14ー1.嵐(その1)
ゴオオオオオオオオ……‼︎‼︎
家ごと根こそぎ攫っていきそうなほどの凄まじい強風。撃つように降り注ぐ激しい豪雨。
雨戸の隙間から差し込む稲光。空間を揺らして轟く雷鳴。
圧倒的な自然の猛威を前に、人々は祭を諦めざるをえなかった。
コンコン!
「ステラ、入っていいか?」
「はいっ、どうぞなのです」
ガチャッ……ぱたん!
セスがステラの寝室を訪れると、ベッドに座るステラを囲んでシュシュの群れが震えていた。
雨の降り出しから日に日に増えてきたこの避難者たちは、現在30匹を超える。
「「「きゅぅう〜〜……きゅぅう〜〜……」」」
「シュシュさんたち、大丈夫ですよ〜。家にはセスが固定魔法をかけてくれていますから、風で飛んでったりはしないのですよ〜」
「とはいえ、流石に雷が直撃したらどうなるか……」
「「「みゅうぅう⁉︎⁉︎」」」
「セスっ‼︎ 怖いこと言わないでください‼︎」
「すまん、すまん……まあ、避雷針があちこちに設置されてるから、そうそう落雷被害は……」
ビカッ‼︎‼︎ ゴロゴロ……
ドオオオオオオーーンン‼︎‼︎‼︎
「きゃああああ⁉︎⁉︎」
「ステラ、落ち着け! だいぶ遠い!」
セスはシュシュをかき分けて、なんとかステラの横に腰を下ろした。
「こういう時は寝過ごすのが1番だって。眠れ、ステラ。今夜はずっと傍にいるから、な?」
「えっと、あの、でもっ、夫婦じゃない男の人と女の人が一緒のベッドに入るのはダメだって……ステラ、そう教えられたのですよ⁇」
「今日は特別。何もしないから大丈夫だよ。……けど、他の人たちには秘密にしろよ?」
以前ステラのベッドの件でネリアに怒られたことを思い出し、セスは苦笑いしながら付け足した。
すると、ステラもそのことに思い至って小さく笑う。
「ふふっ……はい、秘密なのですよ」
「「「きゅぅう〜〜……きゅぅう〜〜……」」」
不安気に鳴くシュシュたちの声を聞きながら、セスとステラは身を寄せ合って眠った。
***
日付け変わって、深夜。村外れの小屋。
ザアアアアアア……
雷が収まってもまだ強い雨音を聞きながら、ソラはベッドの上で本を読んでいた。
寝過ごすはずだったのに、先の大きな雷の音ですっかり目が覚めてしまったせいだ。
こんなときくらい、祖父や弟のいる実家に帰っているべきだったか……と少しは後悔していた。
「魔女さんどうしてるかなー……」
雨戸の向こう側、魔女の家があるはずの方向を見遣りながらソラは呟いた。
魔女には地下室も魔法もあるし、少なくとも100年以上はあの場所に住んでいる。
心配することはないだろう。
むしろ、現状心配すべきは自分のラボ……この荒屋の方である。
固定魔法の強度は、魔法をかける対象にある程度依存するからだ。
それに、いくら魔術式の知識があって魔動機を作ったり操ったりできても、ソラ自身の魔導適正は低く、我が身一つで魔法を扱えるわけではない。
何事も事前に用意しておかねば対処できないため、不測の事態にはまるで弱い。
魔物であるクロの方が、魔女のナイト様役によっぽど相応しい。
優秀な魔導士は、国や金持ちに高額で買われ、都会で管理されつつ不自由の無い暮らしを得るのが常。
そのため、地方にはそういった人材が残らず、その分、中央から派遣された魔導士は効果的に影響を及ぼせる。
場合によっては、管理されない地方魔導士や普及しすぎた簡易魔動機が、派遣魔導士たちの邪魔になることもあるという。
魔女も、本人が望めば村に強い影響力を持てる、優秀な魔導士である。
「魔女さんはオレなんか必要無い、か……」
ソラが苦笑した、そのとき……
ドンドンドン‼︎
「⁉︎」
突然、ソラの小屋の扉を激しく叩く音がした。
最初は風で何かがぶつかったのかもしれないと思ったが、……
ドンドンドンドン‼︎ ドンドンドン‼︎
それは明らかに何者かが扉を叩き続けている音だった。
嵐で住処を失った魔物や、混乱に乗じた物盗りの可能性もある。
警戒したソラはスタンロッドを手に、扉へ近づいた。すると……
ドンドンドン‼︎
「ソラくんっ……ソラくん、起きてくださいっ……‼︎」
扉を叩く音に混じって、助けを求める女性の声が聞こえてくる。
「魔女さん⁉︎」
ガチャ‼︎
ゴオオオオオオ……‼︎
ザアアアアアア……‼︎
ソラが慌てて扉を開けると、轟音と共に激しい雨風がキッチンへ吹き込んだ。
真っ暗な闇の中、小屋の灯りに照らされて立っているのは、紛れもなくソラの想い人。
酷い嵐の中、ずぶ濡れの魔女がワンピース1枚の薄着姿で布包みを抱いている。
「ソラ、くん……ごめんなさい……」
「いいから早く入って! 危ないよ!」
「はい……ごめんなさい……ごめん、なさい……」
ザアアアア……バタン‼︎ ガチャガチャ!
強い風に煽られながらなんとか扉を閉めると、音の減った室内に魔女の小さな嗚咽が聞こえる。
「っ……っ……」
「魔女さん、怪我は⁇」
ソラが魔女の冷え切った肩に手を置くと、魔女は力無く首を横に振る。
「私は、でも……クロ、くん……クロくん、が……」
魔女は俯いたまま、抱えた布包みをソラの方へ向けた。
ソラがそれを受け取ると、中で硬いものがガチャガチャとぶつかり合う音がする。
「……家に、雷が落ちてっ……火事に、なって……」
「ええっ⁉︎」
「消火はっ、ちゃんと、してきました…………でも、でもっ……雷で、地下室も、天井壊れてっ……避難するとき、薬品棚が爆発してっ……く、クロくんっ、が、私を庇って…………っ」
布包みの中には、霊体部分を消失して白骨部分のみとなったドクロウが入っていた。
ソラはその骨を、魔石から魔力を抽出する装置にテキパキとセットし始める。
「前に魔女さんに魔力供給した時と同じように、クロにも魔石から魔力を注いでみよう。魔物のクロなら、それで蘇生できるかもしれない」
「…………はい……お願いします……」
そう答えた魔女の目に、光が灯っていない。既に諦めているのだとソラは直感した。
そして、ソラ自身も本当はこんなことしても無駄だとわかっていながら、何もしないわけにもいかなくて、ただ仮初めの希望に縋って現実の受け入れを先延ばしにしている自覚があった。
(ごめんな、クロ……)
内心でクロの骨に謝りながら装置を起動させると、ソラはすぐに魔女を脱衣所へ押し込んだ。
脱衣所と言っても、玄関のあるキッチンとは間続きで、仕切りのカーテンすらちゃんと取り付けていない。
洗面台はキッチンの流し台が兼ねるので設置しておらず、ただ洗濯乾燥機とタオル掛けがあるだけで、人1人が着替えられるだけの空間しかない。
「魔女さんは早くシャワー浴びて体温めて。着替えは適当にオレの服を用意するから。脱いだ服はそこの全魔動洗濯乾燥機で……って操作わからない?」
森暮らしの魔女は目をパチクリさせて驚きながら頷いた。
ずっと川と盥で手洗いしてきた魔女には、衝撃のジェネレーションギャップだ。
「じゃ、この中に入れといて。オレがセットしとくから。そのくらいの量なら1時間かからないよ」
「……ありがとうございます……」
一礼すると、魔女はソラが去るのも待たずに服を脱ぎ始めた。
といっても、濡れた服が肌に重く張り付いていて、ゆっくりと少しずつ。
ソラは重要な部分を何も見ることなく速やかに退散した。
***
サアアアア……
部屋に戻ったソラが魔女の着替え探しを始めると、雨音に混じってシャワーの音がハッキリと聞こえてきた。
(急いで持ってかないと鉢合わせになるな。ま、オレはそれでもいいんだけど)
ズボンはどうせサイズが合わないので、ワンピース代わりになりそうな丈の長いシャツを選んだ。
それを置くついでに洗濯乾燥機をセットしようとしたソラは、半透明の蓋越しに中を覗き込んでみた。
脱ぐときに布が捩れて丸まったままのショーツが、隠されもせず服の上に載っている。
(来た時ノーブラだったし。気を付ける余裕も無いよな。可哀想に)
ソラは、今の魔女が自分に対して無防備になっていることを確信した。




