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「ものすごく美味しかったんだもの。どうせ誰の名前も書くつもりもなかったし、主催者側には咎められなかったわよ」


 眉はひそめられたけど。


「そうか。アンカー伯爵には便宜を図ってもらったのに悪いことをした」

「便宜って何?」

「お前の年齢とみあう相手を呼んで欲しいと頼んだだけだよ。ああいうパーティーは年齢層が低めになりやすいから」


 なるほど、とアリーナがライを見れば、ライも頷いていた。


「アンカー伯爵はそれで私の参加を希望していたんですね」


 やっぱり、としかアリーナは思わない。あの会場の平均年齢を上げたのはアリーナとライだ。それにあれだけやる気のない、むしろ他のカップルが出来ないように細工する辺り、ライはあのパーティーに参加するのは乗り気ではなかった。だけどアンカー伯爵は侯爵の頼みを無下にも出来ずにどうしてもアリーナの年齢にみあう相手が必要になった。だが、アリーナの年齢ではみあう相手と言うと相手は限られる。

 ライが会場にいればそれなりに上玉を揃えたと見られるし、アリーナの父の意に沿ったことにもなるし、騎士団副団長とは言え平民であるライより貴族の方が力関係は強いから頼みやすい。ライは適任だったにちがいない。


「それであなたは、料理を置くように脅したわけね」

「脅した訳ではありませんよ?参加をするのであれば、是非この料理を置かせて欲しいと頼んだだけです。選択権はアンカー伯爵にありました」


 あのアンカー伯爵の言い方は間違いなくライに脅されていたと言っていた。何をどうやってあそこに料理を置くように頼んだのかはアリーナにはわからないが、よほど巧妙にやったらしい。


「…アリーナは料理ができない。ライ殿は料理がどうやら出来るようだが…毎日仕事があって料理をするのは難しいだろう? それでもアリーナと結婚したいと言うのかい?」

「はい。アリーナ嬢以上に私のことを理解して下さる方はいないでしょ」


 言い切るライに、アリーナはこれっぽっちも理解してるつもりはないのだが、と思う。口に出しても丸め込まれるだけだと確信しているので口には出さないが。

 もうライが侯爵家に求婚に来てしまった時点で、アリーナとライの結婚はほぼ規定路線だ。

 ライの詭弁で結婚の話が決まった時には絶対嫌だと思っていたが、あの後ポクポクと馬に揺られている間に、これはこれでありか、とアリーナは方向転換した。

 何しろライはアリーナが料理や掃除や洗濯が超絶下手でも構わないと言っている。それに結婚すれば家族の心配が一つ減る。あと、予想外に、ライとの…キスや触れ合いに嫌悪感を抱かなかったのもある。

 ライのスペックの高さは、料理ができると言うところが最高にポイントが高く、確実に稼いでいるという点は当たり前だが最低条件だ。顔がいいとか役職だとかはわりとどうでもいいとアリーナは思っている。アリーナも稼いでいるわけだから、きちんと日々の糧さえあればいい。

 結婚する気もなかったので、結婚相手の条件など考えたことはなかったアリーナだが、料理ができて、アリーナの家事下手を責めず、働いていて、性的な接触に嫌悪感を抱かない、という点がクリアできている時点で結婚してもいいのかな、と転んだ。

 結婚しないと10年もの間言い張っていたわりに、ころりと方向転換した自分に、どうかな、と思うこともなかったが、何より家族が心配していたことは知っているから、ライが何がよくてアリーナに求婚したかは知らないが、二度とこんなよい条件があるとも思えず、あっさりと考えを改めた。いや、流されてみることにした。


「アリーナ嬢は仕事のある日は城の食堂で食事をしていると聞いています。私もたいていそうですし、別に気にはなりません。どうしてもパレ侯爵が気になるというのであれば、アリーナ嬢に料理の手解きをいたします」

「それは!」


 アリーナの母が目を見開いて、それから目を伏せると力なく首をふった。


「お止めになった方がいいわ。…私もどうにかならないかとあの手この手を打ってみたのだけど、あのグラタンがアリーナの精一杯なの」


 10年も経てば料理の腕が改善しているかも、なんて、母様は本当に夢見がちだとアリーナは思う。


「お母様があの手この手をうってくださったのは10年以上前のことでしたよ。あれから10年もすれば、料理の腕は更に悪化するでしょうね」

「だって! もう料理はしないって宣言したのはアリーナでしょ」

「だって時間の無駄でしょ」


 アリーナの座右の銘は「人生諦めも肝心」である。何を作っても壊滅的なのだから、そこに時間を割くぐらいだったら、勉強に時間を割きたいと思ったのが、料理を全くしなくなった理由だった。


「アリーナ。…お茶くらい、入れられるわよね」


 ハッと何かを思い出したような母に、アリーナは、お茶はいれたことはなかったな、と思う。

 そもそも入れるタイミングがない。


「さあ?」


 アリーナの返事に、母はアリーナにお茶を入れなおしてくるように言いつける。

 アリーナは渋々お茶を入れるために立ち上がった。

 ついでになぜかダニエルまで立ち上がったのは、アリーナには意味が分からなかったが、廊下に出てその理由がすぐに分かった。


「アリーナは…いいのか? 嫌なら何とでもやりようはあるぞ」


 他の人に聞こえないようにアリーナに尋ねてくるダニエルは、あの出来事の唯一の目撃者で、アリーナが結婚に夢を抱かなくなった理由をよく知っていた。だから、アリーナの本意でなければ、この結婚を覆すために尽力してくれるつもりらしい。だから先程も、両親が隠そうとしたアリーナの料理の腕をあっさりと明かそうとしていたらしい。

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