15ー1.嵐が去った村で(その1)
サーシャの筆談部分は『』にしていますが、「」と紛らわしいかもしれません……
2021/08/30リーナとレミの台詞一部入れ替え(レミはソラからクロのこと聞いているので矛盾していたため)
嵐の翌朝。
ゴッ!
「いってぇ……」
荷物溢れる窮屈なロフトで寝返りを打とうとしたソラは、硬い箱に肘をぶつけて悶えながら起きた。
「なんだっけ……⁇」
手に取ってみるとそれは小さな玩具の宝箱だった。
揺すると何か軽い物が入っているようだが、鍵も失くして中身も思い出せない。
力任せにこじ開けてみると……
パサッ……
中から女物のハンカチが1枚落ちた。
「ああ、思い出した!」
それは、幼い頃に森で拾った魔女のハンカチだった。
レミを連れて行ってケンカした日に持ち帰ってしまい、後日返しに行ったときには、森に呪いがかかっていて会えなかったのだ。
「ねぇ、魔女さん! 魔女さーん?」
ハンカチを持ってロフトを降りたソラだったが、そこに魔女の姿は無かった。
その代わり、机の上にはマグカップを文鎮にして書き置きが残されている。
『泊めてくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい。あの家にはしばらく戻らないので、君も森へは入らないでください。私はもう大丈夫です。探さないでください』
読み終えたソラはそれをクシャリと握りつぶした……が、すぐに思い直して広げ直すと皺を伸ばした。
魔女の家へ行こうにも、以前仕込んでおいた追尾用の魔術札が焼失していては困難だ。
ソラは頭を抱えた。そのとき……
トントン!
玄関から小さなノック音がソラを呼んだ。
微かな期待を胸に急いだソラだったが、扉を開いて落胆する。
『レミの代わりに様子を見に来ました』
そう書かれたメモ帳を掲げて立っていたのはサーシャだった。
黒いレースをふんだんにあしらった葡萄色のワンピースと、頭には揃いの大きなリボン。レース編みの黒タイツに編み上げブーツ。
およそこんなボロ小屋には似つかわしくない客人だ。
「サーシャひとり? アリスは……って、台風明けの今日じゃ屋敷が忙しいよな、間違いなく」
サーシャは頷くと、事前に用意しておいた次のページを捲って見せる。
『シドの家を訪ねたら、船を確認しに出た後でした。シドからソラを訪ねるよう指示されたレミは、ピアの所へ早く行きたいからと、ちょうど来た私にその役目を押し付けていきました』
「レミのやつ……サーシャには災難だったな。断って良かったのに」
ソラがそう言うと、サーシャはペンを取り出して書き始める。
かきかきかき……
『筆談故、断る隙無く』
「そっか……ごめんな。わざわざありがとう。てか、爺さんもわざわざレミに頼むくらいなら、港行く前にオレの生存確認してけば良かったのになぁ……船はちゃんと陸揚げして固定魔法だってかけてるんだし」
ソラがぼやくと、サーシャはムッとして書き始める。
かきかきかき……
『朝、ソラの雨戸開いた。それで生存確認したと』
かきかきかき……
『シド、何よりも家族大切にしてる! 悪くない!』
「そ、そうか〜。サーシャの言いたいことは、よぉーくわかったよ! じゃ、とりあえず爺さんの家に戻ろう!」
シドを慕うサーシャの無言の剣幕に気圧され、珍しくたじろぐソラであった。
***
一方、その頃……
「どうしましょう……せっかくここまで来たのに……」
ピアを訪ねようとした魔女は、先客に気後れして声がかけられず、植え込みに隠れて庭を覗き込んでいた。
台風明けの今日、ピアの家にはリーナが早朝から訪ねてきており、魔女と面識のある魔脈管理士は被害確認の見回りで不在であった。
「人目は避けたいのに……っ」
ただでさえ余所者が浮く田舎な上、白髪赤目という目立つ容姿の魔女。
今日はいつものローブも無く、都合良くどこからか飛んできた布を代わりに被って顔を隠しているが、結果的に不審者度が振り切れている。
「おい! そこで何してる⁉︎」
ビクゥッ‼︎
不意に、背後から呼びかける者が現れた。
恐る恐る魔女が振り返ると、見覚えのある赤毛の美少女……ではなく青年が睨みつけている。
「あ、れ? レミくん……⁇」
「⁉︎……あんた誰⁇」
俄に名前を呼ばれ、ますます訝しむ目付きを鋭くするレミ。
兄ほど身長も伸びておらず、昔の面影も残っているが、臆病ではなくなったようだ。
そこへ、声に気付いたリーナとピアが歩いてくる。
「ちょっとレミ! 誰よ、その不審者⁇」
「まあ! 魔女さん、どうしてこちらへ?」
「「魔女⁉︎⁉︎」」
ピアの口から出た予想外の単語に、レミとリーナは口を揃えて驚いた。
2人はすぐさま、ピアを庇って魔女の前へ立ち塞がる。
「魔女って、うちのイカれた兄貴が追い回してるあの魔女だよな? あんな兄貴がどうなろうが知ったことじゃないけど、ピアとあんたに何の関係があるんだ⁇」
昔魔女と会ったことは憶えておらず、兄ともあの後良好な関係は築けていないレミ。
「魔女って、西の山の麓に呪いをかけて迷いの森にしたあの魔女でしょ? それがなんの目的でここへ来たのよ⁇」
子供時代に大人たちから聞かされた悪い魔女のイメージが先入観としてあるリーナ。
「あの、その……ええっと…………」
「「怪しい……っ」」
「あぅぅ……」
軽く10倍以上歳の差がある若者たちに警戒され、すっかり縮こまってしまう魔女。
すると、苛立つ幼馴染たちの横をすり抜け、ピアが魔女の横へ並ぶ。
「「ピア⁉︎」」
「2人とも! そんなに警戒しては魔女さんに失礼ですよ? 魔女さんも、そんな風に姿を隠しているから疑われるのです。この布は外しましょう♪」
バサァッ……
「えっ⁉︎ あっ⁉︎ あわわ……っ」
「ほら♪ 魔女さんは人見知りなだけで、本当はこんなに可愛らしい方なんですよ」
ピアに布を剥ぎ取られ、後ろから肩を掴まれて押し出された魔女。
その意外な素顔に、レミもリーナも拍子抜けする。
見た目若く、うるうるしたタレ目の眼鏡っ子で、庇護欲を煽る小動物系……
それでいて華奢な体には不釣り合いな巨乳とくれば、ソラの執心も納得である。
「……確かに、昔話に出てくる悪い魔女の印象とはだいぶ違うわね……」
「……あのヘンタイ兄貴の言うことは全く信用ならないけど、ピアが言うなら少しは……」
「昔話は子供が森に入らないように大人の作ったものですし、迷いの森の呪いは森の入口に戻ってしまうものですから。この方はとても良い魔女さんですよ」
ピアに諭され、幼馴染たちは敵意を引っ込めることにした。
とはいえ、まだ油断ならない。
「で、その魔女と、ピアはどういった知り合いなわけよ?」
「師匠の取引相手です。村で手に入る日用品や食材などと、魔女さんが錬成した素材や薬品などを物々交換していたんですよ。うちにある珍しい植物も、多くは魔女さんから苗を譲っていただいたものなんです。師匠が不在の今でも、わたしが定期的に魔女さんの家を訪ねて交流は続いています」
ピアはさらりと言ってのけたが、衝撃の事実に幼馴染たちは青ざめる。
「なんだって⁉︎ ピア、1人であの森に通ってるっていうのか⁉︎」
「危険すぎるわ! 森には魔物だっているのに!」
「大丈夫ですよ。わたしには師匠の魔法装備がありますから。西の山といっても、麓の森だけならそこまで危険な場所ではありません。道に迷ったことも、魔物さんに襲われたことも1度も無いですよ」
「「だからって‼︎」」
再び声を揃える幼馴染たち。まったく息ピッタリである。
「2人の話はまた今度聞きますから、今は魔女さんの御用事を聞かせてください。わざわざここまで来られたということは、余程の急用がおありなのでは?」
ようやく心配そうなピアの視線が向けられ、魔女は発言権を得る。
「その……実は、落雷で家が焼けてしまって……次の住居を用意できるまで、泊めてもらえないかと……」
「まあ……なんということでしょう……勿論、うちで良ければ好きなだけお泊まりになってください」
ピアは魔女の手に自分の手を添えて頷いた。しかし、リーナがその手をぐいっと引き離す。
「ちょっと待った! ピアの家には既にネリアが居候してるじゃない! これ以上どこに泊めるっていうのよ⁇」
「部屋数自体は足りますから、家具を移動すれば書斎でも寝室にできますよ。女性同士だから、私は相部屋でも構いませんしね」
他方、レミはピアよりも魔女を説得する方向へ切り替える。
「避難先なんて、兄貴のボロ小屋でもいいだろ。この際もう観念して、あのストーカーの求愛でも何でも受けてやればいいじゃないか」
「レミ……あんたそれはデリカシー無さすぎて引くわ……」
「レミくん……いくらお兄さんの恋を応援する為でも、そういう言い方は……」
「えっ、ちょっ、何っ⁉︎ なんで僕が悪いみたいな流れ⁉︎」
「…………」
魔女からは何を言っていいかわからず、しばし気まずい沈黙。
ふと、ピアはあることに気がつく。
「そういえば、クロくんはどうされたんですか? 一緒にお泊まりになるのでは?」
「クロ『くん』って⁉︎ 男がいるの⁉︎」
「リーナちゃん、落ち着いて。人間ではなく、魔女さんの御家族の魔物さんですよ」
「魔物だろ⁉︎ いくらなんでも危険すぎる‼︎」
ピアを心配する故に、再び喧しくなる幼馴染たち。
その喧騒を終わらせるべく、今度は魔女自身が声を出す。
「クロくんはっ!……その、やっぱり人里には馴染めそうになくて……だから、私と別れて暮らすことにしたんですっ……森、でっ」
咄嗟に嘘を吐いたわけではない。
元々、魔女はピアに会ったらそう説明するつもりで考えてきた。
余計に心配をかけたくないから、というだけではない。
実情を知っている人が居ると、自分もその現実に向き合わざるを得ないから。
束の間だとしても、魔女はここで現実逃避していたいのだ。
「そうだったんですか……それはさぞお心細いことでしょう。でも、生きてさえいれば必ずまた会えます。望めば、いつかまた一緒に暮らすことも叶いますよ。わたしと師匠みたいに、きっと!」
「はい……そう、ですよね……きっと」
魔女はクロの骨が入った布袋をぎゅっと抱きしめた。
煩い幼馴染たちも、ピアの口から師匠という言葉を聞いたために沈黙している。
「ところで魔女さん、村長さんにはまだお会いしたことが無いのでしたよね? あの方でしたら、師匠のいない今のわたしを頼るよりも、ずっと良い案を与えてくださいますよ。村の長期滞在許可証、もしくは村の新住民として身分証を発行していただけば、公共施設も利用可能になりますし……」
そんなピアの提案を聞き、パッと顔を明るくするレミ。
「そうだ! それだよ! 村長から許可証貰って、宿に泊まればいいじゃん! 兄貴からチラッと聞いたけど、あんたは兄貴を介してモモとも薬草のやり取りをしてたんだろ? 村の温泉宿には、モモとその家族が住んでる。モモはあんたから薬草の話が聞けるし、両得じゃん!」
「まあ! それは素晴らしいですね、レミくん♪ きっとモモさんも喜びます」
「そうね! あたしもそれがいいと思うわ♪ レミも、さっきの失言分は取り戻せたんじゃない?」
「いちいち蒸し返すなよっ」
良い理由が見つかった。これで得体の知れない魔女を、大切な幼馴染から遠ざけることができる……レミとリーナは互いに目配せした後、魔女へ作り笑顔を向けた。
そんな2人の本心などつゆ知らず、ピアは純粋に魔女の前途が良かれと願って笑顔を向ける。
「村全体が大変な時ですが、皆さんと支え合って乗り越えていきましょう。私でお力になれることがあれば、また訪ねてきてください。勿論、ただの話し相手が欲しい時でも。……この布は、挨拶には邪魔でしょうから、こちらで預からせていただきますね。日除けなら、代わりにこちらをどうぞ」
ローブ代わりの布を没収された魔女に、ピアは自身の麦わら帽子を被せた。
着ていた白ワンピースとの相性は良く、レミも密かに頷いた。
雨戸は魔女が開けたのを、シドはソラが起きたと勘違い。




