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クスクスクス。
もう何度目かになる控えめではあるけれどバカにした態度がすける笑い声に、アリーナはうんざりした。
最初は耳を塞ぎたい気持ちになったけど、しばらくすると開き直った。そもそもこうなることは予測済みで、むしろひっそりと遠巻きにされないだけましだ。たぶん。
でも、あそこにさしてあるサーブ用のスプーンは、この会が始まってから一ミリも動いていない。それがあの料理がいかに悲惨であるかを語らずとも語っている。
カボチャと鶏肉のクリームグラタン
だったはずの何か。
アリーナですら、もうあれが何だったのか、思い出そうとしなければ思い出せない出来だ。
表面はよく焼けている。
……もとい、焼け過ぎて焦げ付いている。
中身については試食すらする気にならなかったけど、きっと生焼けでカボチャはガシガシだろうし、鶏肉は生肉だろう。
……想像しただけで不味そうな食べ物が、そこに鎮座している。
アリーナは目をそらすと、次の料理に取りかかった。
次の番号は21番だ。
それぞれの料理には番号が振ってある。だが、あれ?と思って会場を見回す。端から取りこぼさないように人数を数えてみるが、やはり20人で間違いなさそうだ。
今アリーナが数えたのは、会場にいる女性の数。それと同数の男性がこの会場にはいるはずで、それぞれが歓談しつつも男性は真剣な顔で番号の振られた料理を食べている。
それもそのはず、これは婚活パーティーと言われるもので、女性たちは話した相手の中からこれと思った相手の名前を書く。だが男性たちは女性の名前を書くわけではなくて、その料理の番号を書くだけだ。だけど、女性が自分の作った料理を薦めてもいいのだ……自信があるなら。
まあ、大抵の女性は美味しい料理が作れることは普通のことで、これと思った異性が自分の料理の前に立てば、薦めにいくわけだ。それで、男性側も料理と料理を作った女性を知れるのだけど。
アリーナは自分の料理に近寄ることはなく、ひたすらと他人の料理を口にしている。
この料理の数々を口にすべきなのは男性陣で、女性は味見程度の量しか口にしないのが普通であるのだが、アリーナはあいにく、このような婚活の場に出るのは初めてだったし…と言うのは建前で、どうすべきかのマナーはさんざん言われていたけれど、最初から料理を味わうつもり満々で来ていた。無論、自分以外の料理を。
と、言うことで、この会場で料理を男性並みに食べているアリーナは完全に浮いている。だがそれも、アリーナには関係ないことだ。
そもそもアリーナがここにいるのは、両親に土下座されてこれに出るようにと言われたからに過ぎない。
この社会で女性に必須な女子力と言うものが欠けてしまっているアリーナは、とっくに結婚など諦めている。だからこの会場で一番年齢が高いことも会場で浮いている理由のひとつなのだ。
本当に父様と母様は夢見勝ちなんだから。
呆れたため息を心のなかでひとつつくと、アリーナは21番の料理を口に入れた。
その瞬間、衝撃を受ける。
今まで食べてきた料理と雲泥の差だ。
アリーナが作ってきただろうグラタンと具材は違えど同じ名前の料理だと思えないくらい、アリーナが今まで食べてきたグラタンの中で一番おいしい。
なめらかなベシャメルソースに、程よい弾力のあるマカロニ、それに肉汁のあふれる鶏肉。ああ、グラタンってここまでおいしく作れるものなんだと、感動すらしている。
グラタンがおいしいと思ったことは何度もあるが、感動するほどの味に出会ったのはこれが初めてだ。
アリーナは自分で料理を作ることには困難を極めているけれど、舌は無駄にいい。確かに、今まで口にしてきたこの会場にある料理は、間違いなく美味しかった。だけど、この料理を食べたら、他の料理は確実に霞んでしまう。
21番の料理は、他と比べると素人とプロぐらいの差がある。女性たちはそれぞれに料理の腕を鍛えてきているだろう。だけど、この21番の料理は、間違いなく飛びぬけている。
これは、21番の一人勝ちだな、ほぼ全部の料理を食べ終えたアリーナは、一人納得する。
21番の皿が他の皿に比べて料理の減りが早いわけが、口に入れたことではっきりと分かった。
21番を嫁にできた幸運な男は幸せだろう。
うんうん、とアリーナは心の中で頷きながら、お代わりをする。これまでは全部食べるつもりで控えめな量を食べていたが、もう21番で味見はほぼ終了なのだし、もっと食べてもお腹は大丈夫だろうとお代わりすることにしたのだ。
アリーナは21番の皿から料理を掬っている男性の後ろに立ち、今か今かとその順番を待っていた。
「これは、ひどい」
呟くようなテノールの声が、順番を待つアリーナの耳にも届いた。
ギギギ、と擬音が付きそうな動きでアリーナが首を動かすと、そのテノールの声の主は、アリーナのグラタンもどきの前に立っていた。アリーナのグラタンもどきは20番。この21番のグラタンの隣にある。
……やっぱりか。と言うか、あなたのような目立つ方がそんなこと言おうもんなら、完全にみんなの視線がそこに戻るじゃないか、とアリーナは嘆息する。
初めましての方も、お久しぶりの方も、楽しんでいただければ幸いです。