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詭弁である可能性が高いのは重々承知で、アリーナの人生とライの趣味との話にすり替えた。これでアリーナの人生よりライの趣味が尊いと言う人間は皆無だろう。
「そうですね。私のとるに足らない趣味などより、アリーナの人生の方がよほど尊い。誰も理解も評価もしてくれない私の趣味など、もう辞めてもいいのかもしれない」
え。
予想外の方向にライの話が向かったことに、アリーナは焦る。
「いえ、あなたの料理は素晴らしいわ。あのパーティーで、あなた以上の腕前を持つ人間は一人もいなかったし、私が思わずあの番号を書いてしまいたくなるくらいに尊敬できる腕前だわ。たとえあのパーティーでなくても、あなた以上の腕前の料理を作れる人は、プロの料理人でも一握りだけだと思うの。だから、やめるなんて言わないで。」
「でも、アリーナを食べる対価にはならないんでしょう? それなら辞めてしまっていいと思うんです」
「い…それとこれとは別問題だと思うの」
危うく流されて「いいえ」と返事をしそうになった自分をアリーナは自分自身で戒める。安易な返事は命取りだ。ライが料理を辞めるということを引き留めたいからと言って、自分を差し出すほどアリーナも馬鹿じゃない。
「…そうかな。私にとっては、とても大事なことだよ」
「…他の対価でどうかしら。」
「…他の対価?」
「ええ。他の。あいにく私は…ご存知の通り料理はからきしダメだし、他の家事も…できるとはいいがたいわ。…でも、計算なら得意だし、資産の運用方法ならいくらでも相談に乗れるわ。…まぁ、私に出せる対価なんて、それくらいしか思いつかないけど」
アリーナが胸を張ってできることなど、仕事の延長線のようなことだけだ。
料理以外の家事も侯爵家では他の手があるからアリーナが自分でする必要はないけれど、一応花嫁修業としては行うべきことだ。だがアリーナは、10年ほど前に料理ほど壊滅的ではなかったが、それなりの被害を出してしまったために両親から止められていて、それ以降、掃除も洗濯もしたことはない。だから、アリーナは間違いなく、家事能力は底辺も底辺で、女子力を求められる結婚には不向きと言える。
料理のことばかり考えていたせいで、それを断り文句にしていたし、最近家事らしい家事をした覚えがなかったために思い出しもしなかったけれど、そういえばそれもあったんだったと今更思い出して、アリーナはまたライに結婚を迫られたらそれを言い訳にしようと思う。
「…それは、いいね」
「! それで、手を打ってくれる?」
案外簡単にアリーナの提案をライが受け入れてくれたことに、アリーナもほっとする。これで、アリーナはおいしい料理を時折食べられる権利を得られるわけだ。
「ああ。アリーナに二言はないね」
「…あなたの資産の運用の相談に乗ればいいんでしょ」
なぜ“二言はないね?”と念押しされたのか訝しくは思いつつ、アリーナは再度ライに問う。
「そうですよ」
特にこれと言って何か変な約束をはさむ余地はないはずだし、とアリーナは考えすぎかと思う。ライを疑いすぎて、ライの言葉尻に変に敏感になっているだけなのかもしれない、とアリーナは思う。
「…じゃあ、それで。」
「ふふ。」
なぜか聞こえてきたライの笑う声に、アリーナは、あれ? と思う。
「どうして、笑うんです」
「だって、アリーナが家計を取り仕切ってくれるって言うから。何だか嬉しくて」
「…え? 相談には乗るって言いましたけど」
何だか解釈が違わなくない? とアリーナは訝しい気持ちでライを見ると、なぜかライは満面の笑みだ。
「相談に乗ってくれるって言うのは、私たちの家計を一緒に考えようってことでしょう? 次に家に来た時に、うちにある資産の目録を全部見せますね」
「は? 全然違いますよ! 相談に乗るって言うのは、相談に乗るだけですって」
どうして“私たち”って、結婚する前提の話になってるんだと、アリーナは慌てて訂正する。
「え? 相談に乗ってくれるんなら、私の資産がどれくらいあるかわからないと困りますよね」
…どうやら勝手に先走って“結婚前提”だと解釈を間違えたらしいと、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちになりつつ、アリーナは頷く。
「そ…うですね。その方が資産運用の具体的な数字は出しやすくなります。概算でいいんですけどね」
「概算も何も、アリーナも一緒に暮らすんですから、私の全財産がどれくらいあるか知っておいてください」
違わなかった! 勘違いでも何でもなかった! やっぱりそういうつもりなんだ! アリーナは自分の勘違いが勘違いじゃなかったことに、げそっとなる。




