですが、これは、他の部署にも同じように当てはまるものでしょう。優秀な事務官や武官を、結婚したからと、妊娠したからと言う理由で仕事から外してしまうことは、国の大きな損失です」
「…そうか。何年も働いて来た者が仕事を辞め、その代わりに新しい人間を雇わないといけないことは手間であるし、何年も働いて得た技能を無駄にすることになる。損失を出し続けているということは確かかもしれん。」
資料を見ながら、王太子が小さくと頷く。
「ですから、女性の働く権利を認めると国の決まりとして明記して頂きたい。」
そこに続いたライの言葉に、ようやくアリーナはライが何をしたいのか理解した。




