18ー5.異形の森
西の山の麓、迷いの森。
バシュッ! バシュバシュッ! バシュゥゥゥ……‼︎
アギャアアアア……
ウギャアアアア……
魔攻弾を飛ばす簡易な攻撃魔法で進路上の敵だけ除きつつ、魔女は獣道を急いでいた。
立ち止まって近くの敵を一掃しようとすれば、たちまち取り囲まれて動けなくなってしまうのは目に見えていた。
それならば、強引に先へ行ってしまう方が正解だと信じたからだ。
火照る体の熱は冷たい夜風に預け、敵の断末魔と草木のざわめきの中を突き進む魔女。ところが……
グンッ‼︎
「きゃっ⁉︎」
倒した異形が折り重なっているのを踏み越えようとしたとき、その中から伸びた腕が魔女の足を捉えた!
大きな異形に隠れて倒し損ねた小さな異形たちが、まだそこら中に残っていたのだ!
ワァアアア‼︎
マァアアア‼︎
「嫌ぁッ‼︎……ふぐっ⁉︎……ん、んぅう⁉︎」
倒れ込んだ魔女の身体を埋め尽くすように、小さな異形たちは次々に覆い被さってくる。
マアアアーー……
ンマアアーー……
「ンーーッ⁉︎ ンンーーッッ‼︎ ッッーー……」
そうして魔女の意識も異形たちの塊に呑まれかけたその時……
「魔女さんっ‼︎‼︎」
びゅんっ……パンッ! ビカーーーーッッ‼︎‼︎
ウギャアアアアアアアーー‼︎‼︎
ソラの投げた魔石が弾け、強烈な閃光が周囲を焼くように包み込んだ!
「魔女さん! しっかりしろ! おい‼︎」
ずるっ……‼︎
「げほッ‼︎ ゴホゴホッ…… がはっ⁉︎…………うえぇぇ……」
ビチャチャッ……
異形の溶けて出来た泥濘からソラが魔女を引きずり出すと、魔女は痙攣しながら泥を吐き出した。
ソラは先程攻撃に使った浄化の祈りを込めた魔石を、今度は魔女にかざして発動させる。
パアッと広がった光が体を包むと、下着の中に入り込んだ泥まで綺麗さっぱり抜け落ち、魔女はようやく生きた心地を取り戻した。
「魔女さん、大丈夫⁉︎」
「ソラくん‼︎ 何してるんですか⁉︎ ちゃんと避難してください‼︎」
「教会の窓から魔女さんが森に入るのが見えて追いかけてきたんだ! 魔女さんこそ何してるんだよ⁉︎ 今更自宅に残した旦那さんの遺品の心配でもしてるのか⁉︎」
「違いますっ! 私は自宅地下にある迷いの森の術式を転用して、魔物を村に辿り着けなくする術式にしたいだけです……!」
「なんだって! そんなことが本当に可能なのかい⁉︎」
「残念ながら魔物には人間ほど幻惑魔法が効きません……術式の発動を維持するための魔石だって、あの家にどれだけ残っているかわかりません……良くて明け方までの時間稼ぎ。問題の根本解決にはなりません……でもっ! このままの勢いで攻め続けられては、村にいる魔導士も避難所の結界もそう長く持ちません‼︎ だから、今の流れは断たなくてはならない……やるしかないんです‼︎‼︎」
「待った‼︎」
森の奥へ進もうとする魔女を、ソラはがっしりとしがみついて引き留める。
「止めないでください! ソラくんっ……こらっ! 離しなさい‼︎」
「……魔女さんがこんな危険を冒す理由は? つい最近まで村人と交流してこなかった魔女さんに、村への思い入れなんて殆ど無いだろ。魔女さんだったら、1人で村から逃げることもできるのに」
「そんなのっ、今生きてる人たちが死んじゃうのは嫌だからですよ‼︎ 自分にできることがあるのに何もしないのも嫌ッ‼︎ 当たり前じゃないですか‼︎」
「!……それなら良かった。死に急いでるわけじゃないんだな」
ソラはフッと笑って魔女を解放すると、森の奥を向いて隣に並ぶ。
「だったらオレも手伝うよ! オレだって魔女さんが死ぬのは絶対嫌だから!」
「それなら……1つだけ約束を守ってください。絶対にっ……」
「絶対に死なないって? 勿論守るよ! ぽっと出のオレが旦那さんに勝てる点といったら、ちゃんと今生きているってことくらいだからね! その代わり……用事が済んで村に帰ったら、今度こそ名前を教えてくれよ?」
「……約束、守ってくださいね」
ヒュルルルルル……ズドドドォォン‼︎‼︎
「「⁉︎」」
風を切る音がして振り向くと、2人の後方に巨大な黒い塊が落下した。
不気味に蠢く塊……その正体は絡まり合った無数の異形たちだ!
ある者は融合したまま、ある者は分裂しながら、目の前の2人に襲いかかってくる。
すぐに魔女は杖を、ソラは自作の銃を構えるが……
ンギャアアアアアアア〜〜……
ドシィィィン‼︎‼︎
「えっ……⁇」
何もしていない2人の前で、1番大きな異形の体が崩れ落ちた。
その背後から、ソラのよく知る人物がカトラスをぶら下げて現れる。
「話は聞かせてもらった! ここはおれに任せな!」
「爺さん‼︎⁇」
「魔女さん、あんたは魔力を温存しといた方がいいだろ? ソラ、お前は惚れた女を護りな。ただし、死なねーようにな!」
驚愕する孫の頭上を、シドは倒した異形を踏み台にヒラリと飛び越えた。
そのまま樹々の間をゴム毬のように跳ね回り、塊から分裂した異形だけでなく潜んでいた異形たちも次々に斬りつけ、蹴り飛ばしていく。
「オラオラオラオラァ‼︎」
ザクッ! ザンッ! ドカッ! バキッ!
瞬きする間に屠られていく異形たち。
孫の目にも祖父の動きが追いきれず、暗い森で鮮やかなのは鈍く光る刃の軌跡ばかりだ。
「爺さんっ⁉︎ あんた一体……」
「へっ、これでも元海賊でな! 修羅場には慣れてるッ!」
「……道理で、ただの田舎漁師の動きじゃないと思ったよ!」
祖父が元犯罪者であるという衝撃の事実を、孫はあえて軽く受け流すことにした。
何をしてきたか知ったところで、今更愛せなくなるはずもなく、責めることはできなかった。
「ほらよ、この辺りは殲滅完了だ。とっとと行くぞ。魔女さん、案内しとくれ」
「は、はいっ」
3人は山道を急いだ。
道すがら、ソラに問われてシドは自身の戦闘力を説明する。
「おれはよぉ、大気中の魔力を操ることもできねーし魔術式も理解できねーが、昔から手前の体内魔脈だけはなんとなーく上手く扱えるんだよ。おかげで肉体強化魔法なら自分で使える。それ無しでも鍛えてて強いからな、使えばもう向かうところ敵無しってやつだ」
「無敵って言っても、他の魔法が使えないだろ? 霊体系の魔物や遠距離攻撃型の敵には?」
「ああいう手合いには予め武器に魔力を込めときゃいい。遠くは投擲。物理攻撃が効くならその辺の石でもいいが、遠距離霊体系対策には魔石で作った物を用意しとくのが常だな」
シドはソラにポンチョの内側をチラリと見せた。
カトラスが2振りの他、煙玉と大量の棒手裏剣、日頃使っている果物ナイフまである。
更には靴底にも刃が仕込んである周到さだ。
日頃祖父の身なりに不満を零していたレミが知ればどんな反応をするだろう?
ソラは避難所に置き去りにされた弟を想い、この騒動が終わったら一家団欒の時間を持とうと思った。
願わくは、そこに魔女も新しい家族として加えて。




