20ー3.最後の試練
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ドスッ‼︎
緑の剣でノーチェの肩を貫いて地面に固定すると、セスは急いで飛び上がった。
結界が解けて落ちかけたステラを受け止めるためである。
「セス、ありがとうございます。よくやってくれました」
「ごめん、友達を傷付けて……」
「いいえ、あなたが気に病むことではありません。そもそも私の不手際が招いたことですから、謝るのは私の方です。本当にすみませんでした」
ステラを抱いたセスが妖精の羽のバランスを崩さないようにゆっくり降りていくと、地上では他の3人がノーチェを囲んで覗き込んでいた。
ノーチェの纏っていた古いローブは枝に引っかかって脱げ、剥き出しとなった幼く薄い体には、複雑な魔術式の紋様が幾重にも彫り込まれている。
「うへぇ、キッモ‼︎ あと7年くらい育てば抱きたくなるかと思ったのに、こんなんじゃ勃たねーわww」
「卑猥な発想は慎め、下衆が。それに出発前、上司から聞いただろう。この巫女の肉体は、風の国の研究所で既に成長を止められている。これ以上育つことはない」
「こんなに幼い女の子だったなんてビックリ。なんだか可哀想……そうだ! 魔石灰を解毒してあげなきゃ! えーと、解毒剤は……」
『魔石灰』……それこそ、ネリアたちがノーチェに伝えなかった真の罠だった。
実はノーチェを誘き出す前、セスとネリアは天井を覆う魔力の結晶をシアンたちの魔力源に転化させる術式を仕掛けていた。
それにより魔結晶の一部を魔石灰に変え、大広間中に撒き続けていたのである。
魔石灰は魔石から魔力を取り出す際に生じるカスで、多量に摂取すると体内魔脈の循環を阻害することが知られている。
魔石使用量が多い火の国では空気中によく含まれており、昔は風土病の原因となっていたが、現代の火の国の民には生まれながらにこれを自浄する機能が備わっている。
大広間天井のものは通常の魔石よりも純度の高い結晶で魔石灰が発生しにくかったが、シアンやカーマインの魔力消費量が多かったのでちょうどよかった。
戦闘中、無自覚に大量の魔石灰を体内魔脈中に取り込み続けた結果、巫女は急性魔石灰中毒を起こしたのである。
「ネリア、解毒なら私がやります」
ネリアに代わってステラが浄化の祈りを始めると、ノーチェは悔し涙の滲んだ目をゆっくり開いてステラを見た。
「うう……ステラ、なんで……なんで僕を止めるんだ……⁇ 僕、君のために……」
「ノーチェ……私は人間を愛していますし、人間のいる世界を愛しています。何よりノーチェ、あなたという人間を私は誰よりも愛しているのです。あなたという人間の居ない世界なんて、私は望めるはずがありません。そんなの全然私のためじゃないですよ」
「でもっ……でも僕は……僕は…………はああああああああああああ‼︎‼︎」
「ノーチェ⁉︎」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……‼︎‼︎
大広間全体の空気がビリビリと震え、カーマインたちですら立っていられないほど重くなった。
ノーチェが最後の力を振り絞り、魔脈から魔力を呼び込んだのだ!
しかも、無理矢理引っ張り込んだせいで量を全然調節できていない。
「あ、頭が割れそう……‼︎」
「魔力が多すぎる……このままじゃ体内魔脈が破裂する……‼︎」
「ぐえええ……オレ様は無敵……ぐえっ」
「くっ……もはやこれまでか……」
過剰な魔力に圧倒され、なす術もなく潰れていく魔導士たち。
それはノーチェ自身も例外ではなかった。
大広間内で最も魔力が勢いよく流れ込んでくる位置にいて、ノーチェの体はセスの刺した緑の剣でかろうじて弾けずにいた。
「うう……こんなはずじゃ……僕は……僕はまだ、精霊様のために……」
「ノーチェ……あなたをこんなところで死なせはしません‼︎」
キュイーーーーーーーーン…………‼︎‼︎
ついにノーチェが気を失ったそのとき、ステラが奇跡を起こした。
ステラに宿る精霊の力全てを懸けて、大広間中の魔力を自身に向かわせたのだ。
「ああああああああっっ‼︎‼︎」
眩く発光しながら苦しみ始めるステラ。
その周囲から無数の光る巨大蔓が伸び始める!
ヅダダダダダダダダダダ‼︎‼︎
その勢いは巫女の操っていたものよりも激しく、まだふらついていたカーマインが直撃をくらって気絶してしまった。
ステラはなんとか意識を保っているものの、過剰な魔力を制御できず、巨大蔓の暴走を止めることができない。
「狙って動いているわけでない分、動きが読みにくい。だが、運が良ければ当たらないといったところか……」
「カーマインさんは運が悪かったみたいですね。日頃の行いのせいかしら」
シアンとネリアは冷静に壁際まで退避したものの、次にとるべき行動を決めかねている。ただし……
「カーマインはともかく、巫女を回収せねば……」
「カーマインさんはともかく、セスが心配だなぁ……」
カーマインを見捨てることは共通の規定事項である。
一方、セスはというと……
「うおおおおおお……‼︎」
精霊の羽を活かしてなんとかステラに近づこうとしていた。
果敢に巨大蔓の間合いに飛び込み続けるセスに、ステラも気が付いて呼びかける。
だが、その内容はあまりにも予想外のものだ。
「セス! 私を刺しなさい‼︎」
「なんだって⁉︎」
「緑の剣で私の中心を貫き、巨大樹に繋ぐのです! そうすれば過剰な魔力を効率的に魔脈へ還すことができるはずです!」
ビシッ‼︎
「うわっ‼︎」
不意に巨大蔓がセスの肩を掠り、バランスを崩したセスはまた別の巨大蔓の上に落ちた。
咄嗟にしがみ付いたその巨大蔓はセスを振り回し、偶然にもノーチェのところへ運んだ。
セスはノーチェに刺さっていた緑の剣を引き抜き、それをステラに向けて構える。
「本当に……本当にこの方法でいいのか⁉︎ 俺は……俺は……」
「急ぎなさい……あなたは魔脈制御室へ。今ならまだ間に合います」
ステラのその一言で、セスは迷いを捨て去った。
ドスッ‼︎
緑の剣がステラの胸を貫き、巨大樹に留められた細い体はビクリビクリとのたうつ。
光が弱まって明滅を繰り返し始めると、巨大蔓はゆるゆると萎びていく。
「っ……ああっ……ッッ」
「ありがとうございます……!」
セスは剣から手を離すと、悶えるステラに深々と一礼して飛び立った。
あっという間に大広間を抜け、奥の通路を繭部屋とは反対方向に進んでいく。




