16ー2.カイとマリッサ(その2)
「もうっ! カイってば、またこんなに散らかして! ちゃんと物は定位置に戻す習慣をつけてください。何より、部屋の収容量を超えて物を溜め込まないでください! いつも必要なものがすぐ見つからなくて困るでしょう?」
「宝探しみたいで楽しくない?」
「非効率的です」
苦笑するカイにジト目を向けるマリッサ。
まだ成人には満たないが、この数年で随分と利発な少女へ成長していた。
今ではカイの苦手な掃除を率先してやってくれるし、家庭菜園の世話や他の家事も人並みにこなす。
希少種だと狙われないように髪と目の色は魔法で変え、今は茶髪茶色目。髪はロングウェーブで、大きな眼鏡をかけている。
カイが知人に託された孤児という設定で、村にもすっかりと馴染んだ。
「マリッサも効率に拘らず、無駄を楽しめばいいのさ。生きとし生けるもの皆いつか死ぬとしても、生きることには意味があるように。無駄の中に意味を、価値を見つけ出すのは自分自身なんだから。大概の物事は主観でどうにでも……」
「そんなこと言って、カイが怠けたいだけでしょう? 小難しいことさえ言えば子供が何でも丸め込まれてくれるなんて思わないことですね!」
「手厳しいなぁ」と笑うカイに、マリッサは「エルフと違って、人間の時間は短いんですから」という言葉は呑み込んだ。
いつかマリッサがカイの肉体年齢を追い越し先に死ぬことは分かり切っていて、だからこそその話題は暗黙である。
「そういうマリッサこそ、俺の机に手紙が出しっぱなしだったけど?」
「……読んだんですか?」
「これ見よがしに封を切って広げて置いてあれば、ね」
カイはマリッサへ、村の若者から彼女に宛てられた恋文を掲げて見せた。
しかしマリッサは見向きもせず、片付け作業に取り掛かる。
「捨てといてください」
「酷いこと言うなぁ……彼、優しくて好青年なのに」
「下心の透けた優しさなんて、優しさじゃなくてやらしさです。一方的な好意なんて迷惑でしかありません」
「左様で」
カイは手紙を捨てるフリをして、自分の引き出しへと押し込んだ。
マリッサもそれに気付いていて咎めない。
「マリッサは美人に育ったからなぁ。いつかお嫁に行ってしまうのかと思うと、のこされる俺は寂しいよ」
「私は出て行ったりしませんよ。この家に私の寝床になるスペースが確保されてるうちは、ですけどねっ」
ドサッ!
マリッサは、自分のベッドに積まれていたカイの蔵書をラタンの椅子へと移動させた。
部屋数の足りないこの家で、2人は1つの寝室をカーテンで区切って住んでいるが、基本的に開け放してあるため、領域侵犯は日常茶飯だ。
「棚に入りきらないんですから、本を減らす努力をしてください。読み終えてもう読まない本だってあるでしょう?」
「いつかまた読み返したくなるかもしれないだろー?」
全く悪びれないカイに、溜息を吐くマリッサ。
人間には来ないまま終わるような『いつか』でも、先の長いエルフには本当にいつか来るのだろう。
両者にとっての『時間』はあまりにも違いすぎる。
「本は良いよ〜。すごく良い! いろんなことを伝えてくれるし、遺しておける。そうした過去の集積が今を、未来をより豊かに、先へ進めてくれるんだ。個人が故人となった後も、知識や記録に限らず、思いや願いだって繋いでいける」
「……私だって、本は好きですよ。大事に持っていたい気持ちは勿論あります。読み書きができるようになって、色んな本に出会ってたくさんの感動を与えられましたから」
「だろー!……俺の幼馴染なんか本の虫でさ。ある時なんか1000年以上前に書かれた本の登場人物に本気で怒って、『コイツ絶対殺してやるーッ‼︎』とか『1000年前の地雷原を匍匐前進で抜けてきた気分。作者は悪魔だ』とか大騒ぎしてたよ。逆に、『推しが死んだ……』って塞ぎ込んでたこともあれば、『続編主人公が最推しの子!』ってはしゃいでたこともあったし……」
カイは目を細めて懐かしそうに笑う。
その心象風景に自分がいないことが、マリッサには不愉快でたまらないのだが。
「あははっ! 時代や場所に隔たりがあっても、本を通して人を本気で怒らせたり悲しませたり、感動させられるなんて面白いよなっ!」
「口よりも手を動かしてください、今はちゃんと目の前のこの部屋を見て」
「はいはい」
人はいなくなっても、想いは残せる。時にそれは呪いのように、今いる人の心を捉える。
死者はもう何も受け取れず変化しないが、生者が遺物などで死者から与えられることはあるのだ。
死の不可逆性によって永遠不変となった死者から、可変的な生者へ託す呪い……
もしそんなものを私も遺して逝ったなら、あなたは解放を望まず呪縛に縋り続けてくれますか?
仄暗い執着心を燻らせながら、マリッサは自分の場所を整えた。
***
「お誕生日おめでとう〜! マリッサ!」
「そして成人おめでとう! マリッサもこれで大人の仲間入りだな!」
「マリッサもこれでいつでもお嫁に行けちゃうね〜。誰かさんは焦ってるんじゃないかな〜?」
「なっ、なんで僕を見るんだよっ……今日は純粋にマリッサを祝いたいだけだってば!」
ワイワイガヤガヤ……
その日、成人となるマリッサは村の友人たちに誕生会を開いてもらっていた。
この誕生日は経歴同様設定したもの……ではなく、ちゃんと本物の誕生日である。
奴隷として売られていたマリッサだが、商品として提示する基本情報に年齢が含まれていたため、生年月日は首輪に記録されていたのだ。
「ねぇマリッサ! せっかくだから今夜はこのまま酒場で飲み明かしましょう? 2階は宿だし、お代ならそこにいる酒場の息子に奢らせればいいんだしさ♪」
「言っとくけど、僕が奢るのは誕生日のマリッサだけだからな」
「何よぅケチ臭いわね〜。せっかく取り持ってあげようってのに」
「余計なお世話だって……っ」
飲んでもいないのに顔を赤くしているのは、以前マリッサに告白して振られた青年だ。
いまだに面白がって冷やかす友人たちに、マリッサは困り顔を向ける。
「みんな、今日はありがとうございます。でも、今日は天気が崩れそうだからお食事が終わったらすぐ帰りますね。それに、夜はカイにもお祝いしてもらいますから、初めてのお酒はそのときで」
「マリッサは真面目だなぁ……でも、それなら仕方ないか。食事だけでも楽しんでいってね!」
「はい♪」
ワイワイガヤガヤ……
奴隷時代は嫌なことしかなく、生まれてきたことを後悔してばかりだったのに、今は素敵なものに囲まれて、世界も自分も昔よりずっと好きで、生きていることが嬉しい。
生まれたきたこと、生きていることを祝福してもらえる。自分の幸せを願ってくれる人がいる。
それは本当に尊いことだとマリッサは思った。
***
誕生会の楽しい時間はあっという間に過ぎ、その帰路。
主賓抜きの二次会に残るという友人たちと別れたマリッサを、「夜道を女の子1人にはできないから」と酒場の息子が追いかけてきた。
面倒臭いことになったと思いながら足を早めるマリッサに、青年は歩幅の差で追いついて並ぶ。
「なあマリッサ……君はもう成人したんだから、あの家からは出るべきだよ。仕事と家なら、僕の両親の店がちょうど働き手を募集してて、すぐに住み込みで雇える。両親も君のことは気に入ってるし……それに、とても心配してるんだ」
「心配される必要なんてありません。村外れで少しの不便はありますけど、私はあの家での生活を気に入っています。カイはとても良くしてくれていますから」
「育ての親っていっても、本当の親じゃないし、彼はエルフじゃないか! 彼が悪い人物でないことは、これまでの彼の様子から村人たちだって知ってる。彼が自分を恐れる人間に遠慮して、距離をとってくれてることも。……でも、悪意がなくても、種族や文化の違いは互いの世界を歪める毒となり得る。人間のマリッサは、やっぱり人間の村で人間の僕たちと一緒に暮らすべきだよ! 彼は普通じゃなくて、君は普通なんだから」
「共同体の中で少数派であることが異端扱いされるから、私は平和から『普通』に擬態することを要求されているだけですよ……本当は……」
ポツ、ポツ……ザザアアアアーーーーッッ‼︎
そのとき、暗くなった空にいつの間にか垂れ込めていた雲から雨が降り出し、マリッサの言葉を掻き消した。
「ああ、やっぱり降り出した! 傘を持ってきて正解だったよ。マリッサ、入って!」
青年は1本しかない傘を開き、マリッサの肩を抱き寄せようとした。
しかし、マリッサはそれを躱して駆け出すと、片手を雨空へ突き出す。その瞬間……
ビュウウウウウウーーーー……
突風が雲を割り、マリッサの立っている場所から海辺の家まで続く、雨の降らない道を作り出した。
「嘘、だろ……マリッサに、そんな魔法が使えたなんて……」
「エルフじゃなくても、私も普通じゃないんです……今まで騙していてごめんなさい」
魔導適性の高い人間は都会に集められ、そこで優秀な魔導士の血を濃くしてゆく。
一方、魔導士の少なくなった田舎では、彼らはその強大な力故に恐れられる傾向にある。
そのため、魔女はわざと自分の力を低く誤魔化すことで、村に溶け込むようにしていたのだ。
「もう送ってくれなくていいです。私はあなたより強いので。……もしまだ私を友人だと思ってくれるなら、今日のことは他の皆さんには秘密にしていてください」
「…………」
「おやすみなさい……」
雨の中に呆然と立ち尽くす青年を置いて、マリッサはカイの待つ家へと帰っていった。
***
ザアアアアアア……
ゴロゴロゴロ……
マリッサの誕生日から日付変わって未明。
空はいよいよ雨脚を強め、雷雲が唸り声を轟かせていた。
2人だけのささやかな誕生会を終え、その際の晩酌もあって気持ちよく眠っているカイ。
その布団へ、突然潜り込むマリッサ。
「わ⁉︎……びっくりした……マリッサ、大人になったのにまだ雷が怖いの?」
カイはくすくすと笑い、暗くて表情の見えないマリッサの髪を撫でた。
マリッサがまだ幼い頃、悪天候の晩にはこうして一緒に寝たものだ。しかし、あと何回こんな夜が来るだろうか? もしかしたら今日が最後かもしれない……
カイがそんなことを思っていると、マリッサはカイの手を掴んで自分の心臓へと運ぶ。
「とても、怖いですよ……だって、こんなにドキドキしています……」
「⁉︎」
そのとき、不意に差し込んだ雷光が、マリッサの恍惚とした表情と白い肌を照らし出した。
それは一瞬のことだったが、浮かび上がった姿は再び訪れた闇の中でも鮮烈に焼き付いて消えない。
「マリッサ……本当に意味わかってる?」
マリッサは答える代わりにカイの唇に自分の唇を重ね、カイは掴まれた手に力を込めた……
その日、誰の承認も祝福も得ること無く、確かに2人は夫婦となった。
***
明け方。
雨雲が去って白み始めた空を眺めながら、カイが「もし君が昨晩帰って来なかったら、君の誕生日が酒場の息子の命日になってたかも」と呟くのを聞き、マリッサはしばらく笑い続けた。
R15なので18になる部分はまるっとカットです。
この頃の魔女は片付け力があったのですが、カイが片付け苦手なので家はだいたい散らかってます。




