15ー2.嵐が去った村で(その2)
「ただいま……」
「よー、おかえりレミ!」
「げっ、兄貴……本当に帰ってきたのかよ」
夕刻。帰宅したレミは、ダイニングキッチンで待ち構えていたソラを見て溜息を吐いた。
実家なのに異物感。しかも、いつも自分が座っている席にはサーシャが座っている。
『おかえり、将来の義孫。将来の義理のお婆ちゃんだよ⭐︎』
サーシャが無表情ながらどこかワクワクした様子で掲げたメモを見て、レミはソラを睨み付ける。
ソラが「ナイスジョークだろ♪」とウィンクすると、レミは兄から顔を背けるようにサーシャへ視線を戻す。
「サーシャ、今日は悪かったな。お詫びに今度また人形用のドレスを作るよ」
サーシャは頷く代わりに、膝に乗せたヌイグルミに片手を挙げさせて応える。
「爺ちゃんには会えなかったのか?」
サーシャは筆談する代わりに、ソラを見る。
「一緒に港へ行って、その時にちょっとだけ会えたんだけど、漁場も土砂やら流木やらで大ダメージでさ。めちゃくちゃ慌ただしかったんで、オレたちはすぐ帰って来たんだ。爺さんは、今後の話し合いもあるから夜遅くなるし、場合によっちゃ向こうに泊まるって」
「サーシャはともかく、兄貴はその場を手伝えよ。山登りで体も鍛えられてるだろ?」
そういうレミは、ピアやリーナの庭掃除とご近所掃除を手伝い、ヘトヘトに疲れ切っていた。
いつもの仕立て屋の仕事だって、集中力のいる細かい針仕事以外に、重たいアイロンがけでも疲れる。
だが、いつもと違う作業でいつもと違う筋肉を使った今日は格別だ。
「いやいや、本来オレは肉体労働より頭脳労働派だからね〜。こうして家へ戻って、海流を操作するための新魔動機を設計していたんだよ。今回だけでなく、今後のためにも。適材適所ってやつだね」
「あっそ……」
食卓の上には、レミでは理解できない複雑な魔術式と図面がびっしり書かれた紙が散らばっていた。
事実、天才である兄なら、本当に何かしら役立つものを作り出すのだろう。
「で、サーシャはなんでまだ残ってるんだ? まさか、爺ちゃんが戻るまで待ち続ける気じゃないよね⁇」
「いや〜、サーシャには一緒に考えた渾身のナイスジョークをレミに披露するって任務があったからな〜」
『おかえり、将来の義孫。将来の義理のお婆ちゃんだよ⭐︎』
ソラの目配せを受け、サーシャが再び先のメモを掲げた。
「そんなことのために残ってたのかよっ!」
「ハハハ、ナイスツッコミ⭐︎ さすが我が弟!」
『我が義孫!』
「将来の、はどうしたんだよ? てか、そんな台詞もわざわざ書いて用意してたのかよっ」
『それな』
「アッハッハッハッハ‼︎」
ソラが大爆笑しているところへ、サーシャを迎えにアリスが訪ねて来て、2人はすぐに帰っていった。
レミは、シドに見せる用にサーシャが置いていった『ナイスジョークなメモ』を手に、ソラへ問う。
「こんな煽るようなことして、兄貴はマジでサーシャに爺ちゃんの後妻になって欲しいわけ? からかってるとしてもタチが悪いぞ」
「オレとしてはどちらでも構わないさ。今生きてる爺さんとサーシャが決めることだ、死んだ婆さんじゃなくてね。いない人を想い続けるのは苦しいだろ?」
「いなくなった人を忘れるのだって苦しいだろ。残酷だ。想いを断ち切る、諦めるのだって痛みを伴う。その気持ちがまだ残っている内、気持ちが生きている内は、さ。爺ちゃんはまだ生きてるわけだし」
「生きてるから、生き残ったから、これからも同じように苦しみ続けるなんて。そんなのあんまりさ。これからの時間は、これからのためのもの。過去のためのものじゃないだろ?」
「過去の積み重ねで今がある、過去が無ければ今も無い。……僕らが生まれる前から、爺ちゃんはずっと婆ちゃんを想ってきた。長い時間を重ねた分、裏切るなんてできないんだ。婆ちゃんだけでなく、想い続けた自分自身を」
「自分自身を、ね。とんだ自己陶酔だ」
「それも爺ちゃんの勝手だろ。……余計なことはするなよ、兄貴。サーシャのためにも」
「さあね」
実のところ、レミはよく察していた。
兄がこんな態度をとるのも、死者という存在に嫉妬しているからなのだろう、と。
兄が以前、魔女が未亡人であるらしいことをチラッと口にしていたからだ。
お喋りな兄の問わず語りの近況報告を、レミはいつも聞き流すフリをして、ちゃんと聞いていたのである。
「……今日、村で魔女に会ったよ」
「えっ……」
「森の家がダメになったから、村長のとこで手続きして、知人のモモを頼って温泉宿に居候することになるっぽい。見届けたわけじゃないから、確かじゃないけど」
「そう、か……」
「見に行く? 様子……」
「……いや、今日はやめとく」
「あっそ……」
ソラはレミに詳細を尋ねることすらしなかった。
行方を知って安心したと同時に、自分が魔女にどう向き合えばいいかわからなくなったのだ。




