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18ー2.魔穴

一方その頃……


「んも〜〜っ! セスってばどこに行ったのよぅ⁉︎」


ネリアは妖精の羽を模して作られた飛行装備で、山中を飛びながらセスを探していた。

この高価な装備は、当然経費外。セスを失いかけたあの戦闘後、ネリアが自費で取り寄せたものである。

金銭的なこと以上に、希少な材料を多く使い製法も難しいことが問題で、やっと手に入ったのは1人分。

本当は実家を頼ればもっと入手しやすかったはずだが、父親から詮索されるのを避けるためにしなかった。

入手直後に嵐が接近し始めたせいで、使ったのはセスと交替で装備して飛行練習した日のみである。


ちなみに、セスには金額を伝えていない。養子に迎えられて長くなるが、未だに遠慮するところが残っているからだ。

いつまでも『他人』という意識が消えないのだろう。


キィィイイイイイイイーーーー……‼︎‼︎


「きゃあ⁉︎ 何⁉︎」


突然、空間が軋むような不吉な轟音が山全体に響き渡った!

驚いたネリアは耳を塞いで上空へ逃げ、そこから見えた光景に絶句する。


魔穴だ。しかも複数。


圧倒的な禍々しさを放つ渦の中央に、単なる暗さではなくその部分だけ景色を塗りつぶしたような、異質な存在感のある黒点。

視界を遮蔽物に阻まれない限り、それは暗さや距離など関係無く、空間の歪みとして確認できた。

魔穴は山のあちこちに点在し、中には村に近いものもある。


今は村に戻って避難指示を出さなくては! そう思ったネリアは引き返そうとした。そのとき……


ズゾゾゾゾ‼︎‼︎


「きゃああ⁉︎」


不意にネリアの足をどす黒い手が捉え、物凄い勢いで地上へと引きずり落とそうとした。

ネリアは咄嗟に雷魔法でそれを撃ち払ったが、次の瞬間、今度は3方向から一斉に手が伸びてくる。

そしてそれを躱してもまたすぐ次、次の次が来るので、ネリアはとうとう地上へ下ろされてしまった。


ズルルッ‼︎ ズズッ‼︎ ズズズズ……


「ンッ……ンあっ⁉︎ う……やぁッ……」


無数の手はネリアの身体を潰すのでも締めあげるのでもなく、まるで確かめるように丹念に捏ねくり回してくる。


「〜〜っ……このぉっ‼︎‼︎」


ババババッ‼︎‼︎


「はぁっ……はぁっ……」


ネリアは全身に纏わりついた手を再度雷魔法で振り払い、体勢を整えた。

だが、敵の姿を見た瞬間、あまりの悍ましさに身が竦んでしまう。


ワアアアアアアアアア‼︎‼︎


その咆哮は、獣というよりまるで複数の赤ん坊の泣き声を合唱させたようだった。

そしてその姿は、複数の人間をめちゃくちゃに合成したかの様な『異形』であった。

ネリアは敵が殆ど黒塗りの影状態で良かったと思った。

もし色まで人間の色で細部まで見えたなら、きっと正視に耐えなかっただろう。


ワアアアアアアアアア‼︎‼︎


「煩いな! 私はあんたに構ってる暇無いの!」


ネリアは怖気を吹き飛ばすためにあえて強がりながら剣を構えた。

とはいえ、まともに戦うつもりは無い。隙を作って逃げるつもりだ。

理想としてはきっちり討伐していきたいところだが、得体の知れない相手に倒し切る自信も無いのに時間を割くべきではないと判断したのだ。


とりあえず先の攻撃で雷が有効だと判明しているので、ネリアは雷の檻を張って追って来られなくしてから逃げようとした。


ところが……


ウオオアアアアン‼︎

アアアアアッーー……

ワアアアアァァ〜〜‼︎


いつの間にか複数の異形がネリアを取り囲んでいた。

大きいもの、小さいもの、太いもの、細いもの……

首の下から細い脚が無数に生えている者、大小様々な無数の目と口が色々な向きで付いている者、足は無くて口から生えた腕で体を支えている者……

そうして見回している間にも、異形は森の奥からゾロゾロと湧き出てきて、中には融合する者たちもある。


「魔穴から大量発生してるに違いないよね……やっばいなぁ」


ネリアは今更ながら1人であることが心細いと思った。

いつも一緒だった相棒は無事だろうか? それを知るにも必ず生き延びねばならない。


バリバリバリバリ‼︎‼︎


ネリアは離脱すべく周囲へ一気に雷の柱を出現させた。

しかしその瞬間、ネリアは気付くこととなる……異形たちの背後から、それら全てを呑み込むほどの巨大津波のような影が押し寄せてきていることに……


「あ……」


絶望するしかなかった。

ネリアはなんとかしなければと思うと同時に、もう自分にはどうにもできないと悟って動けなかった。


………………


痛みは無い。

目の前が真っ暗になったのは、自分で目を閉じたからなのか? 影に包まれたからなのか?

それすらわからないでいると、懐かしい声がネリアを呼んだ。


「お嬢様! ご無事ですか⁉︎」


「シアンさん‼︎」


月明かりに浮かび上がった慕わしい姿に、ネリアは心底安堵して駆け寄ろうとしたが……


「よお、メスガキ。今日は制服着てるじゃねーか? な〜んか乱れてるけどww」


「げっ……」


間に割り込んで登場した不愉快な無礼者に、その足を止めざるをえなかった。


「制服です。この前のようなことがあると困りますから」


「お? オレ様にも敬語とは、メスガキもやっと立場理解したかよww」


「シアンさんに対しては敬意からですが、あなたに対しては距離感からです」


尊敬される男シアンと、尊敬されない男カーマイン。ネリアとは約4週間ぶりの再会である。

2人は先の雷光を見つけて、ここまで駆けつけたのだった。


「お嬢様、お一人ですか?」


「はいっ。実はセスが……えっと、その……人型精霊を追って山に入ったはずなので、探していたんです。山には魔脈を調整する古代遺跡があって、そこへ向かったはずなんですけど……」


ネリアは申し訳なく思いながらも、人型精霊の存在を伝えた。

こんな事態になった以上、関係がありそうな情報を伏せるべきではないと考えたからだ。

それにネリアはシアンのことを信頼していたので、彼の決定することになら従おうと思えた。


「やはりそちらも動いたか……先刻観測した強い魔力反応が遺跡で間違いないだろう」


「えっ……シアンさん、もしかして知ってたんですか⁇」


「ギャハハ! シアンが驚かねーから、メスガキが驚いてるじゃねーかww」


「申し訳ありません、お嬢様。人型精霊と遺跡については、以前から存じておりました」


「つまり、シアンさんたちの極秘任務に関係しているんですね……魔穴も遺跡もステラちゃんも」


「はい。ですので、我々は遺跡へ向かいます。お嬢様は……」


ゴーン! ゴーン! ゴーン!……


ちょうどそのとき、村の方角から警鐘の音が聞こえてきた。

村人たちも異変に気付いて避難活動を開始したのだ。


「私もっ、シアンさんたちと遺跡へ向かいます! きっとそこでセスに会えるはずですから!」


逡巡する時間を惜しんで即決したネリアだが、村を見捨てたわけではない。

村にも戦力になる者たちはいる。既に避難が始まっているのなら、後は彼らに任せればいいはずだ。

そして、その間に魔穴問題を解決することこそ、今の自分がやるべきことだ!……そう考えたのである。


「ま、賢明な判断だぜ。どーせメスガキ1人じゃ、村に戻る前にヤラレちまうだろーしww」


カーマインはそう言いながらスコップを構えると、進路上に湧いた異形を目掛けて加速した。

ネリアたちも急いでその後に続く。


「異形の魔物たちって、やっぱり魔穴の中からやって来るんですよね?」


「そういうわけではありません。あれらは魔穴から放出された魔力が周囲のものと反応して形を得たものです」


「ちょうどこの山には悪名高い『双子の国の人形塚』があったからな。地下に封じ込められてた赤ん坊どもの魂が、いい具合に材料になっちまったんだろーよww」


先に異形を蹴散らしたカーマインが合流し、意地悪く笑いながら言った。

ネリアは以前ローレンたちと遺跡でした雑談を思い出し、サッと青ざめる。


「ええ〜⁉︎ あれって作り話じゃないんですか⁉︎」


「現代に伝わっているのは脚色された御伽噺ですが、その元となる史実はあります。とはいえ、通常それほど大昔の残留思念が留まっていることは無いのですが……当時の人々が祟りを恐れて封印を施していたために、かえってそのまま保管され続けていたのでしょう。生まれると同時に葬られた彼らには、憎悪を抱けるほどの自我さえ無かったはずですが、おそらくは生命への純粋な憧れによって、生者を求めるのでしょう」


「皮肉な話だよなww つーか正体赤ん坊なら、メスガキが乳丸出しで囮になればいいんじゃね? 『ママでちゅよぉ〜♡』なんつってww」


「絶対しません‼︎‼︎」


そんな話をしながら山を登っていると、前方に再び異形の群れが見えてきた。

カーマインは、今度は減速しながらシアンへ目配せする。


「おい、シアン。次はテメーの特技であいつら片付けろ。これから共闘しようってんなら、メスガキもテメーの手の内を知っといた方がいいだろ。さっきはメスガキ、ビビって目ぇ閉じてたんだしよ」


「む……そうだな」


「シアンさん⁇」


さっき自分がどうやって助けてもらったのかは、ネリアも気になっていた。

そんなネリアの期待の眼差しに、シアンは憂鬱そうな溜息をこぼす。その直後……


ヒュン!


ズ……ズズ……ズズズズズズズズ‼︎‼︎


立ち止まったシアンの足元から一気に暗闇が広がり、彼に近寄ろうとした異形たちが次々にその中へと呑み込まれ始めた!

更に、暗闇からは無数の触手のような影が伸び、遠くにいた異形までも引きずり込んでいく!

それはただの暗闇ではなく、凝縮された憎悪の具現化。

禍々しく悍ましい『負』の力。


「呪影術……⁇」


ネリアは信じられないとばかりに瞬きを繰り返したが、そんなことで目にする現実が切り替わるわけでもない。

期待通りの反応に、カーマインは嬉々として絡んでくる。


「そう! シアンは呪術士なのさ! メスガキも知ってるだろ? 呪術の才ってのは、もともとその素養のある奴が、人や世界を強く恨み憎み呪うことによって覚醒する! 素養が無い奴がいくら望んでも手に入らない力だが、逆に素養があるだけの奴でも手に入らない……つまりだ! 綺麗事並べて善良ぶってるシアンのヤローは、内実、陰険極めた根暗なクズヤローってことなんだぜww ギャーハハハハハww」


「シアンさんが……⁇ そんな……」


「真面目な努力家ほど、叶わない理想に呪われて壊れていくものだからなww 見る目のねーメスガキには、いい勉強になっただろww 本当にイイ男ってのは、オレ様みたいな豪胆で裏表の無い実力者のことを言うんだぜww」


「……裏表が無いことを褒められるのは、それで人を傷つけない人に限りますけど?」


そこへ、異形を一掃し終えたシアンが振り返り、月を背に歩いてくる。


「……お嬢様、失望なさいましたか?」


聳え立つ影のようなシアンが見下ろす。その表情はネリアにはよく見えない。


「きっと……私みたいな子供には計り知れないお辛い事情が、シアンさんにはあるんですよね……大丈夫です! 私はシアンさんが良い人だと信じていますから!」


「お嬢様……もったいないお言葉、感謝します。それでは先を急ぎましょう。露払いはお任せください」


「はいっ」


姫を守る騎士のように振る舞うシアンと、彼を信頼し切ってその背を追いかけるネリア。

そんな2人をカーマインは「とんだ茶番だww」と嘲笑した。



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