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 アリーナは先に口を開くわけもいかず、ファリスの向かいの椅子で小さく縮こまる他ない。


「お昼休み、そんなに時間も取れないんでしょう? ご飯、食べていいわよ」


 テーブルの上にはアリーナが持ってきたお弁当がちょこんと置いてある。


「…ファリス妃殿下は?」


 ふ、とファリスが表情を緩める。


「他に誰もいないから、ファリスでいいわ」


 どうやらあの怒りの表情は形だけだったらしいと思ったアリーナは、一瞬で力を抜いた。


「ファリスのお昼ごはんは?」

「あのね、アリーナ。私は怒ってるの。のんびりご飯食べるような気分じゃないわよ」


 またファリスの目が座った。ひっ、とアリーナはまた姿勢を正す。


「ほら、ご飯食べて。仕事忙しいんでしょ」

「…ええ。じゃあ、いただきます」


 昨日家から届けられたお弁当箱をライはそのまま使用した。だから、外見だけであればいつものお弁当と変わらないものだが、開けてみると、その中身は家のお弁当とはまた違った趣だった。

 取りあえず言えることは、おいしそう、ということだ。お弁当の中身を一つ一つ確認してしまう。


「相変わらず、食べるの好きね」


 呆れたような声にファリスがいたことを思い出す。つい中身に興奮して今どこにいるかを忘れかけていた。


「まあ、変わりようもないわよね」


 ファリスに会わなくなったこの10年で、アリーナは自分自身が大きく変わったと思うようなところはなかった。


「…本当に嫌になる。こっちは怒ってるって言うのに、自分はもう忘れちゃったみたいな態度で。」


 ふー、と大きなため息をつくファリスは、目を揉んだ。


「えーっと、ゴメンナさい」


 アリーナが謝ると、ファリスはふてくされたように椅子に体をもたれかけさせた。


「何についての謝罪なの? 10年前の喧嘩? それともその後私と一切交流を持とうとしなかったこと? それともこの手紙?」


 かさり、とアリーナが朝ファリスに届けて欲しいと頼んだ手紙がテーブルに置かれる。


「…えーっと、とりあえず全部?」

「何で疑問形なのよ。ほんとに嫌になる。もう10年前の喧嘩なんて時効だし? その後顔を合わせる機会があれば私普通に話したわよ。なのに何? 夜会も晩餐会もお茶会もどこにも顔を出さなくなるって何よ。話すきっかけすらないじゃない! でもどうせ? 勉強とか仕事とかに一生懸命でそんなものに出てられないとか言って逃げまわったんだろうとか思うと誘うこともできやしないし? それでもってようやく手紙をよこしたと思ったら、何よこれ。普通にご機嫌伺いしなさいよ」


 ファリスが思った以上にアリーナのことを理解していることにアリーナはただ感心していた。


「ちょっと聞いてる? 昔のことはもういいって言ってるの。この手紙何なのよ、って怒ってるんですけど」

「あー。何だか必要最低限の内容の方が、ファリスの手間も少ないし、私の書く手間も少ないと思って」

「手間って…。本当にアリーナは変わりないわね」


 ふー、と息を吐いたファリスが、姿勢を正してアリーナをじっと見る。


「食べながらでいいわよ。で、“助けて”って、何? 今を時めく騎士団副団長ライの婚約者様?」


 パクリとオムレツを口に入れると、卵の甘みとバターの香りが口いっぱいに広がる。至福だ、と思っていると、バン! とテーブルが叩かれてアリーナは我に返る。そうだ、ファリスがいたんだった。


「ちょっと、食べていいとは言ったけど、話はきちんと聞きなさいよ」

「はーい。」


 もぐもぐと咀嚼して飲み込むまで、ファリスはアリーナをジト目で見ていた。


「で、手紙の意味は?」


 アリーナが飲み込んだのを確認してファリスが再度尋ねてきた。アリーナのしたためた手紙には、一言“助けて”と書いてある。


「ライ様との結婚の話を、白紙に戻したいの」


 部屋に沈黙が落ちる。


「えーっと、ほら、私も結構軽率に結婚するって返事しちゃって後悔してるの。で、ライ様にも何もメリットはないと思うから白紙に戻しませんかって言ってるんだけど、全然首を縦には振ってくれなくて困ってるの」

「すればいいじゃない。パレ侯爵家の力使えば、平民でしかない騎士団副団長の意見なんていくらでも捻じ曲げられるでしょ」

「…それは使えないの」


 もし使うなら、きっとまだアリーナが了承する前に行使すべき力だったんだろうと今更ながら思う。


「どうして」

「すでにうちの両親とダニエル兄様の気持ちはライ様に掌握されてしまってるから」

「…うそでしょ。確か、アリーナと副団長が知り合ったのって数日前の話だったわよね? どうしてそんなことになってるの」


 どうやらアリーナとライの婚約話を耳に入れていたファリスも、知り合ったのは数日前と言うことも知っているらしい。


「私が知りたい。お父様もお母様もお兄様も、完全にライ様の味方。私の力にはなってくれない」

「…アリーナはどうして一旦は結婚を了承したの? …結婚なんて絶対しないって言ってたでしょう? それを曲げる何かがあったわけ?」


 ファリスにはアリーナの婚約の話がダメになったのは、相手が白紙に戻そうと言ったからだとしか言っていない。あの時の話は、アリーナが呆然としている間になかったことになったから、それ以上の説明はしていなかった。…いや、アリーナにはできなかった。


「…私的に条件が良いのかもしれないな、って思ったことと、うちの両親も私に結婚してほしいと思ってるってことを知ってたから、かな。」

「…アリーナのいい条件って何なの? 確か副団長って…顔はいいわよね。頭も切れるけど。その二つ?」


 アリーナの中にその条件は全くなかったこともあって、アリーナは、はは、と首を横に振る。


「じゃあ、どうして」

「…接触に嫌悪感を抱かなかったことと、きちんと働いてることと…。」


 そのほかの条件については、やっぱり言いづらくて言葉を飲みこむ。

 ライには比較的簡単に明かせたのに、とアリーナは思う。

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