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17ー1.逃げ道

嵐後の見回り2日目。

魔脈管理士のセスとネリアに加え、宿泊中のハーフエルフ双子ローレンとティア、それに魔女……有能な魔導士たちは、それぞれ手分けして村の補修作業に参加することになった。


災害時、建物に固定魔法をかけて全住民が閉じ籠っていたので、死傷者および行方不明者は0。

しかしながら、屋外……つまり範囲が広すぎて固定魔法で保護するわけにもいかなかった多くの田畑や果樹園、漁場などの被害は甚大だった。


地上にあるものは薙ぎ倒され、地中にあるものは長雨によって腐っていた。

小規模な土砂崩れがあちこちで起こり、田畑や水場に土砂が流れ込んでいた。

ある程度成長していた作物は嵐の前に急いで収穫したものの、熟していないために使い道は限定されている。


「ここから見える景色も、随分変わっちまったな……」


教会のある高台から荒れた村を見渡し、セスはポツリと呟いた。


***


同日午前。村の南部。


シュウウウウ……


「ふぅ……こんな感じ、ですかね……?」


魔女が崩れた道を魔法で修復させると、傍で見ていた村人たちは感嘆の声をあげた。

その内1人の老婆は魔女に握手まで求めてくる。


「ありがとうねぇ、『良い魔女』さん。これで荷車を迂回させずに済むわぁ」


「えっ……あ、はい……どういたしまして……」


村に滞在することにした魔女は、一身上の都合で本名を伏せたいとの希望を汲んで貰い、『良い魔女』さんと呼ばれることになっていた。

これは滞在手続き中に村長が提案したもので、昔話に出てくる悪い魔女と区別するための配慮である。

呼ばれる身としては、なかなかむず痒い。無条件に肯定の言葉が付いてきても、面目がないのだ。


「お芋さん、遠慮せずもらってってねぇ。うちは収穫が間に合ったから、世話になる人には配ってんのさぁ」


「あ、ありがとうございます……頂きます……」


昼食を用意していなかった魔女はそれをありがたく懐に抱き、次の現場へと歩き始めた。

自分が社会と関わりのあった時代からは随分と変わり、この村では特異な容姿と魔力でも普通に受け入れてもらえる。

そのことを知った魔女は、かえって決まりが悪い気持ちになった。


「生きやすくなっちゃったな……」


魔女は寂しがりのくせに、反面、罪悪感からまだ孤独に浸っていたかった。

そうして悲劇のヒロインぶっているうちは、亡き夫との繋がりを強く感じていられるのだから。

温かい場所は、落ち着かない。


***


同日正午前。村の北部。


「セースっ!」


どんっ!


「うわっ……ネリア、いきなりぶつかってくんなよ」


「いやあ、なんか哀愁漂う背中だったんで元気をチャージしたげよーかとっ」


移動中に偶然セスを見かけたネリアは、その背に覆い被さるように飛び付いてきた。

セスは振り払うような無粋な真似はせず、素直にその僥倖を享受する。ついでに、提案する。


「なあ、ネリア。任務が終わって国に戻ったら、試しに付き合ってみるか?」


「えー? 急に何⁇」


ネリアはさほど驚いてもいない様子で、セスの背にくっ付いたまま歩く。

ステラも出会ったばかりの頃はよく背にくっ付いてきたことを、セスは懐かしく思い出す。


「私のパパにバレたら、セスはやばいんじゃないのー?」


「バレないように。試し、だから他に相手が出てきたらすぐ別れていいし。予行練習っていうか、社会勉強っていうか。それに案外、先生はそうなってもいいって思ってんのかなって。今回の任務に2人で行かせたのだって、止めようと思えば止められたはずなのにさ」


「かもね。薄々、思ってた」


「ネリアだって、俺のこと嫌いじゃないだろ?」


「うーん……」


ネリアはセスの背中から離れ、少し前を歩き始める。


「そりゃまあ、セスのことは好きだよー? でも、『セスでいい』であって、『セスがいい』ってことじゃないから。それは、お互い様でしょ? 他の人任せにはできないほど、自分が責任持って幸せにしたいってわけじゃない。他に相手がいたら応援できちゃうもんっ。応援したいもん、今だって」


『もしステラちゃんとずっと一緒にいられるなら』とは後に続けなかった。そこまで意地悪くはなれない。


「諦念や妥協は幸せへの近道とも言えるけど、ちゃんと『大切』や『特別』を見つけてるなら話は違ってくるかなあ。無視するのも、無理することになるし」


「……叶わない理想なんて、執着するだけ毒だろ。報われないのがわかってるなら、努めるほど辛いだけだ。切り替えていく方が賢いし、正しい……」


セスが唇を噛み締めて強がっている表情が、ネリアには振り返らずとも見える気がした。

だからこそ、あえて明るく軽く、淡々としたトーンを心がける。


「狡い、ともいうけどね。その正しいかどうかは、客観じゃなく主観で決めたっていいんだよ?……私を本命の代わりにして楽な方へ逃げて、今の愛おしくて尊い痛みを穢すことはさ、セス自身の想いを冒涜することになっちゃうよ」


「…………」


「……まあ、恋愛にそこまで真剣に向き合うべきでもないって意見もわかるんだけどね。一般論的には。ヤンデレとか、ストーカーとか、ヤバいじゃん?」


「結局どっちだよ……楽な方へ逃げるか、苦しいまま留まるか。ネリアは俺にどうすべきって言いたいんだよ?」


セスが不貞腐れた声で言うので、ネリアは立ち止まって振り返る。


「もうっ! 私だって、突然言われたから言いながら考えてるんだよ! 言いながらなのは、言われる前から思ってたこともあるからだけどさ。とりあえず、空虚な逃避の道連れにされるのはお断り! 振られても落ち込まない人の交際申し込みなんか受けてあげませーん!」


「うっ……悪かったよ。ごめん。俺が軽率だった」


素直に謝るセス。ネリアは謝らせてしまった気持ちになって、逆に謝りたくもなってくる。


「私は、セスが羨ましくもあるんだよね。恋愛は誰にとっても重要ってわけじゃないし、本気の恋愛なんて誰でもできるものじゃないからさ。傷付くのも青春っていうか、貴重な経験だよ。致命傷にならない程度ならだけど。……いつか終わる命だって、いつか消えるものだって、それが在るときに強く大切に思える瞬間があれば、きっと無価値ではないもの」


「……なんか意外だな、ネリアにそういう考えがあるとは」


「私もセスとこんなふうに恋バナするなんて思ってもみなかったよー」


「恋バナか〜……女子は好きそうだよな」


「みんなそんなに恋愛至上主義でもないよ〜。学問や芸術なり、衣食住のことなり、趣味なんていくらでもあるし。流行の物語の題材に恋愛が多いのなんて、難しい専門知識が無くても作りやすいしわかりやすいからじゃないかな? 一生恋愛興味無しって人も多いし、結婚は経済活動や社会活動として割りきってる人も多いよ」


確かに、ネリアの交友関係には火の国中央区の令嬢も多く、彼女たちの中には生まれたときから政略結婚が決まっている者さえいる。

上流階級故の不自由さは、セスだって散々垣間見てきた。


「私を産んだときに死んじゃったママもさ、パパとは政略結婚で歳の差もあったから……パパは、私が生まれたことは嬉しいけど、ママには可哀想なことをしたって……だから、私には結婚についてうるさく言ってこないみたい。ただ、見合いよりは『自分で狩ってこい!』って感じかもね」


「狩るのかよ……」


「うふふっ♪」


なるほど、とセスは納得した。ネリアの妙に真剣な恋愛観語りの理由は、それが両親に関わるものでもあったからなのだ。

実際、ネリアは時折よく知らない母親との対話を妄想していて、その中で恋バナをすることもあった。無論、本人だけの秘密だ。


「実は今、セスの他に気になってる人もいるし〜」


「マジか。誰⁇」


「ナ〜イショ‼︎……でも、今は鮮やかな痛みがいつか癒えて思い出になったとき、お互い相手がいなかったら……そのときは結婚したげるっ♪」


「マジか〜」


「あははっ」


幼馴染と結婚の約束なんて、物語ではなかなかベタなシチュエーションである。おそらく、成就率は低いが。

2人はそれから少し並んで歩いた後、別れて各々次の目的地へ向かった。



ネリアはかっこつけて余裕ぶっちゃうところがあるんで、もっと踏み込んだ本心は番外編で明かしていきたいと思います。

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