1ー7.ガトーとショコラ
3人が教会の敷地へ踏み込むと、ちょうどセスの目前に蝶が1匹飛んできた。
直後、その蝶を追ってきた子供が、虫取り網を躊躇なくセスへ振り下ろそうとする。
ぱしっ!
「あぶねっ!」
セスは咄嗟に網の柄を掴んで、自身の顔面が捕獲されるのを防いだ。
蝶がセスと網の間をヒラリと抜けていくのを見ると、虫取り少年は舌打ちだけして去ろうとする。
「こら、待て、君。人を網で叩いちゃダメだし、わざとじゃ無かったとしてもこういう時は謝らないとダメだろ?」
セスは虫取り網の柄を掴んで少年を引き止めると、大人らしく諭そうとした。
少年は力任せに網を引っ張ったが、すぐに無駄だと悟ると不服そうに唇を尖らせた。
黒髪で色白の少年、ガトー。農村の子供にはそぐわない、貴族のお坊ちゃんのような格好をしている。
黒いジャケット、白いシャツ、黒い半ズボン、白い靴下、黒い靴。見事なモノトーンスタイルだ。
「……叩いて悪かったな。でも、あんただって邪魔しただろ? おれにだけ謝らせるつもりか?」
生意気なガトーは試すような目で見つめてきたが、セスはもう子供の挑発に乗るほど子供ではない。
それに、言い返す内容からして賢そうな子供なのだから、理に適った説明をすれば納得しそうに思えた。
「虫取りの邪魔して悪かったな。ゴメンよ? でもここは人も通る場所だから、これからは網をぶつけないよう、周りに気をつけような」
子供の気持ちは無視しないが、社会性を育てることも投げ出さない。
子供も思考していること、小さくても人として尊重することを忘れてはいけない。
大人として子供に接する基本的な心構えである。
「……」
ガトーがコクンと頷いたのを確認すると、セスは網を返してやった。
そのとき、ガトーの後ろから重そうな図鑑を抱えた少女が小走りにやって来る。
「お兄さん、ごめんなさい……ガトーはわたしのために、虫さん捕まえてたの……」
少女が昆虫図鑑を掲げてセスに見せると、ガトーは庇うようにその前に立ち塞がる。
「おれが謝ったから、ショコラは謝らなくていいだろ」
「え?……ガトー、本当に謝った……?」
おっとりとした可愛らしい喋り方の少女、ショコラは小さく首を傾げた。
褐色の肌にチョコレート色のウェーブ髪のショコラ。
彼女もまた、貴族のお嬢様のような格好をしている。
たっぷりのフリルをあしらった、白いボンネット帽と白いワンピース。ワンピースで履き口が隠れてタイツに見える、レース編みのオーバーニー。
レースの薄い部分には肌の色が透けて、模様を柔らかく浮き上がらせている。
着飾った2人の子供は、小さな手をしっかりと繋ぎ合い、ぴったりと寄り添う。
「うひゃ〜っ、2人ともお人形さんみたい! すっっごく可愛いねぇ〜〜‼︎」
ネリアは蘭々と目を輝かせながら、興奮した声を上げた。
ガトーはショコラの手を引いて立ち去ろうと促したが、ショコラはガトーを引き止めてその場に残る。
「こんにちは……お姉さんたち、もしかして……火の国から来ることになってた、魔脈管理士さん……?」
「そうだよ〜。私はネリアで、あっちのお兄さんがセスって言うの。よろしくねっ」
ネリアが身をかがめて目線を合わせながら挨拶すると、幼い2人はニコリと笑い返す。
「うん、よろしくね……わたしはショコラ」
「おれはガトー。おれたち、双子なんだ」
「え⁇」
ネリアは不思議そうな顔をして、セスの方へ振り返る。
「まあ、親が混血ならあり得るだろ」
「なるほど」
ネリアは納得して、ショコラたちに向き直る。
「そっか〜、双子だからそんなに仲良しさんなんだね〜」
「それだけじゃないさ。おれたち、恋人なんだ」
「うん。大きくなったら、教会で結婚式するの……」
再びネリアは不思議そうな顔をして、セスの方へ振り返る。
今度はセスも困惑していると、代わりにアリスが口を開く。
「2人とも同じ日に保護された身元不明の孤児だ。一緒に保護された日を誕生日にしているだけで、本当に双子なわけではない。結婚もできるぞ」
「「なるほど」」
アリスにあっさりネタをばらされて、ガトーは少しむすっとしたが、ショコラはくすっと笑った。
「なぁ、挨拶が済んだからもういいだろ? ショコラ、今度は墓地へ虫探しに行こう」
「うん、いいよ。……それじゃあまたね、お姉さんたち……」
ショコラはフリフリと裾を揺らしながら小さく手を振り、3人も手を振り返して見送った。
農村の孤児なのに服装がやたら豪華な理由は、水着回のときに説明できるはず……タブンネ