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1ー8.シド爺


「よぉ、アリス。教会で会うなんて珍しいじゃねーか」


ショコラたちを見送った直後、3人のすぐ背後から掠れた声がした。

セスとネリアが驚いて振り向くと、釣竿を担いだ小柄な爺さんが立っている。

頭に巻いた紫の柄布。凝った織模様のポンチョ。脚絆とサンダル。どれも少しボロい。

手には蓋付きのバケツをぶら下げている。


「やぁ、シド! ボクは今、この人間たちの道案内をしてやってたんだ」


アリスが得意気に胸を張って答えると、シドはバケツの蓋をずらして中を見せる。


「へぇ、そうかい。オレは今日、大漁だったんでな。せっかくだから神父さんにお裾分けに来たのさ。この後はそのまま白兎亭に行くから、アリスに同伴を頼んでもいいか?」


午前中は網漁をして村の組合に魚を納め、午後は個人的な釣りを楽しんだ後、白兎亭で釣果を捌いてもらうのが漁師シドの日課だった。釣った魚はその日の酒の肴になるのだ。


「ああ、いいとも!……と答えたいところだが、シド、その魚を持ってすぐに家に帰るがいい。今日、シドが海に出ている間に、シドの孫が留学から帰って来たからな。神父に分けてやるのは次の機会でいいだろう」


「へぇ! レミの奴、帰る日を手紙で知らせもせずに! 全く、昔から勝手な孫だ……」


「え! お爺さん、レミさんのお祖父様なんですか⁇」


2人の会話を聞いていたネリアが、驚きの声をあげた。セスも、声は出さないが驚いていた。

都会風に気取ったレミのイメージと、目の前にいるシドとは結び付けにくかったからだ。

しかし、そう言われてみれば2人の身長に遺伝子的な繋がりを感じなくもない。


「……嬢ちゃん、孫の知り合いか?」


「はい!……と言っても、今日ここへ来る途中に知り合ったばかりですけど。私、火の国から派遣された公認魔脈管理士で、ネリアって言います。この村のお役に立てるよう、精一杯励みますね♪」


ネリアがにこやかに挨拶すると、シドはぷいっとそっぽを向く。


「高慢な火の国サマが恩着せがましく送ってくる援助になんか、オレは期待してないよ。ま、上の命令で田舎に飛ばされただけの嬢ちゃんたちには、ちょっとばかし同情してやらんこともないがね」


ああ、やっぱりか……セスとネリアはそう思った。

自分たちを歓迎しない村人がいることは、この任務に就いたときから予想していた。


火の国と地の国は友好国ではあるが、決して対等ではないからだ。


かつて圧倒的な軍事力で大陸の主要な魔脈や鉱山を押さえ、工業発展を遂げた火の国。

対して、もっぱら農耕に努めて大陸の食糧生産に貢献することで、他国から庇護対象となっている地の国。

結局のところ、強い火の国にとって弱い地の国は子分のようなものなのだ。


だが、親分子分の関係だからといって、傍若無人な振る舞いは許されない。

子分には別の親分がいるからだ。

女神の加護と呼ばれる海底魔脈に守られ、海外貿易に成功した『水の国』。


水の国が睨みをきかせている状況下、火の国は地の国への影響力を強める目的で、援助と称して人を送り込んでいるのだ。

そうして送られる人間というのは、重要な都市部に送られるのであれば優秀な者が選ばれるが、辺境の地に送られるのは単に貧乏くじを引かされただけの者である。


それでも、セスは胸を張ってシドの前へ出た。


「どうも、シドさん。俺はセス、同じく火の国の魔脈管理士です。俺たちを国としてみれば、あなたによく思われない理由もわかります。でも、俺もネリアも自分の使命にはちゃんと責任も誇りも持っていますよ。ただ、口先だけでは信じてもらえないでしょう。だから俺たちは、俺たちが来て良かったとあなたからも思って貰えるように、ちゃんとした成果をあげてみせます。必ず」


予想外の不敵な宣言を受け、シドはセスの目をじっと見つめ直した。


「ほう……なかなか言うじゃねーか。どうやら気取っただけのひ弱な若造とは違うらしい。……それじゃあその成果とやらが出た暁には、このシド様が飛びっきりの大物を釣り上げて食わせてやるぜ‼︎ もちろんその宴の会場は白兎亭だ。酔い潰れるまで奢ってやるから覚悟しな!」


「ええ、楽しみにしてますよ」


セスがシドと軽く拳同士を合わせると、ネリアも横から少し小さな拳を参加させる。


「美味しいお魚食べたいんで私もっ! 約束ですよ、シドさん♪」


これには流石のシドも破顔して、愉快そうな声をあげる。


「ハハハ! 嬢ちゃんも大人しそうな顔の割に肝が座ってるみてぇだ! 火の国の女じゃなけりゃ、孫たちの嫁に欲しいくらいだぜ!……っと、そういやレミの奴が帰ってるんだったな。アリスの勧めに従って、オレはこのまま帰るよ。またな!」


シドは村外れの方向へと歩き出した。

その背中を見送るセスとネリアに、アリスが向き直って声をかける。


「おい、最後にもう一つ教えてやる。たった今シドが帰っていった方に行けば、浜へ降りることができるぞ。ダイヤの月には海で泳ぐこともできるし、海の家も開く。お前たちはこの村に仕事で来ているが、たまには息抜きに遊ぶことも許可してやろう。…………以上で村の案内を終了する! お前たち、感謝するがいい! ハーーハッハッハッハーー‼︎」


「うんっ♪ アリスちゃん、今日はありがとうね! アリスちゃんのおかげで、もう村の地図いらずだよ」


「ありがとう、アリス。わかりやすい案内で助かったよ。アリスって態度は悪いけど、実は良い奴なんだな」


セスも本心からアリスに感謝していた。

アリスのエキセントリックなキャラが周りの人々に受け入れられていることも、今なら納得できる。


「フン……素直に敬意を表せばいいものを、引っかかる言い方をする人間だな。だからモテないんだぞ!」


「くっ……」


……納得できる。



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