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14ー2.嵐(その2)


「ソラくん……シャワー、ありがとうございました……」


やがてシャワーの音が止み、それから程なくして、ソラの待つ部屋へ魔女が現れた。

その意外な姿に、空間確保作業中だったソラはせっかく片付けた荷物の山を崩してしまう。


「⁉︎……魔女さん、なんでそんな格好で⁇ 着替え、置いてたのわからなかった⁇」


バスタオルを巻いただけの姿の魔女は、首を横に振る。


「自分の服が乾くまで、このまま待ちます……いけませんか?」


「いや、魔女さんがいいなら構わないよ。ってか、そんなとこ立ってないでさ、ほらっ、座って座って……」


物が溢れたソラの部屋で座れる場所と言ったら、ソラ自身が座る椅子の他には、クタクタの布団が掛けられたソファベッドくらいだ。

魔女はその真ん中に腰を下ろした。


「あっ。魔女さん、お腹空いてない? 何か食べる? といっても、あんまりちゃんとした物は無いんだけどさ」


「結構です……食欲ありません……」


「じゃあ何か温かい飲み物だけでも淹れるよ。オレはコーヒー党だけど、こういうときはホットミルクとかかな? 酒も少し入れたら、眠れそうじゃない?」


「……では、少しだけ」


「だよねっ。待ってて。すぐ作ってくるよ」


キッチンに向かったソラは、テキパキと小鍋でミルクを温め始めた。


***


「お待たせっ。熱いから気をつけてね」


「ありがとうございます……」


魔女にマグカップを渡すと、ソラは自分の椅子に座った。


「……あの、ソラくんの分は⁇」


「ここ、マグカップ1つしかなくってさ。オレは普段ビーカーでも飲んでるけど、今は洗ったのが無いから。魔女さんが飲み終わってからでいいや」


「そう、ですか……いただきます……」


ふー、ふー……ズズ……


魔女は飲みながら、湯気で曇った眼鏡レンズ越しにクロの骨を見つめた。

ソラを待つ間もずっとそうしていた。他には何もできなくて。


「……初めてクロくんと会ったのは、私がこの森に移住して来た日でした……」


熱いミルクが冷めるのを待つように、魔女はポツリと話し始めた。


***


事情があって、前にいた土地からは急いで逃げてきたので、新しい住居なんか用意してなかった。

だから……大樹を魔法で加工して、急拵えの家を作ったんです。あの家を。


でも……そのとき、ドクロウが近くにいたのに気付かず、魔法に巻き込んでしまったんです。

負傷したドクロウは、地べたに転がって動かずに私を見つめていました。

……可哀想でも魔物なんだから、そのまま退治するべきだとも思いました。


けど……目の前で弱っていく姿を見てたら、どうしても放っておけなかったんです。

魔物なんか助けたら、自分や他の人を危険に晒すことになるかもしれない……

それでも……もしそうなるなら、今度こそ自分の手で葬らないといけなくても……私はその時、その命をどうしても助けたかった。


……助けて、本当に良かったです。

そのドクロウ……クロくんは、自分を傷付けた私を恨むことなく、……独りぼっちになるはずだった私の、唯一の新しい家族になってくれました。


クロくんは、私の知らないこの森で、食べられる木の実や茸を見つけてきては、その場所まで私を案内してくれました。

……魔力を吸収して生きるクロくんには、食べ物を探す必要なんて無いはずなのに……ずっと、私のために……


私が道に迷ったとき、クロくんは空から探しに来てくれました。

私が魔吸蔓に引っかかったときも、クロくんは危険を顧みずに助けてくれました。

私が変なとこで眠っちゃったときは、クロくんがいつもベッドへ運んで布団をかけてくれていました。


本当に……ここへ来てからずっと、私はクロくんに助けられて生きてきました。

本当は……ここへ来るまでずっと、死にたくて死にたくて仕方がなかったのに。


***


「……クロくんが居てくれたから、寂しさに耐えられた……クロくんが支えていてくれるから、生きよう、生きたいって思うことができたんです……それなのに、私……もう、どうやって生きていけばいいのかわからない……」


「魔女さん……」


魔女は空になったマグカップの底を見つめた。

ソラは魔女の手からマグカップを回収し、ぬるくなった小鍋の残りを注いで飲み始める。


「だったら、1人になるのをやめよう。魔女さんはここで暮らせばいい。オレを頼って」


「………………」


「弱ってるところに付け込むようなこと言ってるのはわかってる。でも、また森へ戻るより、この期に村での生活に切り替えるべきだ。……オレと一緒に住むのが嫌なら、オレはここを魔女さんに貸して実家に戻ってるよ。オレの実家、すぐそこだしさ、部屋は一応あるんだ。といっても、弟と2人部屋だから、弟は猛反発確定だけどね。ま、なんとかするさ」


「…………急には、考えられません」


「それもそうだね。ずっと起きてて疲れてるだろ? いいよ、そこで寝て。オレはロフトを片付けるから。朝になったら何か食べて、それから2人でゆっくり今後のことを考えよう。雨が長く降ったんだ。焼け跡に荷物を取りに行くのは、土砂崩れの心配がなくなってからでないと。……それじゃ、もう寝よう。おやすみなさい、魔女さん……」


「待って……」


去ろうとしたソラの袖を、魔女が掴んで引き留めた。


「うん? どうした?」


「いかないで……ひとりにしないで……」


「うん……隣、座るよ?」


ギシッ……


ソラの体重でベッドが深く沈むと、魔女は一瞬ビクリと肩を揺らして、それからゆっくりとソラへもたれかかってきた。

ソラが魔女の眼鏡を外すと、魔女は顔を上げて目を閉じる。


………………


………………


口付けが深くなっていくうちにバスタオルがはだけても、魔女はそれを直そうとはせず、2人はそのままベッドへと倒れ込んだ。


ところが……


「魔女さん、魔女さんっ、名前で呼びたい……名前を教えて?」


ソラが魔女の耳に唇を押し当てながらそう強請った途端、魔女は両手で顔を覆って泣きだした。


「魔女さん⁇」


「っ……ごめん、なさいっ……ごめんなさい……っ……ソラくんは、悪くないんですっ……全部、私が悪いんですっ……ごめんなさい、ごめんなさい」


「魔女さん⁇ なんで……」


「ごめんなさい……本当にごめんなさい……ごめんなさい」


「謝らないで。落ち着いて……」


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


ソラがいくら宥めようとしても、理由を尋ねても、魔女は謝り続けるのをやめない。

手の打ちようがなくなったソラは、自分が脱いだシャツを魔女に掛けてベッドから降りる。


「魔女さんの服、もう乾いてるはずだよ。取りに行きにくいなら、とりあえずそれ着て寝ていいから。……オレはやっぱりロフトを片付けて寝るよ。朝になったら、また改めて話し合おう。…………おやすみ」


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


「………………灯り消すよ」


暗くした部屋に魔力抽出装置の光が広がって、その微かな明るさを頼りにソラはロフトへ登った。

ロフトには中身を殆ど忘れてしまったような古い荷物が大量に詰め込まれていて、ソラは無駄に重たいそれらをなんとか押しやって、自分の入り込める隙間を探した。

低い天井で頭を打ち、硬い箱に足をぶつけ、体も満足に伸ばせずに横になると、下からはまだブツブツと謝罪の言葉を唱え続けているのが聞こえてくる。


「ごめんなさい……ソラくんは悪くないんです……全部私が悪いんです……ごめんなさい……」


ソラは、その謝罪が自分に宛てたものではないと察していた。

左手薬指の魔術刻印……魔女はその刻印に口付けながら、亡き夫に謝り続けているのだ。



R15なのでキスまでで先は未遂です。

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