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「いいのよ。それで、私たちが喧嘩した原因は分かったんだけど…何の話してたんだっけ?」

「私とライ様の結婚の話を白紙にしたいって話。」


 ファリスは何度か瞬きすると、首を傾げた。


「どうして結婚を白紙にしたいのかの理由がわからないんだけど。アリーナの家事能力が低いって話は、副団長は問題ないって言ってるんでしょう? アリーナ的にも結婚を考えられない状態じゃなかった。だから、一度はOKしたわけよね」

「ええ。でも、結婚すると私にとってデメリットでしかないことがあって」

「デメリット?」

「仕事を辞めないといけないの」


 ああ、とファリスがため息をつく。


「金庫番は、結婚すると仕事辞めないといけないのね。…アリーナは辞めたくないの」

「今の仕事をつづけたい。…ダニエル兄様は職場を代われって言うけど、それは嫌。それに、妊娠したらもう雑用しかさせてもらえなくなるんだって。そんなの嫌よ」

「…そんなことになってるの? 結婚してからも働き続けられるようになったからって、女性の働く環境がとてもよくなったような話を聞いたことがあるけど…。」

「それは、男性の目から見て、じゃないかしら。女性の働く環境は、全然整ってないわ。でも、今の仕事が好きなの。だから、働き続けたいと思ったら、結婚しないって選択肢になるの。だから、ライ様との結婚の話は、白紙に戻したいの」


 ファリスが、大きく息をついて視線を下げる。

 女官ではない女性の職場環境がどうなっているのかなんて、ファリスは考えたこともないだろう。女官はそもそも行儀見習いの意図が強いため、女官長や上に立つ女官については、寡婦である人がする仕事だ。


「ねぇ、アリーナ。アリーナと副団長の結婚を推進してる人って、誰?」


 パッと顔を上げたファリスが、アリーナを急かすように問いかけてくる。


「えーっと、まず、ライ様。うちの両親に、ダニエル兄様、ガイナー室長と…騎士団長も『もうあきらめろ』って言ってたような。」

「あら、なかなかいい人材揃ってるんじゃない」


 人材? ファリスの言いたいことがよくわからなくて、アリーナは首をかしげる。


「何の人材?」

「ねぇ、アリーナ。どちらかを諦めるんじゃなくて、どちらも諦めない方向にしましょうよ」


 どちらも諦めない? アリーナはますます混乱する。


「どういうこと?」

「副団長の頭脳は言わずもがなだけど、ダニエル様は仕事ができるしお義兄様の側近だし、パレ侯爵家っていう後ろ盾もなかなか。勿論うちの主人には勿論協力してもらうし、うちの公爵家も引き入れれるしかないわね。金庫番の室長と騎士団長まで協力してくれるなら、心強い気がするわ。金庫番の室長には予算の計算してもらわないとね。騎士団長は…顔が広い人だから、色々小細工に向いているかしら。」

「ねぇ、ファリス。何が言いたいのか、さっぱりわからないんだけど」


 戸惑うアリーナに、ファリスはにっこり笑って見せる。


「女性が結婚しても妊娠しても出産しても、同じ部署で同じように働き続けられるように決まりを作ってしまいましよ」

「働き続けられる決まり?」

「そう。決まりよ。議会で決めて決まりとして配布しちゃえば、アリーナは仕事も続けられるし、結婚もできる。ほら、いいアイデアでしょ」

「議会って…貴族のしかも男性しかいないところで、そんな決まりが通るとは思えないんだけど」


 アリーナの言い分は最もで、国を挙げた決まりを作ることがどれだけ大変なことになる。


「確かに、難しいだろうし、大変なことかもしれない。でも、国の決まりがそうなれば、女性の働く環境は整う。違う?」

「一定は整う…とは思うわ。でも、…決まりじょうは、でしょう? 今頭の固い上司が決まりが変わったって頭が柔らかくなるとは思えないんだけど」

「まあ、そうでしょうね」


 あっさりと肯定するファリスに、アリーナは脱力する。


「それだと決まりが形骸化するだけで、何も変わらないわよ」

「そう? ガイナー室長は女性が働くのに否定的?」

「そんなことない。…結婚してからも働き続けられるよう、いつもファム公爵に掛け合ってくれてる。」

「でしょうね。ダナの旦那様なんだから、そこは理解があるわよね。だから、アリーナについて言えば、結婚しても仕事は続けられるし、妊娠しても出産しても、今の仕事し続けられるわよね」

「…そうかもしれないけど…。」


 確かにアリーナは国の決まりさえあれば、直属の上司の理解はあり条件が整っていると言える。だが、アリーナだけに有利な決まりだと言うことに、何だか釈然とはしない。


「国を動かしてまで私だけが働き続けられたらいい、って話でもないと思うんだけど」


 アリーナの釈然とはしない声に、ファリスは首をかしげる。


「何事も、先人って必要よ? 結婚しても仕事をやめないってダナが勝ち取ってから、結婚してもやめなくてよくなった部署が増えた。違う?」

「そうだけど…。」

「ねぇ、アリーナ。おかしいと思わない? 城で働く女性たちには、結婚したら、子供ができたら、働くなっていう人たちが、王族の女性にはそんなこと言わないわよ? そもそも私なんて結婚してから働き始めたみたいなもので、妊娠したって言っても調子が悪ければ公務は休めってくらいで、もう二度と公務に出るなとは言われない。変じゃない」

「…それは役割が違うから…。」

「だって妊娠したら役立たずなら、公務をさせたら不味いじゃない? 他国の王族に粗相するかも知れないんだし。」

「…それは、…妊娠しようが出産しようが、公務が行えるってわかってるから…。」

「でしょう? 王族になれば王族だけが妊娠後も妊娠前と変わらないわけではないわ。誰でも同じよ。なら、他の女性でも働き続けられるわよね」

「…そのはずなんだけどね」

「まあ、これだけの頭脳が集まれば、他にもいくらでも言い負かす材料ができるわよ。だから、アリーナ、どちらかを諦めるなんて考えないで、両方を選びましよ」


 アリーナははたりと止まる。


「えーっとファリス? 私は結婚を白紙にしたいだけなんだけど」


 アリーナはどうも風向きが違うと、ファリスに伝える。


「だから、アリーナは諦めなくていいわ。ほら、ご飯食べて? もう昼休み終わっちゃうわよ。時間が無くなっちゃう。」

「あ、うん。」


 ファリスに急かされ時間を確認してアリーナは慌ててご飯を食べ始める。

 アリーナも食べ始めるまではモヤモヤしていたものの、その味に驚いたり喜んだりしているうちに、アリーナのモヤモヤは消え失せた。

 ファリスはその姿をニコニコと見ている。 まるで、10年前と変わらぬ二人の姿がそこにはあった。

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