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 封筒と便箋を受け取ると、ライがまたアリーナの真横に座った。アリーナには逃げ場はない。今の時間に場所を移動しなかった自分が迂闊だったとアリーナは嘆息する。


「アリーナは、今の仕事が続けられれば、私と結婚してくれるんでしたよね」


 ライに念押しされて、アリーナは嫌な予感がした。慌ててアリーナは考えていたことを伝える。


「妊娠・出産後も今と全く同じ仕事内容を続けられる、という前提ですけどね」


 アリーナの追加項目に、ライが、はぁ、とため息をつく。


「それはまた…ハードルが高くなりましたね。結婚後も今の部署で仕事を続けるという部分なら、ファム公爵の譲歩が得られそうだとは思っていたんですけどね」


 どうやらライはファム公爵から結婚後も今の仕事を続けていいという言葉を引き出す策があったらしい。危うかった、とアリーナは息をつく。


「無理でしょうね」

「…無理だとわかっていて、アリーナはそんな条件を出すんですよね。本当に可愛い人だ。」


 予想外の言葉に、アリーナはちらりとライを見る。


「ライ様の目と耳と脳みそが腐ってるんじゃないかと心配してるんですが」


 アリーナの言葉に、ライが表情を崩す。


「心配してくれるんですね」


 違う! そこ喜ぶところじゃない! アリーナはそれ以上の突っ込みがライにはポジティブにしかとられない気がして、口に出せなかった。

 きっとライは病んでるに違いない。そうでなければ、どこをどう取っても冷たくしているアリーナの言葉をポジティブに受け入れ続けるわけがない。アリーナはそう結論付けるよりほかはなかった。


「ああ、アリーナに心配されて嬉しいというのに、アリーナと結婚するための条件が整いそうな方法をすぐに思いつかないのが悔しいですね」


 …今の今で思いつかれてもアリーナも困る。だが、ライが2日のうちにファム公爵の第一の関門を突破できる方法を思いついていることが恐ろしい。


「無理だと思いますよ。だって、出産後も働くことを認めている部署も、女性陣の扱いはひどいみたいですから」

「…やはり、知ってましたか」


 アリーナがその事実を知ったのは今日だったが、ある意味今日その事実を知ることができてタイミングが良かったと言わざるを得ない。もし知らなければ、アリーナは働き続ける条件について詳細に確認しようとはしなかっただろう。


「それを知ってて、ファム公爵に今の部署にいられるという条件だけ譲歩させようと思ってたんですか」


 ライの言い方に含みを感じて、そう指摘すれば、ライがふ、と笑う。


「アリーナは簡単に騙されてくれませんね」

「…それで私が納得すると思ったんですか」


 ライは肩をすくめる。


「いえ。だけど、ずっと既婚者女性が働き続けることをOKしていなかったファム公爵のその譲歩は大きい。そう思いませんか?」


 確かにそれはそうだと言わざるを得ないだろう。ファム公爵との間に信頼関係のあるガイナーですら6年経っても変えることができなかったことだ。たった数日でそれを変えてしまえるというライの手腕は素晴らしいと言えるだろう。


「それは、そうだと思います。だけど、それでは不十分です」

「そうですか。困りましたね」


 そうは言っているが、ライは楽しそうだ。


「…諦めたらどうですか」


 何を、はアリーナは言わなかったが、ライの顔を見ると、ライはますます楽しそうな顔になった。


「アリーナを諦めることなんてできませんよ」

「これだけ女子力の低い人間を諦められないって、ライ様……本当は本命が他にいて、でも結ばれることができないから、私を隠れ蓑にしようと思ってるんじゃありませんか?」


 予想もしないアリーナの話の内容に、ライが一瞬戸惑う。アリーナも思い付きで言い出したことではあったが、何だかその方が説明がつきそうな気がしてきた。だから婚活パーティーに料理を出したと考えることもできる。ライは…自分の女子力の高さを証明したかったんじゃないかと。


「隠さなくてもいいんです。私は偏見はありませんから。でも、名目上の妻が欲しいんであれば他をあたってくれませんか。」

「偏見? …名目上の妻?」


 ライが首をかしげる。しらばっくれているのか、本当にアリーナが何を言いたいのかがわからないのか、アリーナには判断できなかった。だから、直球を投げてみることにした。


「恋愛対象が男性だってことです」


 部屋に、沈黙が落ちる。


「…アリーナは、よっぽど自分の体で説明が受けたいみたいですね」


 さっきまで柔らかな光をたたえていたライの瞳が、ギラっと光る。

 ひっ、とアリーナは身をすくめる。


「えーっと、いえ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです。あの、ほら、だって、それ以外に説明がつかないかなぁ、って思って。だって、私のことを好きになる人がいるとは思えなかったんで。」


 申し訳なさそうなアリーナの様子に、ライは嘆息する。ギラっと光っていたライの瞳が、すっと元の柔らかな光に戻って、アリーナはほっとする。本当に今すぐ捕食されてしまうかと思った。


「私がアリーナを好きなのは、アリーナがアリーナであるからですよ。女子力があるとかないとか、アリーナの魅力を語るうえで必要はありません。…いえ、違いますね。アリーナはきちんと女性で、アリーナがアリーナたる私の心が躍るその心根のほかにも、私が求めるものを持っています」

「求めるもの」


 アリーナにはライの言わんとしていることが分からない。


「ええ。口づけを誘うその唇に、口づけると潤むその瞳。私に応えてくれるその舌もかわいらしい。キスをするだけで幸せな気分になれるんですから、アリーナは私の求めるものを持っています」 

「応えたつもりはありません」


 アリーナはライから視線を逸らす。


「ほら、耳を真っ赤にして照れてる様子もかわいらしい。」


 アリーナは耳を手で覆うと、ライをキッと睨みつける。


「ライ様の趣味はおかしいです」

「そうですか? でも、それならそれで安心ですね。アリーナのことを愛らしいと思う人間が私以外にはいないってことになりますからね」


 絶対ライはおかしい。でも何か言うとアリーナが聞いていて恥ずかしいことしか言われないため、アリーナはジト目でライを見るしかできなかった。


「…早く、あなたをすべて私のものにしたい。」


 切なそうなライの瞳にドキリとしたものの、アリーナは首を振りながら口を開く。


「たとえ私の体をあなたが好きにしたとしても、私の全部があなたのものになるわけでもないし、私は結婚しないわ」


 アリーナが冷たくそう言い放ったのに、ライはニコリと笑う。


「ええ。だから今話し合いをしてるんでしょ」


 アリーナは、一瞬気が遠くなった。無限ループに陥った気分だ。ライの口からは結婚するという言葉以外が出てこない無限ループ。

 いや、とアリーナは首を振る。ライも人間だ、きっとどこかにほころびはあるはずだ、と。

 …思いたい。と。

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