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「アリーナさん!」
ふ、と集中が途切れると、とたんにお腹が鳴る。アリーナの腹時計は正確だ。
「お昼ね。ありがとう、マリア。」
そうマリアに声をかければ、マリアが笑いをこらえていた。
「…どうしたの」
「作戦Bばっちりでしたよ」
作戦B?
もうアリーナの中には集中が途切れる前にあったことは記憶に残っていない。
「…仕事に集中して、変態を無視するって作戦です」
そう言えばそういう話をちょっとしたような気もする、とだけアリーナは思う。
「ごはん行かない?」
アリーナにとって優先順位はそれがまず先だ。作戦Bの話は、正直どうでもいい。
「行きましょう。でも、アリーナさんに見て欲しかったなぁ。」
先に席を立ったアリーナを慌てて追いかけるようにマリアが立ち上がる。
「何を?」
食堂に行くとなれば、いくらでも雑談には応じるアリーナである。
「ライ様の顔ったら見ものだったわ。アリーナを見つけて熱視線送ってるのに、アリーナが微塵も気づかないもんだから、ショック受けて帰っていったわ」
ふふ、とほほ笑むガイナーに、アリーナは、あれ? と思う。
「ガイナー室長、どこ行くんですか」
「やだ、アリーナ。一緒にご飯食べに行くのよ」
アリーナは、そうか、と思う。だがいつもと違う様相に、やはり疑問は晴れない。
「いつもこんなに大人数で行きませんよね」
結婚している男性陣は、愛妻弁当を持ってきている場合が多く、食堂に行くのは独身メンバーがほとんどだ。ガイナーが結婚していると気付かなかった原因の一つに、いつも食堂に行くことがあげられる。だが、ガイナーの妻がダナであるとわかったため、それも当然かと思う。騎士の仕事は不規則でお弁当を作る余地はそれほどないだろう。だが、あと3人ついて来た男性陣はそれこそ手に愛妻弁当を持っており、食堂に行く意味がアリーナにはわからない。
「ライ様は、書類を提出ついでに、アリーナにお昼を一緒にどうかって誘いに来たのよ。だからよ」
だからよ、と言われてもアリーナには理解できない。
「何が、だから、ですか」
「アリーナさんを守るために決まってるじゃないですか」
「…私を守る?」
マリアの言葉に、アリーナが首をかしげる。
「そうよ、アリーナの左右に私とマリア、その前の席にこの3人がいてくれれば、ライ様がいくらアリーナに近づきたくたってちょっと離れた席にしか座れないでしょ? 話しかけてきたときには、皆で他の話をふってあげるから安心して」
なるほど、ライ避けか、とようやくアリーナは納得した。
「3人とも、別に協力してくれなくてもいいんですよ」
かわいそうにガイナーの命令でいつもは自席で食事をとる3人が駆り出されたのだとわかって、アリーナは3人に問いかける。
「いや、面白そうだから」
そう1人が言うと、隣に並ぶ2人もおかしそうに頷いた。
「…面白そう、ですか」
「ライ様とガイナー室長のやり取り、ものすごく面白かったんだよ? アリーナ嬢にも聞かせたかったなぁ。」
なるほど、この3人はそろって部屋の入口に近いところに席がある。アリーナは仕事となると集中しすぎて周りの音は全く拾えなくなるが、この3人は話しながらでも仕事ができるメンバーである。よほど面白かったらしい。
「そうですか。…じゃあ、私も楽しむことにします」
はっきり言って、アリーナにとっても他人事である。
「ちょっとアリーナ! 自分のことでしょ! 危機感持ちなさいよ」
危機感も何も、アリーナは既に結婚の話は承諾してしまっている。だが、まだ正式に話が決まったわけでもないこともあり、ガイナーには言わないほうがいいだろうと算段した。この後の食事の時間が説教になりそうな気が…いや、説教になることに間違いないからだ。ご飯はおいしく食べたい。たとえそれが城の食堂で味がいまいちだったとしても。
「はーい。」
軽さを測れば1グラムにも満たないくらいの軽さでアリーナは返事した。それが一番平和だと知っているからだ。
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食堂に入ってきたライがアリーナを見つけた瞬間、その席の布陣に、その視線は絶対零度になっていた。アリーナは食堂の入り口に背を向けるように座っていたため、アリーナより先に気付いたのはアリーナの向かいに座る男性3人だ。その冷たい視線に気づく前にライの殺気によって気付いたと言っていい。
ひぇー、と声を漏らす男性3人に、何事かと思ってアリーナたち…乙女(1名は仮)3人が視線をたどって後ろを振り返った時には、ライの視線は甘いものに変わっていたのだが。




