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16ー4.カイとマリッサ(その4)


イチャイチャ……


「ねえ、カイ……幸せですか?」


「幸せに決まってるだろ〜♡ マリッサは?」


「私も、今が1番幸せだと思いますよ♡」


バカップルの日常会話にさりげなく混ぜる、強迫的な確認行動。呪いの下拵え。

マリッサの企み……


『その準備』を、マリッサは夫が漁で留守の隙に進めていった。

いや、正確にはその時より前からずっと進めてきていた。

ただ、それは本来願った成功を既に諦め、別の形での成就を目指していたのである。


***


ガタンッ! 


「ぅぐッ……!」


ガチャン! パリン! パリーン! カランカランカラン……


倒れるときにぶつかった机から、何色かの薬瓶が落ちて割れた。


(ああ、やっぱり失敗です)


マリッサはズキズキ痛む頭を冷たい石の床に預けながら、破片が太陽光で煌めくのを眺めた。

聞こえる潮騒。染み付いた薬品臭。埃が舞って浮かび上がる光の柱。


(落ち着きます……)


母屋の隣に日曜大工で増設した、小さな作業場。

そこでマリッサは幼い頃からカイに錬成術を習ってきた。

ガラクタから必要な物質を抽出したり、材料から道具を組み立てたり、素材に加工を施したり、薬を調合したり……

教えてもらえたのは、日常的に扱う簡単で安全な術式ばかりであった。


しかし、基本がわかれば応用したくなるのが知恵ある者の性。

いつの頃からか、マリッサは不老長寿の魔術を求めるようになっていた。

だが、それは禁忌であり、無謀であり、人に話すべきことではなく、例えるならば少女が白馬の王子を待つような、こっそりと夢想するだけのものだった。


ところがあるとき、荒唐無稽な夢物語を実現可能な目標に変えるような出来事が起こった。

マリッサは村の古本市で偶然手にした本が、凡庸な辞書に偽装した魔術師の暗号書であることに気付いたのだ。

以来、マリッサはそれを教本として、かなり高度な魔術式を学んでいったのである。

当時思春期真っ只中であったマリッサは、保護者であったカイにそれを秘密にしていた。

知られれば取り上げられそうな気がしたし、隠し事をするのは童心にワクワクしたのだ。


そうして暗号書の知識も吸収し尽くし、独学で更に魔術式への理解を深めていったマリッサは、不老長寿の魔術式をいよいよ本格的に探求しはじめた。

狭いのにカイが物を溜め込むせいで散らかった我が家において、掃除を一任されているマリッサが術式研究資料を隠すのは容易いことだった。


全てはエルフのカイと同じ時間を生き、添い遂げるためであった。


(カイ……私、頑張ってたんですよ? でも、気付いてしまいました。こんな高度な術式、私程度では一生かかっても完成させられません。だって、そうでしょう? あの暗号書の魔術師でも、一生かけて完成させられなかったんですから。……だったら、私は別の方法でカイの傍にずっとい続けようと思いました……)


「……っ!……ハァ……ハァ……げほっ」


血液混じり空気に喉を圧され、目から涙が溢れてくる。

そのとき、滲む視界に垂れた白いモヤが自分の髪であることに気付いたマリッサは、ハッとして眼鏡をかけ直し、這いずって壁の鏡に姿を映した。


(良かった……老化で白髪になったのではなく、色変えの魔法が解けて元の色に戻っただけですね……1番若くて美しい姿を看取ってもらわないと、それこそ本当の『失敗』になっちゃいますから……)


ずっと一緒に生きられないなら、いっそ今死ねばいい。


不老長寿を諦めたマリッサの実行した計画……それは夫婦にとって1番幸せな時に自分が死ぬことで、優しく愛情深い夫の心を完全に自分に縛りつけようというものだった。

決して変わらないように、動かないように固定する。心を、永遠にする。呪い。


(物語だって……バッドエンドの方が、長く印象に残りますからね……納得できない最期の方が、ずっと残る……傷は、深ければ深いほどいいんですよ……私は過去になんかならない……ただの思い出になんかならない……いつまでも生々しく、留まり続ける)


不老長寿の魔術に失敗して死ぬ、という手の込んだ自殺。

きっと夫は自身の長寿が原因なのだと、自責の念に苛まれ続けてくれることだろう。

事故に見せかけることで、醜い独占欲で夫を呪おうとした事実を隠蔽できれば、もう完全犯罪と言っていい。


そんな心の闇が隠れるための影を濃くするように、西日が強く差し込む。


(そろそろ、帰ってくる時間ですね……フフフ……)


事故のふりで遺書は書けない代わりに、2人の時間を綴ってきた日記帳を夫の机に置いてきた。

自分の死後、何度でも読み返して思い出して想い続けていて欲しいと願って。

きっと夫もそのつもりで、自分がまだ読み書きを覚えたての頃に『字を書く練習になるから』なんて言って、日記を書く習慣をつけさせたのだろう。

お見通しですよ、と記憶の中の幼いマリッサも不敵な笑みを浮かべた。


(愛しています、カイ……だから、愛してくださいね、ずっと♡)


やがて、帰宅して事態に気付いた夫の腕に抱かれ、マリッサは微笑むように目を閉じた。


***


「ゲホッ! ゴホゴホッ……ガハッ‼︎」


「⁉︎」


マリッサは目を覚ました。自分ではなく、夫の咳き込む声で。

夕日で橙色に染まった作業場の床に、いつの間にか、夫が自分に覆い被さるように倒れている。


「カイ⁉︎ 何で……痛ッ‼︎」


慌てて起きあがろうとしたマリッサの左手に激痛が走った。

そちら側を見た瞬間、あまりの衝撃的な光景に全身が恐怖で凍りつく。

マリッサの左手の上にカイの左手が重ねられ、恋人繋ぎにした状態で、杭で打ち付けてあるのだ。


「あ……あああ……っ‼︎」


見たことで自覚した傷の痛みが一気に押し寄せ、マリッサは呻いた。

しかし、そんなことより心配なのは夫の容態だ。


「カイ‼︎ カイ‼︎ しっかりしてください‼︎ 何があったんですか⁉︎ カイ‼︎‼︎」


「……マリッサ……」


カイはゆっくりと顔を上げ、起きあがろうとするマリッサを床に押さえつけた。

弱々しい声に反してその力は強く、マリッサの体が動くことを許さない。

ただ体重をかけられているだけではなく、拘束魔法もかけられている。


「カイ⁉︎ 何故わざと押さえ付けるんですか⁉︎ あなたを手当てさせてください‼︎」


「ダメだ。『刻印の指輪』を移し切るまで……君を逃しはしない……」


「刻印の指輪……⁇」


「俺が育った、エルフの里の……魔術だ……里で……番になったエルフ同士が、添い遂げられるように……互いの寿命を、等分する魔術……里のエルフ同士でしか、使えないこの術を……クロエは、研究してた……指輪を、人間に移す……人間と、寿命を等分する……方法を……」


「⁉︎」


マリッサはハッとして自分の左手を見た。


「カイ……まさかあなたの寿命を、私と等分に……⁇」


「いいや、それはできない……研究は、途中で……指輪は……人間と、等分できない……できる、のは……完全な、譲渡だけ……」


「完全な、譲渡⁇……⁉︎⁉︎⁉︎ カイ‼︎ どいてください‼︎ お願いだから‼︎ やめてください‼︎‼︎」


マリッサは杭を引き抜こうともがいたが、全然力が入らない。


「もう、手遅れだよ……一度発動させたら、もう戻せない……譲渡完了前に、引き離しても……送り手の、寿命は……流出し続ける……無くなるまで……だから、無駄にするな……」


「嫌……嫌嫌嫌……そんなの絶対嫌ああああ‼︎‼︎」


「マリッサ……」


「嫌ですよ‼︎ カイが先に死んで私が生き残るなんて‼︎ カイを失って生きていくなんて無理です‼︎ 私もすぐに後を追いますからね‼︎‼︎」


「それは、許さない……自殺なんて、絶対、許さない……」


「でも‼︎……生きるなんて辛すぎます‼︎ 死んだ方が絶対マシです‼︎」


「だから、だよ……いいかい、マリッサ?……これは、君への罰だ」


カイは汗の滲んだ苦しそうな顔で、その口元を笑うように歪めた。

まるでザマアミロとでも言いたげな表情で、マリッサを見下ろす。


「君は、これから……俺が、生きるはずだった……孤独な時間を、生きるんだ……それが……俺の覚悟を、侮って……信じなかった、君への……罰……」


「あ……」


マリッサは気付いた。夫は自分の偽装を見抜いている。

この事故が自殺であることも、妻が夫を呪おうとしたことも、全部。


「ああ……私、私は……なんてことを……ごめんなさい……ごめんなさい……こんな、はずじゃ……」


「マリッサ……よく聞いて……俺が死んだら、君は……すぐに、この家ごと……俺の遺体を、燃やすんだ……」


「な⁉︎ 何言ってるんですか⁉︎ そんな恐ろしいことできません‼︎」


「しろ。するんだ……しなければ、ならない……それも、君が負うべき……罪、だ……俺にとっても……禁術を、使ったこと……今の、君の命のこと……絶対、誰にも……知られないよう……全部、燃やすんだ……必ず……どこか、遠くへ……逃げ延びて、生き続けるんだ……絶対に……ウッ⁉︎」


「カイ⁉︎⁉︎」


カイの唇から血が垂れ、マリッサの白い肌に赤い痕を付けた。


そこで急にマリッサは気付く。

あんなに逞しくしなやかだった夫の体が、少し細く軽くなっている。

つい先刻まで艶やかだった唇は乾き、瑞々しかった肌もカサつき始めている。

ぬばたまの髪色は見る見る褪せ、すでに苦しそうな声は更にしわがれていく。

青年期が長いエルフの老いていく姿……それはカイの命が今まさに尽きようとしていることを示していた。


「ああ……怖い……怖いよ、死ぬのはとても……怖い……」


カイの唇がカクカクと震え出し、大粒の涙が次々にマリッサへと降ってくる。

マリッサの顔の上で混ざり合った2人分の涙が、幾筋も流れ落ちていく。


「傍にいて、マリッサ……俺の最期まで……ずっと付いてて……離れないで……」


「はい! はい‼︎ 傍にいます‼︎ ずっと……絶対……っ」


「見届けて、どんな姿も……愛し続けて……君の最期まで、必ず……」


「はいっ……愛しますっ……愛して、ますっ……あなただけ、ずっとっっ……愛しています……っ」


「マリッサ……忘れ、ないで……俺は、ずっと……君の……幸せを、願ってる……」


「〜〜っっ」


涙に咽せて上手く発声できなくなったマリッサの唇へ、もう自身の頭すら支えられなくなったカイの唇が降りてくる。

赤い唇は、血の味がする。

そうして口付けあったまま、カイの肉体は植物の枯れるように萎れて、完全に動かなくなった。


「……逝かないで……独りにしないで……カイ……」


***


(冷たい。寒い。今は何時でしょう? もう日付が変わったのでしょうか?)


真っ暗になった作業場で、風の音と時計の音が聞こえる。

既に絶命した夫と抱き合ったまま、マリッサは自分のこれからの行動について、順序立てて考えていく。

どんなに悲しい場面に囚われていようとも、生きている限り、時間に押し流されて留まっていられないのだから。


マリッサは魔法で明かりを灯すと、杭を抜いて手を治療し、夫の亡骸を夫婦の寝床に運び、持っていく荷物をまとめ、最後にもう一度夫に口付けて、それから夫が生前に指示した通り、強力な火炎魔法で家を全焼させてから、夫の舟で出発した。


夜闇の中、煌々と燃える炎……現実離れしたその光景は、その後も繰り返し夢に見ることになった。


***


そして、数百年後の現在。


(寂しさに負けて裏切ろうとして、ごめんなさい。ずっと、いつまでも愛し続けます。あなただけを)


左手薬指に刻まれた刻印の指輪に口付けながら、未亡人マリッサ……魔女は、亡き夫への愛を誓い直すのであった。



2ヶ月おきが続いたので、次の更新は6月末にしようかなと思います。

本編はなるべく夏の間に終わらせたいです。

今のところ番外編は神父の話で始める予定です。

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