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「私は、一緒に暮らすとか結婚するとかには同意してません」
「え? だって、資産運用の相談に乗ってくれるんですよね」
アリーナは頭の中でライの言った言葉を3回ほどリピートする。リピートして、その言葉にアリーナが言った言葉と違う言葉が混ざっていないことを確認して、ようやく頷く。
「そうです。資産運用の相談に乗る“だけ”ですよ。私が約束したのはそれだけです」
「二言はないと言いましたよね」
確かに言ったな、とアリーナはライの言葉に頷かざるをえない。
「言いましたけど、それが何でそんな解釈になるんですか」
「私も誰彼ともなく自分の財産を教えようというつもりにはなりませんから。結婚する相手にしか自分の財産を明か
したくはない。したがって、私が財産を明かす相手は、結婚する相手、と言うことになります。アリーナはさっき二言はないと言いましたね? そのうえで、私の料理を食べる対価の代わりに私の資産運用の相談に乗ってくれると言いましたよね? つまり、私の資産運用の相談に乗ってくれるってことは、私と結婚する、と言っていることになります」
アリーナは愕然とする。どうしてそんな理論がまかり通るんだと。
「それは…詭弁じゃないですか」
「どこが? アリーナは二言はないと言いましたよ」
「確かに言いましたけど」
「言質はとりましたから。パレ侯爵にも結婚のご挨拶が無事にできそうですね」
ライの言葉に、怒りに打ち震えるアリーナはとっさに言葉が出ない。
逡巡している中で、さっき思い出したことを思い出して、もう一度伝えることにする。
「私の料理の腕は最悪だけど、掃除も洗濯もまともにできないの。だから、結婚するのは無理よ」
言い終わって、ようやくこれで結婚の話はなくなるとほっとしたのは、ほんの一瞬だった。
「そんなの私がすればいいだけの話でしょう? 時間が取れそうになければハウスキーパーを頼んでもいいんですし。」
あの整ったライの部屋は、ライの手により整えられていたらしいと気付いて、それに加えてハウスキーパーを雇えばいいと簡単に言われて、アリーナは反論する言葉を失った。
ライの方がアリーナよりも数段上手だった。
アリーナに足りなかったのは、具体的な念押しと、ライへの完璧な警戒心だ。
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アリーナ現実逃避から戻ってみると、応接間のソファーに…なぜかライに横抱きにされたまま座ることになっていた。向かいのソファーには、アリーナの父と母と兄が座っている。アリーナは今の格好に不満があったが、ライに何を言っても変わらないと諦めて、そのままにすることにした。疲れたら降ろしてくれるだろうと踏んで。
「本当にいいんですか? …うちの妹、料理が…。」
「ダニエル、黙りなさい」
正直なことを告げようとしただろうアリーナの兄を、アリーナの母が睨んで止める。アリーナの両親は、アリーナがダミーの料理を提出しライをつってきたと思っているからだ。
「いえ、アリーナ嬢は、ご自分が作った料理を提出されてましたよ」
ライの爆弾投下に、アリーナの両親は目をむいて、その後アリーナを見た。
「アリーナ? どういうことなの」
「あのパーティーは自分の作った料理を出すルールだったと思ったんだけど」
「…あれを出したって言うの」
アリーナの母は、信じられないという表情でアリーナを見ている。
「ええ。お母さまの作って下さった料理は、運営の方たちへの差し入れにしておいたわ」
アリーナがにっこり笑えば、アリーナの両親の表情はひきつる。
「あれを…。」
アリーナの父が頭に手を置いて天を仰ぐ。
「…アリーナ、どうやってライ殿と…?」
ダニエルが恐る恐るという風にアリーナに尋ねる。
「私がアリーナ嬢を見初めたんです」
アリーナの代わりにライが答える。ライの笑顔に、アリーナの母が見ほれる。ライの腕は大事そうにアリーナを抱えなおした。
肝心のアリーナは、とりあえず、げそっとなった。話を合わせてくれたのはありがたいが、演技が過剰すぎる。
「…あの料理を…選んだってことかね」
アリーナの父の信じられないという言葉に、ライは首を振る。
「いえ。おいしそうに料理を食べているのを見て、つい番号ではなくてアリーナ嬢の名前を書いてしまったんです」
「…アリーナ?」
くれぐれも料理を食べて回らないように言われていたアリーナは、つい、と母から目を逸らした。
「それで、アリーナもライ殿を選んだ、ってことかね」
「違うわ。私は料理の番号を書いただけよ。…それが、ライ様の料理だったらしいわ」
「料理の番号を書いた…? ライ殿の…料理?」
気持ちを口にできたのはアリーナの父だけで残りの二人は口をパクパクさせたまま固まる。
「アリーナ、パーティーに行けと言ったのは私たちだし…まあ小細工をしたのも私たちだ。だが、あのパーティーのルールを無視するようなことは…。」
力尽きたようにアリーナの父の言葉は途切れた。




