18ー1.失踪
その夜、セスは心身ともに疲れ果て、倒れるように眠りについた。
仕事帰りにネリアと話す機会はあったが、昼にステラから聞いた話を伝えるのは気が進まなかった。
夕飯はステラがキャセロールを温めればいいだけの状態で置いていてくれたが、1人きりの食卓では食も進まず、殆ど朝食へ残すことにした。
(ステラ……ステラ……どこへも行かないでくれ。ずっと一緒にいてくれ……)
(ありがとう。セスのこと、誰よりも1番大好きでした。さようなら。ステラはとっても幸せでした)
セスは夢の中でステラの声を聞いた気がした。
***
「ステラ……ステラ⁉︎」
セスは叫ぶように跳ね起きた。
暗い寝室にカーテンの隙間から月明かりが差し込み、ベッドに立て掛けた緑の剣を照らしている。
微かに聞こえる秒針の音以外には、風の音すら聞こえない。静かで不気味な夜だ。
今は1人きりであるはずの家で、セスはついさっきまでステラの気配を間近に感じていた。
「夢……ただの夢のはずだよな……なのに……」
胸騒ぎが収まらない。
居ても立っても居られなくなったセスは、大急ぎで身支度をすると家を飛び出した。
***
コンコンコンコン‼︎
「すみません! ピアさん! ネリア! 起きてください! すみません! 起きてください‼︎」
コンコンコンコン‼︎
セスは無礼を承知でピアの家の扉を叩きまくった。
すぐに中の灯りが点き、ネグリジェにカーディガンを羽織った姿のピアが玄関を開ける。
ガチャ!
「どうされましたか⁇」
「夜分遅くにすみません! ステラは居ますか⁉︎ 今日はここに泊まっているはずですよね⁇」
「えっ⁉︎ ステラさんなら夕方いらっしゃいましたけど、ネリアさんと入れ替わりに『用事を思い出した』と言って帰られましたよ⁇」
「そんな⁉︎」
「ふわぁぁ……セスぅ⁇ こんな時間に何事〜?」
まだ少し寝ぼけながらネリアも歩いてきた。
緩く巻いたガウンからスリップのレースが覗いているが、本人は気にしていない。
「ネリア! ステラがいなくなった!」
「へ⁇……えええ⁉︎」
「ステラは精霊としての使命を思い出した……きっと俺たちが見つけていない遺跡へ1人で向かったんだ……っステラ‼︎」
やっと目を覚ましたネリアが詳細を尋ねようとしたが、セスはもうステラを追うこと以外考えられなくなって駆け出していた。
「セス‼︎ ちょっと待ってよ‼︎……ピアちゃん! 私も準備したらすぐにセスを追うから、ピアちゃんはここで待機しながらセスの家の方を見張ってて! ステラちゃん、帰ってくるかもしれないし!」
「わかりました! どうかお気をつけて!」
ネリアは大急ぎで自室に戻ると、西の山に入るべく戦闘装備を整えた。
***
村の北西部。
「⁉︎」
ここまで走り続けてきたセスだが、ゾクリとする光景に足を止めた。
西の山へと続く森の入口に、月光に照らされて大きな白い影が佇んでいる。
「ウィーグル……」
セスは剣に手をかけた。
勿論、戦闘は避けたい。素通りさせてくれるならそれがベストだ。
迂回する余裕の無い今、セスは視線を外さずにゆっくりと巨大怪鳥に近付いていく。
すると……
「コォォォ……」
「⁉︎」
セスがその数メートル横を通り抜けようとしたとき、ウィーグルが静かに鳴いた。
威厳を持って響くその音は、空気を震わせながら場を浄化していくかのようだった。
茫然とするセスにウィーグルは背を向けて屈み、促すように振り返る。
「……『乗れ』って言ってるのか……⁇」
「…………」
返事は無いがその力強い眼差しを信じ、セスは純白の羽毛が覆う背へと跨った。
次の瞬間、ウィーグルは体を起こしたかと思うと、大きな翼を広げて助走もなく空中へ昇った。
力強い飛翔だが、以前助けたサンドドラゴンの背よりも心細い浮遊感と恐ろしい速度。
目を開けているのも辛いほどビュウビュウと風を切って突き進みながら、セスはウィーグルがステラの下へ導こうとしているのだと不思議と確信していた。
***
「コォオオオオ‼︎」
「あれは……⁉︎」
眼下に見下ろした森林が途切れ、山肌が剥き出しになっている箇所。フードを被った人物と戦闘のあった、風の国との国境線。
その一部が白く光り、斜面から巨大な立方体が突き出している。
「ステラああああ‼︎」
白い立方体の前に小さな緑色の人影を見つけ、セスは叫んだ。
しかし、ステラは振り向くことなく立方体へと消えていく。
タンッ!
高度を下げたウィーグルが着地するのを待たず、セスは以前来た際には無かったはずの石畳へと飛び降りた。
月光を反射して青白く輝く石畳。その隙間から生えているのは、かつてステラを発見した場所に咲いていた白い花だ。
あのときと同じように空気よりも軽い花弁が宙に舞い、不気味なほど美しい光景を創り出している。
上空から見えた立方体は遺跡の入口部分で、精霊であるステラが通過した今、持ち上がっていた壁のような扉はゆっくり閉じようとしている。
ズズズズズズズ…………
「ステラーーーーッ‼︎」
既に腰の位置より下がっていた分厚く重い扉と、石畳との隙間。セスは躊躇うことなくそこへ滑り込んだ。
直後に背後でズシンという鈍い音が響いたが、セスはいちいち振り返りなどせず、通路の奥に一瞬見えたステラの影を追っていく。
「ステラ! 待てよ! 待ってくれ‼︎ ステラ‼︎」
セスは必死に呼びかけながら走り続けるが、宙に浮かんで滑るように進むステラとの距離は縮まらない。
全面をツルツルした白い石に覆われた通路部分と、天井まで植物が茂った洞窟部分。
遺跡の内部は、人工と自然とが不規則に混在している不思議な空間だった。
窓のようなものは見当たらないが、発光する植物や鉱石があちこちにあって異常なほど明るい。
白い石の通路部分は、以前見つけた遺跡の魔脈制御室の造りとよく似ている。
途中、走り過ぎた通路の壁に複数の大きな窪みがあった。
その中で以前見たあのゴーレム達が待機しているのを、セスは視界の端で捉えていたが、絶対に立ち止まってはいけないという予感に従って無視し続けた。
実際、セスの勘は正しかった。
ゴーレム達は精霊であるステラが近くにいることによって、本来排除すべき異物への反応にラグが生じていたのだ。
もし一瞬でも足がすくんで遅れていれば、立ち所に集中砲火を浴びせられていただろう。
「ステラ‼︎ 聞こえてるんだろ⁉︎ ステラ‼︎」
「…………」
ステラは決して返事をすることも振り返ることも無く、しかし一定の距離を保っていた。
「誘導、してるのか……? 何のために⁇」
わからない。いや、ステラの思惑どころか自分がどうするつもりで追っているのかも、セスにはわからなかった。
ステラが精霊として魔脈を回復させようとしているなら、こうして引き止めることは余計な行動に違いない。
離れたくないなんて、そんなのはわがままだ。
***
追いかけっこを続けるうちに、中央に巨大樹の聳え立つ大広間へ辿り着いた。
そのあまりの広さにセスは眩暈を覚えた。
遺跡内どころか現実とも思えない。亜空間に迷い込んだ心地さえする。
ふかふかと柔らか過ぎて浮遊感を覚える足元は、毒々しいほど鮮やかな多種多様の植物に埋め尽くされ、煩いほどに煌めく星空のように見える天井は、無数の結晶に覆われている。
巨大樹の幹をよく見ると、夥しい数の木が複雑に絡まり合って1本の木を作り上げていた。
濃い緑の葉が枝が見えないほど生い茂り、あちこちに虹色のフジのような花が垂れ下がっている。
その圧倒的な生命力に満ち溢れた姿は、美しいというよりも恐ろしい。異様で、不気味だ。
「ステラ⁉︎ どこに行った⁉︎ ステラ‼︎ ステ……いた‼︎」
「…………」
見通しの悪いその場所でセスはステラの姿を見失いかけたが、そんなセスを待っていたかのように、ステラは入ってきたのとは反対側にある通路の入口に佇んでいた。
その無言の背中が、更に奥へと進んでいく。そして……
***
「ステラ‼︎ どこにいるんだ⁉︎ ステラ‼︎ ステラーーッ‼︎‼︎」
広間の奥の二股道をステラが進んだ方へ駆けてきたセスだったが、そこでいよいよステラを見失った。
しかしその通路は横道もなく、セスは突き当たりの真っ白な部屋に入った。
真っ白、というのは内装の色のことではない。本当の内装の色を判断するのは、困難だ。
繭。見渡す限り全て、繭だ。部屋中至る所に繭糸が張り巡らされ、壁や天井がどこにあるかもわからない。
しかも繭糸は異常に頑丈で、普通の剣では上手く斬れない。
「この繭……ステラが初めて会ったときに入ってた繭と同じ?」
それならば……と、セスは緑の剣で繭に斬りつけてみた。
思った通り、完全に分断することはできなくとも、斬った量の半分は繭糸が斬り落とされている。
緩んだ残りの繭糸は普通の剣で斬れるので、セスは通常の剣と緑の剣の二刀流で繭部屋を斬り進むことにした。
ザン! ザッ! ザンッ!
「ん? あれは…………」
やがて、セスは黄金色に発光する大きな繭玉を見つけた。よく見ると人影が透けている。
セスが無我夢中でその前まで繭糸を斬り進んで行くと、繭玉の光が揺らいで中で眠る人物が見えてくる。
「ステラ……」
黄金色を帯びたその姿は、若葉ではなく枯草の色に見えた。
セスはステラの繭に触れようと手を伸ばしたが、その瞬間、強い光がセスの視界を包む……




