14ー4.魔女と幼いソラ(その2)
2021/08/30最後の『翌年』を『数年後』に変更して時系列調整。
魔女がソラと出会った翌年。ハートの月。
「魔女さん、魔女さん! お弁当半分こしよー!」
「ソラくん……また魚を交換しに来たんですね……ダメじゃないですか。こんな危険なところ、もう2度と来ないでって何度も言ってるのに……」
「でも魔女さん、オレが来るのわかってて森の入口見張ってるじゃん! オレが奥へ行こうとすると、いっつもすぐ止めに出てきてさぁ……オレのこと大好きだよね♪」
「好きじゃなくても、死なれたら迷惑だからですよ……はぁ……私が村の子供を拐かしてるなんて誤解されたら、怒った大人たちに森から追い出されちゃうじゃないですか……」
「大丈夫! ここへ来る日はちゃんと選んでるよ! 教会の日に家出すると神父さんに迷惑かかるからさ、教会に行かない日だけ。友達と遊びに行くってアリバイもちゃーんと用意してるし」
「……はぁ〜……」
迷子のソラを魔女が助けてから、1年半。
ソラはしばしば魔女を求めて森へ来るようになっていた。
同い年の他の子供たちと比べると、ソラは体も大きく頭の回転も早いが、魔女から見ればまだまだ危なっかしい子供に違いない。
故に、望遠水晶で日々ソラの動向を確認するのが、魔女の日課となってしまっていた。
冬の間は、「森に住む他の多くの生き物同様冬眠する」と嘘をついて遠ざけることに成功したが、その分、冬明けの春と冬直前の秋は熱心に通ってくる。
「私と会うのはもうやめて、村のお友達と仲良くしてください。それに、弟くんだってもう赤ちゃんじゃないでしょう? ソラくんはお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんらしく、もっと弟くんと遊んであげてください……クロくんもそう思うでしょ?」
「ギィ、ギィ」
すぐ近くの樹上からはクロが相槌を打った。今日も周囲を見張ってくれているのだ。
そんなクロを見上げつつ、ソラは座っている魔女の太腿にしなだれ掛かる。
「も〜……『お兄ちゃんなんだから』って、レミが生まれてから大人はみ〜んなそればっか! オレだってまだまだ子供なのにさー」
膝にかかる重量に、魔女は子供の成長の速さを感じつつ、彼には自分が知らない彼の世界や悩みがあるのだと思い至る。
「……きっと、ソラくんもソラくんなりに苦労してるんですよね……ごめんなさい。私が無神経でした。お詫びに、今日はソラくんの好きなおかず、どれでも取っていいですよ?」
「やったー! 魔女さん、大好きっ!」
「はいはい……お弁当を食べたら、すぐ村へ帰りますからねー」
甘やかすほどソラは自分に懐いて、森通いを続けることになる。こんな日々がいつまでも続いていいはずがない……
そんなことはわかっていても、この小さなお友達との時間が、魔女にとっていつしか大切なものになってしまっていた。
***
ある日、ソラは森へ自分と同じ赤毛の男の子を連れてきた。
「魔女さん、魔女さん! 今日は弟のレミを紹介するよ!……ほら、レミ! 魔女さんに挨拶して!」
「…………」
しかし、活発な兄に手を引かれてきた小さな弟は、大きな目を潤ませ、今にも泣き出しそうな顔で俯いている。
魔女が初めて会った時のソラよりもまだずっと小さく、でこぼこした森では足元もおぼつかない様子だ。
「だ、ダメじゃないですか、ソラくんっ……そんな小さな弟くんを、こんな危険な森に連れて来るなんてっ……なんで急にこんなこと……」
予想外の小さな客人に狼狽える魔女。それでもソラはあっけらかんと答える。
「だって魔女さん、弟ともっと遊んでやれって言ったじゃん。だったらさ、レミも魔女さんとクロと友達になって、みんなで遊んだらいいでしょ!」
「ええ⁉︎ 私のことだけじゃなく、クロくんのことまで話したんですか⁉︎」
「そうだよ! でも安心して。レミ以外にはちゃんと秘密だから。……おーい! クロも出てこいよー!」
「…………」
「クーローー‼︎ クロってばーー‼︎」
ソラはクロを探して樹上を見回したが、賢いクロは臆病なレミを気遣って隠れたままでいた。
当てが外れたソラは少し不機嫌になりながら、自分の背に隠れようとする弟を引きずり出す。
「おい、レミ! レミがそうやってビクビクしてるから、クロが出てこないじゃん。レミも早く魔女さんに挨拶して、クロに認めてもらえよっ」
「や……」
「何?」
「やだ……ボク、あそばない……こ、こわい、から……」
幼い弟レミはぷるぷる震えながら、か細く可愛らしい声を絞り出した。
その答えに、兄ソラはがっかりして顔を顰める。
「ばっかだな〜、レミ。ここまで来て、まだそんなこと言ってんのかよー!」
「だ……だって、にいちゃんがっ、ムリヤリひっぱってきたんでしょ! ボク、ゼッタイきたくなかったのにっっ」
いよいよレミは顔を真っ赤にして、大粒の涙をボロボロ溢しはじめた。
魔女は慌ててハンカチを取り出すと、レミの前に跪いて涙を拭おうとした。
ところが……
「やだあああ‼︎ まじょこわいいい‼︎ おうちかえるううう‼︎」
レミは絶叫しながら前進し、魔女を突き飛ばそうとした。
そして、そのぶつかった勢いで自分だけ後ろにひっくり返ってしまう。
「うああああああん‼︎‼︎」
「ああっ、大変‼︎ 怪我は⁉︎ レミくん、どこが痛いですか⁉︎」
「いやああああ‼︎ まじょキライ‼︎ こっちくんなああああ‼︎」
「あわわわわ……ど、どうしましょう⁉︎ ソラくん! レミくんが……」
「もぉーっ‼︎ 仕方ないなぁ‼︎ 魔女さん、ちょっと離れてて。オレが落ち着かせるから」
「は、はいっ……」
いくら心配でも、自分が怯えさせてしまうのでは仕方ない。
魔女は木陰へ下がって、幼い兄弟を見守ることにした。
「おいレミ、起きろよ。どこも怪我なんてしてないだろ? お前はいつもそうだ。自分でちゃんと立って、魔女さんに謝れよな」
ソラがレミの横にかがみ込んで言うと、レミは涙を拭いながら起き上がる。
「にいちゃんっ、にいちゃんっ、はやくにげよう! もりにはいっちゃダメなんだよ? みんないってたもん! わるいまじょがいて、つかまったらたべられちゃうって!」
「バカレミ。そんなの、子供が森に入らないように大人が嘘吐いてるだけだって教えただろー? 森で迷子になったり、魔物に遭ったり、転んで怪我したり……そーゆー危険を説明する手間を惜しんで、大人たちは『悪い魔女』なんてわかりやすい雑な悪役をでっちあげてるだけなんだよ」
「でもっ、でもっ、まじょほんとにいたじゃん! にいちゃん、まじょにだまされてるんだっ!」
「だーかーらー、大人たちが嘘つきなんだってば! なんでわかんないんだよ!」
その賢さ故に大人の嘘を見破り、弟の未熟さに苛立つソラ。
難しい年頃だなと魔女は思った。
「ほら……魔女さん本当はこんなに優しいのに、悪いのは嘘なんか吐いてる村の大人たちの方じゃん!」
ソラは、さっきレミに拒まれたときに魔女が落としたハンカチを拾いあげ、レミへ向けた。
しかし、レミはそのハンカチさえ怖れて退けぞり、ブンブンと首を横に振る。
「わるいまじょだよっ! だってボク、さっきドンってされたもん!」
「はぁ⁉︎ あれはレミが魔女さんにぶつかって自分で転んだんだろ! 嘘吐くなよ! オレ、見てたからな!」
「みてないっ! だってボクころんだけど、まじょころばなかったもん! ドンってしたの、わるいまじょ!」
きっと嘘を言っているわけではなく、まだ幼すぎるレミ視点だとそれが真実なのだろう。
そう魔女は理解した。しかし、兄はそうではない。
「お前、いい加減にしろよな!」
ぺしっ!
「あっ」
魔女は思わず声を出した。
ついに我慢の限界となった兄が、幼い弟の頬を平手打ちしたのだ。
叩かれたレミは時が止まったかのように数秒間静止して、それから……
「うううああああああーーーー‼︎‼︎‼︎ にいちゃんがぶったああああああ‼︎‼︎ ばかああああああ‼︎‼︎ うああああああーーーーーー‼︎」
全身全霊全力で泣き叫びはじめた!
「そ、そんな強くぶってないし…………泣きやめよ!」
あまりの大音声に一瞬は怯んだソラだったが、ますますイライラして2発目を振りかぶる。
そのとき……
ぱしっ!
「こらっ‼︎ 弟くんをいじめちゃダメでしょ‼︎」
ソラがレミを叩くより先に、飛び出してきた魔女がソラの手を払い除けた。
ソラは信じられないといった表情で、叩かれた自分の手と魔女の顔を交互に見つめる。
「なんで……⁇ なんで魔女さんがオレに怒るの⁉︎ 悪いのはレミじゃん!」
「元はといえばソラくんが、嫌がる弟くんを無理矢理連れてきたからでしょう? わたしとの秘密の約束だって破って……」
「オレはっ、レミが魔女さんに失礼な態度とるから、謝らせようとしたんだよ⁉︎ なのに……なのになのになのに……っ」
「ソラくん……」
魔女はソラを落ち着かせようと肩に手を伸ばした。
しかし、ソラはそれを振り払って距離をとる。
「なんだってんだよー‼︎ みんなして弱っちのレミばっか可愛がってさ! 魔女さんだけは、ちゃんとオレの味方でいてくれると思ってたのに! 魔女さんのバーーカ! 大キライ︎‼︎‼︎」
「ソラくん‼︎ 待って‼︎」
魔女が止めるのも聞かず、ソラは一目散に駆け出した。
レミを置いていくわけにもいかず、魔女が困っていると、クロがさっとソラを追って飛んでいった。
魔女はソラの安全確認をクロに任せ、置いていかれて呆然としているレミへ向き直る。
「えーと……レミくーん? だ、大丈夫ですよ〜……村まで送っていきますからね〜……」
「うっ……ぅぅ……ふぅうっ……ぅぁ…………」
「れ、レミくん……⁇」
泣き叫ばなくなったものの、依然としてしゃくり上げているレミ。
だが、ふと思い付いたように魚型ポシェットからカラフルなシーグラスを取り出し、その場に並べはじめる。
「こ、れ……あげる、からっ……にいちゃんを、のろわないでっ……」
なんとかそれだけ言うと、その場に蹲って声を殺して泣くレミ。
あんなことがあったばかりでも兄のことを大切に想っている様子が大変いじらしい。
「だ、大丈夫っ、大丈夫ですよ! レミくんもお兄ちゃんも、絶対に呪ったりなんかしませんよ!……こ、これも貰わなくていいですよ〜!」
「お……おうちっ……かえりたいっ……」
「はいはいっ、今帰れますからね〜……」
魔女はレミのポシェットにシーグラスを戻すと、「よいしょっ」と丸まっているレミを抱え上げた。
するとレミはピタリと泣き止み、石像のようにじっと動かなくなる。
「ああ、良かった……やっと安心してくれたみたいですね♪」
魔女はようやく誤解が解けたと喜んだ。
……実際のところ、レミは恐怖が頂点に達して硬直しただけだったのだが。
「サラサラの髪、長い睫毛……大人しいとまるでお人形さんのようですね♪ 肌はとっても柔らかくて、美味しそう……」
ビクッ!
「あっ、いえ、そういう意味ではなく……ええっと……もちもちすべすべで羨ましい若さですねっ。私なんかレミくんたちのお爺さんよりずっと歳上だから……」
ぷるぷるぷる……
「……すみません。黙ります……」
そのまま抱いて歩いていると、疲れたレミは村へ着くまでに眠ってしまった。
ローブを握る小さな手をそっと解き、魔女はレミをその家族が眠る墓前へ降ろした。
望遠水晶で覗いていたとき、いつもシドが孫を教会に預けるついでに墓参りしていたので、魔女も場所を覚えたのだ。
「怖がらせてごめんなさい……お兄ちゃんと仲良くしてくださいね……」
森の入口では、先にソラを見送り終えたクロが静かに待っていた。
教会からは、村人たちの足音や話し声が聞こえてきた。
自分の住む世界と、幼い兄弟たちが住むべき世界。
ここがその境界線なのだと魔女は感じた。
「さようなら、ソラくん……今までごめんなさい……素敵な思い出をありがとう」
魔女は家に戻ると、地下室で大掛かりな魔術式の準備に取り掛かった。
迷いの森の呪い……森に入った者が道に迷ううちに入口まで戻ってきてしまう魔術式。
念のため村長には、森へ子供が入らないように術式をかける旨を書簡で知らせておいた。
勿論、向こうは返信先など知らず、魔女は一方的に決行するわけだが。
冬前、魔女と仲直りしようと思ったソラが森へ行ったときには、既に術式が完成していた。
数年後、火の国から実母に呼ばれたソラは村を出た。
ソラの台詞が前回の平仮名からもう漢字混じりになっているのは、通常の子よりもかなり早いスピードで成長したからだったりします。




