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 結婚した相手としか契りたくない。その言葉が相手の気をそぐのは知っている。26年も生きていて、この性に鷹揚なこの国で処女でいられるのは、婚活の場に出て行かないことと、その雰囲気を醸し出した相手にこんなことを言えばあっさりとやる気をなくすことこを知っているからだ。処女を嫌がる男性が多いことからわかる通り、この言葉は相手にとっては重すぎるし、“結婚してから”と言っているところから、結婚しない限りは体を許してもらえないことを示している。

 それでも無理やりな関係がないことはないが、城勤めをしていて侯爵家を敵にできる輩などそれほど多くはない。…まあ、アリーナの仕事姿が全く性的なにおいを醸し出さないため、そんなことを言い出す輩も数えるほどしかいなかったわけだが。


「そうか。私と気が合いますね」

「…どういう意味ですか。今の今まで、その気だったじゃないですか」

「いや、アリーナだったら、私の信念を曲げて婚前交渉をしてもいいかと思っていたところです。私が信念を曲げるなんて、よほどですよ」


 ライの言葉に、アリーナはドン引きする。

 …この人重い、重すぎる。男なのに婚前交渉はしない、だなんて…。どこの乙女だ。

 アリーナは、ライが結婚できなかった原因が、料理だけではなかったと理解した。


「そうとわかれば、行きましょうか。」


 どこに?

 そんな疑問が愚問であるとアリーナは既に知っている。

 この国の騎士団の副団長であるライが、攻略すると決めた作戦が全勝していることはライフリークから嫌と言うほど聞かされている。

 戦がほとんどない比較的平和な世界で、攻略とは政治的なやり取りでしかないのだが、その戦略に騎士団が組み込まれたとたん、勝率がぐんと上がる。それは、副団長の頭脳によるものだと興奮した様子で言っていたライフリークを思い出す。

 つまり、ライがこうと決めたことは、実施されてしまうってことだ。




****




 馬の歩みが生むリズミカルな揺れに慣れてきて、ようやくアリーナは自分の腰にライの腕が巻き付けられていることを意識し出す。横座りをしている関係上、ライに腰を抱いてもらわなければ危ないことこの上ないのだが、さっきの出来事もあって、変に意識してしまう。

 勢いで馬上の人にされた時は、アリーナは馬に乗るのが初めてで体が緊張しすぎてそれどころじゃなかったのだ。


「馬の上もいいものでしょ」


 アリーナが緊張を緩めたのにライは勿論気づいたらしい。


「…そうね」


 ライのことを意識してるのに気づかないといいけど、とアリーナは別のことを思う。


「私のことを意識してくれるのは嬉しい限りですけどね」


 耳元に囁かれるあまりにもタイミングのいい言葉に、アリーナはビクリとなる。


「…してないわ」


 勢いで馬上の人にはされたけれど、アリーナは結婚に同意したつもりはない。だから、意識しているなんて認めたくはない。


「そうやって意地を張るところがかわいいですね」


 ふふ、と笑われて、アリーナはムッとする。


「張ってません」

「でも考えてみてくださいね? アリーナはどうして婚活パーティーに来たんですか」

「両親に頼まれたから、と言いましたよね」

「頼まれたからって、アリーナが婚活パーティーに来る必要はありませんよね」

「…土下座されて行かないって言える子供がどれくらいいると思いますか?」

「土下座…」


 流石にライが言葉を止めたことに、アリーナは溜飲を下げる。


「だから、出席しただけです。これで出なくて良くなるとも言われましたし」

「ですが、それでもアリーナは出ない選択肢はありましたよね」

「ですから」

「アリーナもどこかでご両親に申し訳ない気持ちがあったんじゃないですか」

「…そんなことはありません」


 アリーナは少しだけドキリとする。

 今の今まで、両親に土下座をされたせいだと言い訳をしていたけど、ほんのちょっとだけ両親に対する申し訳ないという気持ちは持っている。料理がもっと出来ていれば、アリーナは今のような人生は選んでいなかっただろう。当たり前のように貴族たちの集う学院に進み、当たり前のように花嫁修業に励み、当たり前のように婚約者と結婚する。

 その貴族の子女としては当たり前ともいえるルートを取れなくなったのは、アリーナの壊滅的ともいえる料理の腕が原因で、そのために結婚など考えることはできず、とどのつまり、両親の願いをかなえてあげることはできない。

 両親が既に結婚した兄たちや姉たちの子供たちをかわいがりながら、せつなそうな顔でアリーナを見ることにアリーナだって気づいている。でも、その両親たちの願いをアリーナは叶えることができないのだ。女性に料理の腕をはじめとする女子力を求められているこの国では。誰も、アリーナを妻には選んでくれないから。


「私は、あなたの料理の腕がどんなだって構いませんよ。むしろ私の料理を食べてください」


 …ここに例外がいたが。

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