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地獄 その一

       四 

 朝、目覚めると豪華な天蓋と絵画天井が見えた。

(天井に手書きの絵がある家ってどうよ? 断熱材は裏にあるのか? あの絵は、天使? 妖精? 意味不明だ。無駄にも程度がある)

 右側から射す光がやけに強かった。顔を向けると、大きめの出窓から朝日が射し込んでいる。

 意識すると頭の中に自然と神園裕也三十五歳とカルロス五歳の記憶があった。

 体が馴染んだ感がした。

(三十五歳の金髪坊主か? いや三十五歳 + 五歳で合計 四十歳か? 何故こうなった? 今の状況は?)

 自然と女神との邂逅を思い返しはじめた。

『貴方は死にました。……貴方の持つゲーム世界で、貴方の愛するゲーム能力を存分に振るいなさい』だった。

 不思議と落ち着いていた。

『貴方の持つゲーム』が『天使を探せ』だったらどうしよう。

 恐怖の中に平静もあった。

 自ら異世界転生を望んだ結果だ。今更ジタバタしても仕方ない。

 ただ『天使を探せ』だけは受け入れ難い。事実なら地獄に等しい。

(ウザイ「魔人化ランダム設定」を生身の体で経験したくない。嫌だ~!)

 心の奥底でごねてみる。違う異世界であってほしい。

 ノックが優しく三回響いた。

 そっと入ってきた女性は心配気な表情だ。

「カルロス様お目覚めですか? 昨日、倒れられてから半日以上寝ておられました。ご体調どうですか?」

 専属メイドのアンだとカルロスの記憶が告げる。俺は彼女の顔をまじまじと見つめた。

「聖紋授印おめでとうございます。これで正式に魔人を退ける王族となられたのですね」

(ん? 気になる単語が聞こえたような……まっ! いいか! 貴方はエルフですよね?)

 美しい顔を見て胸が高まった。

 目の前のエルフに舞い上がりはじめる。

 エルフは当然だが綺麗だ。

 俺は高揚した。

(銀髪のエルフだよね。エルフだよな。エルフだよ~。異世界だ~よ~)

 胸中で叫んだ。

(エルフ! エルフ! エルフ!……エ、エッ、エロフ! エロフ! エロフ! くっくっくっ! 異、世、界、エロフだ~よ~)

 気持ちが高ぶり、口角の片方がむずむずと動いて上がろうとする。顔面に力を入れ抑え込む。

 改めてアンを見つめた。

 アンはどう見ても十五~十六歳にしか見えない。が実際はかなり高齢とカルロスが知っていた。年齢は教えてもらっていないようだ。

「乳母のソフィー様も心配されておられましたよ」

(乳母のソフィーってだれだ?)

カルロス(俺)が自然と笑顔となった。

 俺の中のカルロスはソフィーの名を聞き素直に喜んでいる。

 そして、記憶が教えてくれた。乳母のソフィーもエルフだと。

(なんだとカルロス! お前はエルフの乳を吸って育ったのか!)

 カルロスの記憶が雪崩れ込んできた。ソフィーは落ち着いた大人のエルフで商家の下級貴族だ。カルロスには同世代の乳兄弟(ソフィーの子供、当然エルフ)が三人いる。情報とともに、ソフィーのたわわで美しい白き乳房が想い出された。

 羨ましい。羨まし過ぎる。もう考えがまとまらない。

(どうして俺は、生まれて直ぐのカルロスに転生しなかったんだ)

 俺は、悔しい。心底、悔しいぞ。

 よしカルロスと交渉だ。いやカルロスと協力してソフィーにお願いできないだろうか?

(ソフィーさん……その……あの……もう一度、母乳をシル ヴ プレ! 〈フランス〉s'il vous plaît)= 〈心から〉お願いします!)

「どうかされましたか? ソフィー様のお子様はとうに卒乳したのに、カルロス様がお求めになるから授乳は洗礼直前まで続きましたが、幸いソフィー様のお乳もようやく止まったそうですよ。良かったですね」

(そうなのですね。ソフィーのお乳は止まったのですね。カルロスは求めて洗礼直前までソフィーのお乳を吸っていたのですね。カルロスはごねて実の子供より長くお乳を吸ったのですね)

 俺は呆然と心で復唱した。

 少し思案した。

 カルロスの記憶にソフィーの乳を飲みすぎゲップをする姿があった。

(よく吸ったカルロス!)

 そこまでエルフの乳を吸い続けたカルロスに脱帽した。

(俺はお前に転生して良かったよ。憧れ、心躍り、悔しくなり、呆れた。正直楽しい)

「さあ着かえましょう」

 自然と今から行う習慣が頭に浮かんだ。

 途端に気分が滅入り始めた。

(今から鼻たれ小僧タイムの始まりだよ。乳離れしたんだろ。五歳になったんだろ。着替えくらい自分でしろよ!)

 胸中で文句を垂れてみる。

 急に自分で着替えたいと言い出しても怪しまれるだけだろう。

 ここは我慢だ。

 黙って着替えを手伝ってもらう。俺がするのは、立って手足を伸ばすだけだ。

 一瞬、ひょこんとフルチン姿なった。

(ううう……俺のひよこを美しいエルフ女性の眼前に晒すはめになるとは……くう~気恥ずかしくもあり、……少し嬉しいような気も……)

 無表情を貫くが、三十五歳の男心は微妙に揺れた。

 カルロスの記憶で、どうやらアンは以前より俺のことを大事にしてくれているらしい。下級貴族出身であるアンの雇用主だから当然かもしれない。親身に世話してくれているのは事実だ。素直に感謝しないといけない。

 着かえはすんなり終わった。

 俺はカルロスの幼い言い方に変換しながら会話を始める。

「アンに教えてもらいたいんだけどいいかな?」

「改まってどうしたんですか? いつものようにお申し付けください」

 やはりカルロスは無理を言うやんちゃ坊主らしい。

「僕はお父様とお母様と一番のお兄様の正式な名前を知りたいんだ」

 アンは胸に片手を当て軽く会釈して応えた。

「喜んで口にする栄誉を賜ります。人族、エルフ族、獣人達からなる、聖ルースター王国の国王はシャルル・ルースター様、お母様は第三王妃アネット・ルースター様、第一王子はブルーノ・ルースター様です」

「第一王子は、やはりブルーノか」

 つい小さく口が滑る。気落ちして顔を背け項垂れた。

 頭の中に緊急放送で拡声器の声が響いた。

(ハイ! ただいま確定いたしました。今いる異世界は『天使を探せ』です。今いる異世界は糞ゲーの『天使を探せ』です。ズバリ! 地獄です)


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