18ー4.避難所
広場西の避難所、温泉宿1階。
多くの避難者で溢れかえったロビーでは、カオルコ、モモ、ローレンが怪我人たちの治療に当たっていた。
「ふぅ……モモちゃんが作り溜めていたお薬がとても役に立っていますね。それにローレンさんが回復魔法を使えるおかげで、重傷者や小さな子供をすぐに苦痛から救うことができます。サクラは本当に良いお婿さんを捕まえたと思いますよ」
「カオルコ先生の言う通りですねぇ。こんな未曾有の事態でも、魔導士さんがいるだけでみんなの安心度が全然違いますし〜。でもでもぉ、サクラはそんなローレンさんのことが心配で気が気じゃないみたい〜」
そう言うモモの視線の先には、避難者へ配るはずのタオルをしわくちゃになる程強く抱きしめながら震えるサクラ。
そしてそのサクラの視線の先には……
「うええん! いたいよぉ!」
「大丈夫だよ、小さなお姫様。オレが治してあげるからね」
パァアアア……
転んで怪我をした幼女の前に王子様の如く跪き、優しく手をかざすローレン。
すると痛々しい傷口は見る見る間に塞がり、幼女はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
「すごいすごい! もういたくなくなった! ありがとう、カッコイイおにいちゃん♡♡」
ちゅっ♡
「⁉︎……あはは……どういたしまして。それじゃ、次の人……」
幼女から不意打ちのキスを受けつつも、子供のすることだからと気にしないローレン。対して、気にしまくるサクラ。
そんなサクラを試すかのように、更なる嫉妬案件が襲う!
「あれ? 君は……ジェーン……」
幼女が去り、次に現れたのは老女。
彼女を見た途端、ローレンの表情は神妙なものに変わった。
「ローレン……憶えていてくれたの? 姿は時々見かけていたけど、会話するのは半世紀ぶりかしらねぇ……あなたはあの頃のまま変わっていないのに、私ばかり年老いて恥ずかしいわ……」
「大丈夫、今でも君は綺麗だよ」
「ローレン……」
パァアアア……
「さあ、これでもう歩けるはずだよ」
治療はすぐ終わり、ローレンはかざした手を引っ込めようとしたが、ジェーン婆さんはローレンの手をしっかと握って離さない。
いくつになっても心は乙女。皺の数ほどみなぎるパワー。侮る勿れ、老婆の握力。
「ああ、ローレン……今、付き合っている娘はいるのかい? 私は夫に先立たれて子供もお嫁に行ってしまったのだけれども……」
「オレは近々結婚するけど、君が寂しい時は友人として話し相手になるよ。オレの妻になる人も一緒にね」
「そう……でも遠慮するわ。奥様はきっと良い気分はしないでしょうから。ただ、最後にお願い……昔2人で泊まったあの部屋まで、あの時みたいに運んでくれるかしら?」
「ごめんよ、ジェーン。今は他に怪我人が来るかもしれないから。それに、あの部屋は改装済みなんだ」
ローレンがやんわりと断ったその時、少し離れたところから若き日のジェーンそっくりな美女が呼びかける。
「ちょっとお婆ちゃん! 治療は終わったんだから早くこっちに来てよね! いつまでもエルフさんに迷惑かけてみっともない! それにやっぱり骨折じゃなくて捻挫だったでしょ!」
「チッ……小煩い孫め……」
「ジェーンのお孫さん?」
「ああ、実は娘一家は私のすぐ隣に住んでてね。ほぼ二世帯住宅みたいなもんだよ。それじゃあローレン、またね♡」
「え?……あはは……」
かつての恋人を見送った後、ローレンはしばらく周囲を見回して、カオルコに尋ねる。
「怪我人の波が途切れた様ですし、オレはティアたちを手伝いに行ってもいいですか?」
「そうですね。それでは……」
「だ、ダメですっ‼︎」
突然2人の間に割り入ったのは、先程からずっと口を挟むのを我慢し続けていたサクラだ。
「ローレンさんはティアさんたちみたいに強くないんだから、外に出るなんて絶対ダメです! 危険なことはしないって約束したじゃないですか! 他の女性と親しくしててもいいですから、目の届く屋内に居てください!」
「建物の外とは言っても、結界の中からは出ないよ。サクラさん、悪いけど行かせてもらう。君がオレを心配する様に、オレも妹が心配なんだ」
ローレンから真っ直ぐ真剣な目を向けられ、サクラはグッと唇を噛む。
「…………ティアさんたちの足を引っ張らないでくださいよ? ローレンさん、意外とドジなんですから」
「大丈夫。ティアはオレのことフォローし慣れてるよ」
「……お気をつけて」
「ありがとう。行ってくるよ」
ローレンは不安げなサクラを軽く抱きしめた後、颯爽と1階の窓から庭木を伝って2階の屋根へ上がった。
多少抜けているところがあっても、流石ハーフエルフという身のこなしである。
……余談だが、彼らの様子を遠目に窺っていたジェーン婆さんは、カオルコがローレンと再婚してサクラが義理の娘になるのだと誤解した。
***
広場西の避難所、温泉宿屋根上。
見晴らしの良いこの場所では、ティアと魔女が広範囲に雷の網を展開する魔法を使い、異形たちの駆除に奮闘していた。
「……範囲指定完了! 対象条件指定完了! 術式実行‼︎」
バリバリバリバリバリバリバリ……‼︎‼︎
アギャアアアッッーーーー……ゥゥウギャアアアアアアア‼︎‼︎
「……ったく! 次から次へと湧いてきやがってキリがねーな!」
「発生源の魔穴がいつ閉じるかわからない以上、戦いに終わりが見えません……避難所用結界術式のおかげで今は安全ですが、結界にも私たちにも魔力の限界があります……だったら……!」
タッ‼︎
「⁉︎ おい、魔女‼︎ どこ行きやがる⁉︎」
突然、魔女は屋根から飛び降りた!
風魔法を使って器用に着地すると、あろうことか異形のやって来る方向へ駆けていく。
「マジかよ……逃げるわけじゃねーみたいだし、一体何を考えてやがる⁇ 説明くらいしてけっての!」
「ティア!」
そこへ、魔女と入れ替わるようにローレンがやって来る。
「お兄! なんで来るんだよ⁉︎ 戦闘不向きなんだから中にいろって!」
「仕方ないだろ、可愛い妹が心配なんだから。それで、状況は?」
「良くねーよ。村人の避難が完了するまでは、敵だけに当たるよういちいち条件指定しながら攻撃するしかねーし。奴ら合体もできるみてーだから、この先もっとやべー奴が出てくるかもしれねーし……」
ズシィィンッ‼︎‼︎
「おわっ⁉︎」
「ティア‼︎」
不意に、双子のいる屋根めがけて引き抜かれた大木が飛んできた。
大木は結界によって弾かれたが、振動と疲労でよろけたティアが落ちそうになり、ローレンが支える。
「対象選択完了! 術式実行‼︎」
バチバチィッ‼︎‼︎
ウギャギャア‼︎‼︎
大木を遠投した大型異形を、ティアは素早い反撃で仕留めた。しかし、その表情は険しい。
「はぁ、はぁ……しっかり狙い澄まして遠距離攻撃かよ。奴ら最初はただ近くの人間に反応するだけの単細胞っぽかったのに、ちょっとずつ学習してやがるみたいだ……このまま長引くとマジで厄介だな」
「ティア、もうかなり消耗してるじゃないか……ほら、魔力回復薬を持ってきたから使って」
「ああ。サンキュ……」
「? そういえば魔女さんは⁇」
「知らね。なんかどっか行った。つか気付くのおせぇ」
「だってティアのことで頭がいっぱいだったから……」
「っ……バカお兄」
「ティア……」
ぎゅううう‼︎
兄の言葉に頬を赤らめたティアを、ローレンはいきなり強く抱き締めはじめた。
「お、お兄っ⁉︎ ななな何すんだよぅ⁉︎」
「オレの体内魔脈とティアの体内魔脈を一時的に連結させる。オレたち双子の体内魔脈なら合わせやすいだろ? これで高度な魔術式の処理がしやすくなるはずだ。ティアにかかる負荷を減らせる。あと、さっき負傷者に敵の泥が付着していたんだが、あの感じは浄化魔法が効きそうだった。1体試してその通りだったら、オレの浄化魔法をティアが増幅させて使ってくれ。村人に当たっても安全だ」
「……仕方ねーな……手伝わせてやるけど、お兄もあんま無理するんじゃねーぞ?」
「ティアが無理しないならね」
「ははっ、そりゃ無理だな」
……いざとなったら、村を見捨てても兄妹2人で逃げ延びよう……
密かにそんな決意もしつつ、ティアはローレンの背に腕を回した。
スキンシップ過剰な双子ですが、ローレンに下心はありません。




