地獄 その二
五
ショックで頭がくらくらした。
暮らしの始まる異世界が『天使を探せ』ならば、生き残るため命を懸けて戦わねばならない。
ゲーム内容を思い起こす。
まず『天使を探せ』で女に弱いダメ王子の一人がブルーノだ。選んではいけないクズキャラだ。
(何が『天使を探せ』だ! 容姿の整った性悪女と馬鹿男どもが化かし合う陳腐ストーリーじゃねえか。キャラの人間性が最悪だから誰が魔人化するか解らねえんだよ! ゲーマーを自負する俺でもクリアに一週間を費やす糞ゲーめ)
きっと今の俺の顔は青くなっているだろう。
どうしても確かめずには居られなかった。
(おかしい)
胸に疑念が沸き立った。
ゲームの中で第六王子の俺は存在しなかったはずだ。記憶に第六王子の名前すらない。なぜだ? どうしてだ?
物想いに沈んだ俺にアンが続けた。
「五歳になられたのですから、来週から始まる魔法学、帝王学、武術の講義で各教授から詳しく聞けますよ。それから『よく解らぬ王子』と揶揄されてもお気にされないでくださいね。聖紋授印されたカルロス様は、ただ存在するだけで素晴らしいのです」
父の口走った内容が俺の渾名になったらしい。
(これは異端者の烙印を押されたな。味方は少なそうだ。そんな中でもアンだけは親身だ。ありがとうアン)
アンと話す間に他のメイドが豪華な朝食を準備する。
テカテカと脂ぎったステーキ。鳥肉の脂の浮いたスープ。何層にも油を練り込んだクロワッサン。甘いジャム。とろけそうな何かのジュース。子供は喜びそうだ。さすが貴族だ。
(でもな~ 胃に重いよな~ 和食がいいな~)
心で思うに踏みとどまった。当然異世界に和食はない。
問題山積なんだから。生き残りを考えるべきだ。
俺は置かれた状況を考えた。
ある存在に気づく。
(おお! そうだ! 異世界だから魔法があるに違いない)
俺の心に、微かな光が射した。地獄にも楽しみは必要だ。
(女神様喜びをありがとう )
朝食の席に就いた。
途端、地獄が見えた。
周りのメイド達は、エルフのアンを筆頭に人間も美形だらけで違和感が半端ない。
(金髪、銀髪、赤毛だらけじゃねえか! 眩しい。目がちかちかする)
堪えてフォークとナイフを手にした。一片の肉を齧る。
(う~脂っぽすぎだ。肉の臭みが凄い。誰か日本の味塩コショウをくれ)
つい黒いジュースを醤油と間違い手に取った。肉に少しかけ気付く。
(あれ匂いが甘いぞ。これ醤油じゃない)
アンが目を見開いて注意のシグナルを送ってきた。
(他のメイドに見られているから気を付けろ! って意味ね。ありがとうアン)
軽く片手をあげて、手元が滑ったとのジェスチャーでごまかす。
流れで仕方なく手にした黒いジュースを一口飲んだ。
プルーン+ベリー+ハチミツの味が口に広がる。
(甘い。甘すぎる)
異世界だから醤油も味噌もない。食い物は全部脂っこい。
(俺は辛党のサッパリ派だ。おまけに胃弱だぞ! 胃もたれしっぱなしになっちまうじゃねえか!)
一瞬のやる気(魔法を使えるかも)も潰えた。
結局、項垂れる。
社畜となってでも隠れてゲームをする者は、目を覚ますコーヒーを片手にし、ゲームをし続けるために、胃袋だけは気遣わねばならない。これ重要。
ゆえに俺は、コーヒーが好きだ。和食が大好きだ。
金髪銀髪の美男美女と、胃もたれしっぱなしの食事に囲まれて命の懸かった糞ゲーに挑めるか?
味噌汁、海苔、納豆のない食事に耐えられるか?
コーヒーを飲めない日常を想像できるか?
心で叫んだ。
(和食を食わせろ~ コーヒー飲ませろ~)