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「それは、認められません」


 きっぱりとしたライの言葉に、それはそうだろうとアリーナも納得する。

 昨日、安易とは言えYesの返事をしたのはアリーナだ。ライには悪いことをしたと思う。だが、これに関してはアリーナは譲ろうとは思わなかった。それが、アリーナがいつもなら諦めてしまうような状況になったとしても、だ。アリーナは本当にこの仕事を天職だと思っている。興味もなかった結婚に仕事を辞めないといけないという条件が付いてしまっている以上、選択肢としてはありえない。


「ごめんなさい、ライ様。本当に申し訳ないことをしたと思います。だけど…。」

「あの、アリーナさん? それ、今、ここでする話じゃないと思うわ。…仕事終わりに、副団長と改めて時間を取ったらどうかしら?」


 ダナの声に、ここが食堂だったとアリーナも思い出す。しかも、周りは思いもかけない方向に話が行ったことでざわめいている。アリーナはともかく、ライは有名人だ。


「そうですね」


 アリーナは素直に頷いた。だが、ライは納得がいかない様子でまだ話を終わらせるつもりはなさそうだ。


「アリーナ。結婚ができないっていう理由は、アリーナの部署で既婚者の女性が働くのを許されてないからって理由ですね? それ以外にありますか?」


 アリーナはそれがある以上結婚をできないと思っただけで、それ以外に結婚できない理由は思いつかない。それ以外の理由は、もう昨日の時点で解決してしまっていたと言っていい。打算と妥協によって。

 でも、アリーナは打算と妥協だけで結婚するのはやめた方がいいと、ついさっき理解したばかりだ。でも、こんな公衆の面前で口に出すことは、あまりよろしくないだろうと考えた。


「…ここでは言えません」


 ライがため息をついて首を横に振った。本当に哀しそうに見える。


「アリーナ。私はあなたのその憂いをすべて除いて見せます。そしたら、私と結婚してくれますか?」


 アリーナに向けたライの視線は真剣そのもので、当事者ではない周りでのぞき見をしていた人たちの口からは、感嘆の声が漏れてくる。それほどまでにライはアリーナを愛しているんだと。

 だが、当事者であるアリーナは、あー、と思いながらその言葉を聞いていた。周りの女性たちがそのライのセリフにうっとりした表情をしているというのに、ものすごく淡々とした表情だ。

 やっぱり簡単には諦めてくれないよね、と。

 だがアリーナはライがアリーナの憂いをすべて除けるとは思っていないから、このプロポーズが成立しないだろうと理解している。その分、気は楽だ。だが、ライが簡単に諦めるとも思えない。

 やはりこの結婚の話を早々に白紙に戻すにはダニエルに協力を得ないといけないだろうと、頭の中で算段する。とりあえず昼休みが終わる前に手紙を書いて先ぶれを出しておこうと決める。そうすれば家に帰った時に話ができるはずだ。


「アリーナ? すべての憂いを取り除いたら、私と結婚してくれますか?」


 どうせできないのだから、ここで安易に頷いたとしても、アリーナは困ることにならないだろうと一瞬思ったが、やはり安易に頷くものじゃないと思いなおして、アリーナは首を横に振る。


「そんな苦労をライ様にかけたいとは思いません」


 一応、当たり障りのない理由にしておく。こんな公衆の面前で、ライ様との結婚は打算と妥協の産物なので、とはさすがに言えない。


「アリーナとの結婚のためなら、そんなもの苦労ではありません」


 ほぉー、と周りの主に女性たちのため息が漏れる。…その中に約一名、聞きなれた…男性の声が混じっていた。

 アリーナはぎょっとして隣を見る。

 ガイナーが、うっとりとした表情でライを見ていた。…これで女性が好きだと誰が信じるだろうか。その妻である向かいに座るダナは、面白そうにそのガイナーを見ている。どうやらこの夫婦、これでうまく成立しているらしい。

 ただそのガイナーの表情に、アリーナは嫌な予感がする。


「ねぇ、アリーナ。ライ様は本気よ。これまでの恋愛遍歴など忘れてあげなさい」


 ふい、とアリーナを見たガイナーが、キラキラした目でアリーナを見ている。ついさっきまでライの毒牙から部下を守ろうとしていた人間とは思えない変わり身の早さだ。


「…そういう問題ではないので。」


 そもそも、そんな恋愛遍歴など、存在しないも同然だ。何しろライは童貞だ。


「じゃあ、どういう問題よ」


 ガイナーに逆切れされても、アリーナは困るだけだ。


「…ファム公爵はどうにもできないですよ」


 アリーナの言葉に、ガイナーががっくりと肩を落とす。それは頭から抜けていたらしい。


「…そうね。ファム公爵は…どうにもできないわね」


 ガイナーの上にいる、金庫番のトップはファム公爵だ。王族に次ぐ身分、更に金庫番のトップをしていることからもわかる通り、この国のお金の流れの鍵はファム公爵が握っていると言っていい。

 そのファム公爵が、既婚の女性が勤め続けるのをNoと言い続けているのだ。誰がそれをYesに変えられるのか。ファム公爵に信頼されているはずのガイナーが何年も働きかけ続けてもその答えはもらえずにいる。


「…そうでしたか。それを阻止しているのはファム公爵でしたか」


 ライもその困難さを痛感したんだろう、細く息を吐きだした。

 さっきまでライの言葉でにわかに盛り上がっていた場の雰囲気が、途端にじめっとしたものになる。


「あの、お昼休みの時間もあるので、ご飯、食べませんか?」


 アリーナを除いて。

 アリーナにとっては、ある意味ファム公爵が最後の砦みたいなもので、今となっては壊されては困る砦だ。ライが難しいと認識したのを見て、ほっとしていた。

 これで、この結婚の話はなくなるだろう、と。

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