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16ー3.カイとマリッサ(その3)

‼︎ヤンデレ注意‼︎メンヘラ注意‼︎

カイとマリッサの関係の変化について、当人たちから進んで話すことはなかったが、徐々に村中に認知されていった。

酒場の青年はマリッサの秘密を口外することもなく、最近では、あのよく冷やかしていた女友達と好い仲に落ち着いている。

また、マリッサの友人たちを中心に、村人たちのカイに対する偏見も解消されつつあった。


まさに順風満帆!


そんなある日、マリッサが村で買い出しを済ませて家路につくと、まだ漁に出ているはずの夫カイの舟が岸に戻っていた。

不思議に思いながらマリッサが自宅の扉を開けようとすると、中から夫と知らない女性の話し声が聞こえてくる。


「あげる。バックアップは無い。今後の扱いは全部カイに任せる。あたしは間に合わなかったから…………手伝えなくてごめん……でも、あたしはもう、その研究には向き合えそうにない……」


「謝るなよ。辛いのはよく分かる、よく分かるからさ……」


涙混じりの女性の声と、慰める夫の優しい声。

その親密さに驚いたマリッサは、玄関前からキッチン裏へ回り込み、小窓から中を覗き込んでみる。すると……


「⁉︎」


そこにいたのは夫と、夫と同じ黒エルフの美女であった。

いつも夫婦で座っている長椅子に2人が座って、ハンカチで顔を押さえる美女の肩へ、夫は寄り添うように手を置いている。


「……っ」


マリッサは叫び出しそうな口を押さえ、その場にへたり込んだ。

2人を見張っていようにも、眩暈に襲われて立っていられなかった。


(あの人だ……カイの幼馴染! 本の虫! そう、きっとあの人だ‼︎)


マリッサがカイに保護されて間も無い頃、カイがエルフの里を出た理由を聞いたことがあった。

その話によると、黒エルフであるカイは昔、幼馴染と共に誘拐され、マリッサと同じように売られそうになったことがあるという。

幸い、通りすがりの冒険者にすぐ助けられ、2人は無事に里へ送り届けられた。

その際、初めて見た海の美しさに心を奪われたカイは、もともと排他的で閉鎖的な里にうんざりしていたこともあって、里を出ることを決意。

同じくその体験によって外界に興味を持ったという幼馴染と共に、エルフの長老から許可をもらい、里を抜けてきたのだという。


2人は里を出てからは別行動で、50年以上会っていない。


(50年なんて、エルフにとってはほんの5年みたいなものじゃない……100年だって、10年にも感じないかもしれない!)


「…………」


マリッサは震える体を爪が食い込むほどきつく抱いて、なんとか立ち上がった。

そうして再び小窓を覗き込もうとしたとき、玄関から扉の開く音が聞こえてくる。


ガチャッ!


「それじゃ……さよなら、カイ。奥さんと仲良くね。本当はあたしも会ってみたかったけど、今のあたしには、幸せそうなあんたたちを直視できる自信がないからさ。本当にごめんね、何もかも急でさ」


「だから謝るなって。こんなときに言う言葉じゃないだろうけど、俺はまた会えて嬉しいと思ってるよ。引き継いだ想いをどこまで活かせるかは、まだわからない……けど、俺は俺なりに俺たちの幸せのために頑張るから。大事なものを、本当にありがとう」


「うん……頑張って。元気でね」


「そっちも……すぐに元気とはいかなくても、いつかは思い出と前向きに向き合えるようになるはずだから」


「うん……ありがと。そうだといいな……」


ゆっくりと遠ざかる足音が完全に聞こえなくなって、それから少し待って扉の閉まる音が聞こえた。


(思い出と向き合うときは、いつだって後ろ向きじゃないですか?)


マリッサは声には出さずに夫へ問いかけた。


前向きになったとき、思い出はたまに振り返るだけのものになってしまう。

いつか自分の寿命が尽きて、いなくなって、過去になって……

それでも遺された人だけが、時間に流されて前へ進み続けて……

いつか、もういない『思い出』ではなく、そのとき目の前にいる人を選ぶなら……


自分の死後、夫はあの幼馴染を選ぶはずだ。

そう思い込んだマリッサの目から、涙がはらはらと落ちた。


重力に逆らうには心は重すぎるから、流れるとこに流れて、いつかは、落ちるとこに落ちる。

自分に健気に想いを寄せていたあの酒場の息子が、結局はもっと都合の合うパートナーを見つけて落ち着いたように。


生きている限り、心は何度でも変わる可能性がある。

唯一絶対の運命の相手だなんて、本当は信じていない。

ただ、居て欲しいときにそこに居てくれる人がいるかどうかだ。


予感に蝕まれたマリッサは独り呟く。


「それでも、短すぎる私の人生の中では、あなただけ……」


***


数週間後。


「カイ、あなたは本よりももっと新妻に構うべきです!」


「どしたのマリッサ、最近やけに積極的だね⁇」


すりすり……


椅子に座って読書中のカイに、行儀悪く机に座ったマリッサが脚を絡めてきた。

降参したカイが本を閉じると、マリッサは先に夫婦の寝床へ移動する。


「今はこっちが私たちの場所でしょう?」


「そうだけどさ……別にマリッサ1人で寝ててもいいのに」


「むっ!」


同衾するようになってから、マリッサの旧寝床スペースはカイの蔵書スペースに置き換わっていた。

そしてその蔵書スペースの大部分を、あの日幼馴染エルフが持ってきた大量の資料が占めていることにマリッサは気付いていた。

それらは全てマリッサには読めないエルフ文字で書かれており、何が書かれているのか夫に尋ねても「エルフの里にとっての秘密だから」「時がくれば教えるから」などと誤魔化されてばかりである。


「俺としても求められることは嬉しいよ? けどマリッサ、なんか焦ってない? その理由を教えて欲しいんだけど……」


「……私たち2人の、赤ちゃんが欲しいんです……」


「あ……」


「私はっ、エルフと違っていつまでも若くないですからっ……う、産めるうちに、産んでおきたいんですよ……!」


「………………」


「…………カイ⁇」


ギシッ……


カイは無言のままマリッサの隣に座ると、まだ何も知らない妻をギュッと抱きしめた。

これから話す真実で、妻が離れてしまわぬようにと。


「ごめん、マリッサ……君がいくら頑張ってくれても、俺たちに子供は出来ないんだ」


「え……どういうこと、ですか……⁇」


「……他の里はどうか知らないけど、うちの里は選民思想が強くてさ……里を出るとき、長老から条件として繁殖できない呪いをかけられたんだ。神聖なるエルフの血の流出を防ぐために。………………マリッサ、君は俺と別れて人間と子供のいる家庭を作りたい?」


「絶ッッ対に別れません‼︎ カイの子供じゃないなら、子供なんて一生いりません‼︎ 私は死ぬまでずっとカイから離れないし、死んだってずっと憑いててやるんですから‼︎」


マリッサはカイにしがみつきながら断言した。

そもそも、子供が欲しいと言ったのはカイを繋ぎ止める鎹が欲しかったからだ。

夫よりは短命でも自分よりは長命なハーフエルフの我が子に、自分の死後も夫を見張り続けて欲しかったのだ。


「カイはっ……カイこそっ、私がいなくなったら、自分と同じエルフの女性と家庭を作りたいんじゃないんですか⁉︎ 私……本当はこの前見たんです……あなたが私の留守中にエルフの女性をこの家にあげていたところ! いつも私たちが座る椅子に、他の女を座らせていたところを‼︎」


「だから急にあの椅子を捨てたのか……気に入ってたのに」


「だって、見たら思い出しちゃうじゃないですか⁉︎ ばか! カイのばかばか! 浮気者〜〜‼︎ うわ〜〜ん‼︎」


「うわーんって……」


子供の時でさえこんなに全力で泣いたことのないマリッサが、子供でも引くくらい子供のように泣きじゃくっている。

初対面の時からは考えられないほど表情豊かになったものだ。

そんな妻が可笑しいやら可愛いやらで、カイはつい笑ってしまう。


「誤解だよ。彼女はクロエ。俺と一緒に里を出た幼馴染だってば。そのときの話は前にしたよね? 憶えてない?」


「憶えてますけど! 幼馴染なんて言って、本当は元恋人なんでしょう⁉︎ 2人で里を出たのも駆け落ちのためだったくせに‼︎」


「全然違うよ‼︎ やっぱり憶えてないじゃないか。一緒に誘拐されて助けられたとき、俺は海に憧れて! クロエは助けてくれた冒険者に惚れて! それでお互い里を出る許可を貰うまでは協力したけど、里を出てからは別行動。クロエは俺がこの村に住む予定なのは知ってたけど、俺はクロエの行き先なんか知らなかったし、この前まで連絡すら取ってなかったよ!」


そう……確かに以前、カイは幼馴染が里を出た理由もマリッサに話していた。

ただ、そのときまだ幼かったマリッサは、自分の知らない幼馴染に対する印象が希薄で、その部分を忘れてしまっていたのだ。


「じゃあなんで肩なんか抱いてたんですか⁉︎ イチャイチャしてたじゃないですかー⁉︎」


「えええ〜⁉︎ 気持ち悪い誤解はよしてくれよ! あのときは、ただ慰めようとしてただけだって……クロエの想い人……あの助けてくれた冒険者の人間が、亡くなったって聞いたから……」


「…………クロエさんも、結婚してたんですか? その冒険者の方と」


「いいや……クロエが見つけたときには既婚者で、想いを告げられないままずっと傍にいたらしい。……最近マリッサが怪しんでたエルフ文字の資料があるだろ? あれはクロエが彼のためにしていた研究の資料で、あの日、クロエはその資料を俺に託すためにここへ来たんだ」


「何の研究なんですか……⁇」


「それはまだ言えない。いつか言える日が来て欲しいけど。あれは本来、里の禁忌だから……」


「そんな資料捨ててしまってください!」とはマリッサも言えなかった。

つまり、その資料にはクロエから故人への想いが詰まっていて、それ故にクロエ自身が所持し続けることを厭い、自分と同じ境遇のカイへ託したのだから。

クロエの故人に対する恋慕の遺骸。そう思うと簡単に捨てられないものだった。


「でも……クロエさんが違っても……カイには里にエルフの恋人がいたでしょう? 私のこれまでの人生の10倍以上、カイはエルフの里で暮らしてたんですからっ……い、色々と経験豊富なんでしょう⁉︎」


「マリッサ以外には誰もいないよ。……俺たちエルフは、基本的に人間よりもずっと性欲が薄いんだ。長寿な分、繁殖意欲が無いからね。その上、閉鎖的な里の中ではみ〜んなが昔からの顔見知り! 身内感覚が強すぎて、恋愛対象として見れない。しかも、里の掟で一度結んだ番は解消禁止! だから余計に慎重になる。子作りなんて、少子化が深刻化した際の義務みたいなもの。そもそも、俺ってエルフ内じゃめちゃくちゃ若手だったし……」


「…………」


「本当、鬱屈とした嫌〜な故郷だったよ。だから、外に焦がれたんだ。……ねぇ、納得してくれた?」


「……なんで、私と結婚してくれたんですか?」


「それは勿論、マリッサが特別だからだよ!」


「……特別……」


夫が目を輝かせて断言する、その曖昧な『特別』とはなんだろう? マリッサは考える。


性欲が薄いのに求めてくれるのは、人間がエルフと違って儚い命だからだろうか?

期間限定だからこその恋なのだろうか?

……エルフではなく人間に惹かれるというなら、自分の死後、他の人間に惹かれるいつかが来るのではないだろうか?


……私だけの人、絶対に誰にも盗られたくない……


皮肉にも、夫の相手が自分だけだと知ったことにより、マリッサは独占欲をますます強めていった。

そしてその独占欲が、ついにマリッサにあることを決意させてしまったのである……



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