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16ー1.カイとマリッサ(その1)

カイとマリッサの回想話は、本編中に割り込む番外編のようなものです。

本筋のセスたちとは無関係なので、読み飛ばす人は読み飛ばしてください。

実質番外編ということで、回想後半にいくにつれ通常の本編よりドロドロしていきます(´・ω・`)

数百年前。とある漁村。


「なあ! 君、しっかりしろ! まだ死ぬには早すぎる! 生きるんだ!」


「………………」


村外れに住む黒エルフの漁師カイは、自分の漁網にかかっている、髪も肌も真っ白な幼女を発見した。

最初に氷のように冷たくなった身体に触れた時は水死体かと思ったが、微かに体内魔脈が巡るのを感じとり、蘇生を試みることにした。


麻袋に穴を開けて紐で縛っただけの衣服。魔力を封じ込める特殊な首輪。

痩せ細り衰弱した小さな体に残る、痛々しい痣やミミズ腫れの数々。

一目見て奴隷とわかる姿をしていた幼女を、カイは速やかに自宅へ連れ帰った。


***


半日後。

ようやく開いた幼女の目は、血のような赤色をしていた。


その目はカイを見て、それから部屋を見た。

狭いが明るくて風通しの良い、潮風香る海辺の家だ。

ロープに吊るされた洗濯物、流木や貝殻を使ったモビール、積み上げられたストック缶……

散らかってはいるが、それらが空間を賑やかに飾っている。


そしてまたカイを見る。

後ろで緩く束ねた、ウェーブがかった黒髪。浅葱色のタンクトップに、軽く羽織った生成りの麻シャツ。

あちこちにビーズや組紐のアクセサリーを重ね付けし、ズボンには柄の褪せた腰布を巻いている。

人間に例えるなら、まだ少年に近い青年といった見た目。

琥珀色の目をした美しい黒エルフは、幼女へ慈愛と憐憫の眼差しを向けている。


「具合はどう?」


「…………だいじょうぶ、です。たぶん」


幼女は弱々しく愛らしい声で答えた。


「キミ、俺の漁網にかかってたんだ。一瞬、人魚が溺れたのかと思って驚いたよ。なにがあったんだい? 小さな人魚姫さん」


カイは緊張をほぐすように冗談めかして尋ねたが、幼女の表情はピクリとも動かない。


「……答えたくないなら、無理に聞き出しはしないけど……」


「かけをしました。にげてしぬか、つれもどされていきるか。ふねからとびおりて」


遠慮しかけたカイを遮って、幼女は答えた。泣きもせず淡々と。


「人身売買の密航船ってとこか……」


「きしょうかち、あるそうです。ワタシのすがた。とくべつなちから、あるとかないとか」


白髪赤目で白い肌……そんな容姿の子供たちは、特別な魔力が宿っているらしいということで高値で裏取引されている。

何故『子供たち』かと言うと、多くは儀式の生贄や魔術の実験材料などで消費され、成人まで生き残らないからだ。

カイが幼女を医者に見せようとしなかったのも、このことによる。

今の姿では、なるべく人目に触れさせない方がいいと判断したのだ。


「かうひとがいるから、うるひとがいて、うられるワタシたちがいます。ジュヨウとキョウキュウ。しょうにん、よくいってました」


少しの怒りも悲しみも滲ませることなく、やはり淡々と幼女は語る。


「いきるのとてもむずかしい。ふつうじゃないワタシに、このせかいはやさしくないから。シアワセをのぞんじゃいけない、どうせフコウになるためにうまれてきたいのち。ほかのしょうひん、よくいってました」


「でも、キミは賭けに勝った。逃げて生きてるじゃないか! これからは幸せになるために生きるべきだよ。新しい人生の始まりなんだ! ほら、何か望みはあるかい? 欲しい物、やりたい事や成りたいもの、行きたい所、とか……」


カイに尋ねられ、幼女はしばらくうんうんと悩んだ後、出し抜けに言い放つ。


「では、かってください。にげていきる、そうていがいでした。じぶんだけでいきるすべ、ワタシにはありません」


思わず絶句するカイ。そんなカイにお構いなく、幼女は畳み掛ける。


「かいますか? いまならむりょう。しんぴんです。……あなたがなにもしていなければ」


掛けられているタオルケットの下、着ていた服が無くなっていることに気付き、幼女は付け足した。

こんなに幼くても性を意識している。それは既にそういった方面での需要を理解しているからで、二次性徴もまだの幼女をカイは気の毒に思った。


「服は濡れていたし、ボロボロだったから処分したんだ。ごめんよ」


幼女はふるふると小さな頭を横に振り、タオルケットを脱ぐと、いつの間にか綺麗になっている自分の肌に触れてみる。


「キズのちりょう、ありがとうございます。……おれいに、とくべつサービス。やすいよ、やすいよ。かわなきゃそん、そん。おかいどく……へんぴんおことわり」


奴隷商から覚えた文句を、辿々しく幼い声で真似る幼女。しかしカイは首を横に振る。


「どんなに言われても、俺はキミを買う気は無いよ」


「こまりました。やさしそうなかいて、きっともうみつからないです。しにかた、かんがえないと」


幼女はほんの少し落胆の表情を浮かべたが、やはりその口調は淡々としている。


「死ぬ必要も無いよ。買わなくても、ちゃんと保護するから」


「ざいことしてキープではなく?」


「ではなく!……隷属じゃ、キミは俺に従うばかりで諫めることはしてくれないだろ? 命じていない自発的な献身でさえ、媚びとして受け取るしかなくなる。俺は上下の無い対等な関係で、純粋な思いやりのやり取りを望む。だから主従じゃなくて友人、もしくは家族になってくれないかな? 売り手も買い手もいない、今のキミはもう商品じゃないんだしさ」


カイはそう言って、自身の首元を指先で叩いた。

その仕草にハッとした幼女が自身の首に触れると、忌々しい首輪が跡形も無く消えている。


「首輪はもう外させてもらったよ。君の体内魔脈に働きかけるのに、魔力封じの首輪なんて邪魔だったからね。さて……キミは確かに優れた体内魔脈を持っているようだ。今のキミは、俺を魔法でぶっ飛ばして逃げることもできるし、俺と家族になってここに住むこともできる。キミはどうしたい?」


「…………す、すみます……」


表情に乏しい幼女だが、その顔に今は驚きが満ちている。良い意味での驚きが。

カイは、海水で傷んだ幼女のボサボサ頭を撫でて微笑みかける。


「よし! シャワーを浴びたら着替えて飯にしよう……そういえば、自己紹介がまだだったっけ。俺はカイ。漁師をしてるんだ。キミの名前は?」


「ないです、なまえ。しょうひんばんごうしか。……ください、なまえ」


「そう、か……それじゃあ……ええっと…………海! 俺の好きな海に因んだ名前……海、ウミ、うみ…………」


「へんなのつけないでくださいよ」


「おう……責任重大だなぁ……うーん………………あ! マリッサ。マリッサはどうかなっ⁉︎」


「マリッサ…………マリッサですね、わかりました。ワタシ、マリッサです」


「ああ、良かった! これからよろしく、マリッサ!」


「はい……よろしくおねがいします、カイ!」


小さな家族マリッサは、カイに初めての笑顔を見せた。



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