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「…どうして有名人のご主人なのに、知られてないんでしょうか」
アリーナの素朴な疑問である。
「…そう言えば、結婚した当初秘密にしてたのよねぇ。その延長上にあるからかしら? それに、職場ではダナとプライベートな話はしないと決めているから。そうなると必然的にこの部署と騎士団員とじゃ関わることは少ないでしょう? だから、城ではほとんど会話することもないわね。 せっかくダナが勝ち取った権利なのに、私が邪魔してダナの権利を奪われてしまったら、嫌じゃない」
どうやら結婚退職しないで働き続けるには、勝ち取ることが必要だったらしい。
「…なぜ、秘密に?」
アリーナの質問に、ガイナーがにっこり笑った。
「やだ、私の話はいいから、アリーナの話を聞かせてよ」
「…えっと、それはどうでもいいと言いますか」
「だって、ライ様を好きにならないようにしてたつもりだったのに、どうしてこんなことになったのかしら」
…どういうこと? アリーナは今朝はずいぶんガイナーに混乱させられている。
「あの、どういうことですか」
「ライ様のことは仕事面だとか見た目とかは尊敬してるわよ!でも女関係だけは駄目!あれは乙女としては許せないわ」
…その実童貞だったわけだが、ライの名誉のためには明かさない方がいいだろうと、アリーナは飲み込んだ。
「だから、ライ様の噂をあることないこと部下の乙女たちに吹き込んで警戒心を持たせようとしてたのに!」
ちょっと待て。あることはいいとしてないことまで吹き込んでたんかい!とアリーナは心の中で突っ込む。口に出さないのはその話の大半は聞き流して数字と何度も繰り返された話くらいしかアリーナの記憶に残ってないせいだ。仕事柄数字には頭が反応しやすいらしい。
「よりにもよって一番興味が無さそうなアリーナが引っ掛かるなんて」
ガイナーが顔を両手でおおう。どうやらガイナーが嫌だったのは、ライが誰かのものになる、ではなくて、自分の部下がライの毒牙にかかる、ってところだったのだと、アリーナも理解した。
そう考えて職場に来てからのガイナーの反応を思い返してみれば、何らおかしいところはない。
「ガイナー室長、泣かないで下さい」
「泣かせることしたのは誰よ!いいアリーナ!乙女の貞操は守りきるのよ!くれぐれも婚約なんてしちゃ駄目!婚約なんてした日にはいいようにされちゃうのが目に見えてるわ!今までの彼女は婚約に至る前にお別れしてるから、今回もそうなんでしょうけど、油断は禁物よ」
まだ婚活パーティーでカップリングした話しかガイナーは知らないらしい。…まあ、昨日の今日でアリーナが婚約するだろう話を知っていても、情報が早すぎて怖いわけだが。
アリーナが黙り込んだのを神妙に聞いていると思ったらしいガイナーは、うんうん、と頷くとほっとしたように息を吐いた。
「私がライ様を好きだなんて、ひどい勘違いもあったものだわ」
ふと、アリーナはガイナーの性癖を勘違いした理由を思い出す。
「あの、ガイナー室長?私を始めとするこの部署の人間がガイナー室長がライ様を好きだって思い込んだ一因は、ガイナー室長が乙女だから結婚した相手としか契りたくないと言ったせいですよ」
アリーナの指摘にガイナーは首をかしげる。
「私は結婚した相手としか契ってないわよ」
ガイナーの言い分は確かに間違ってはないのだろう。
「…乙女って主張が紛らわしいんですよ」
アリーナはようやく、ガイナーの性癖を勘違いしていた主因にたどり着く。
「だって、私、乙女じゃない」
くね、と品を作られても、全然乙女には見えない。きれいに筋肉がついた男性がくねっとしているだけだ。
「…ガイナー室長は女性が好きなんですよね?それって物凄く勘違いを生みませんか?好きになった相手に誤解されて困ったこともあるんじゃないですか」
「いやだ、女よけのためって意味もあるのよ」
「ガイナー室長、意味がわかりません」
「変に好かれても困るだけでしょ?私の中身を理解してくれる相手だけでいいのよ」
なるほど、とアリーナも納得した。きっと小さい頃から顔がきれいな分女性に囲まれることが多かったのだろう。でもだからってこの選択肢は極端すぎだとも思う。
「極端すぎです」
「だから、私には乙女の心もあるんだって」
アリーナはガイナーの妻であるダナの心がとても広いのだと理解した。
「そうなんですね。誤解しててすみませんでした。他の人にも誤解だって伝えておきます」
うんうんと頷きながらアリーナは自分の席に行こうとした。
が、ガイナーのたくましい腕に阻まれた。
ごまかせなかったか、とアリーナは嘆息する。
「で、アリーナはライ様に押しきられたせいなのよね?大丈夫、一人じゃ太刀打ちできなくても、この部署をあげて助け出して見せるわ」
ガイナーの言葉に、アリーナはどうしたものかと思う。真実を告げるべきか告げざるべきか。
「ライ様には勝てないと思います」
取り敢えず真実を告げるのは後回しにした。
「わかったわ!気合い入れて頑張るわね」
ガイナーの返事にアリーナは曖昧に笑って、今なら逃げられそうだとそそくさと自分の席に行った。
 




