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13ー4.迫る期限

夕方には白兎亭の可愛いメイドさんたちが広場に差し入れを持ってきてくれて、セスたちも村人たちと屋外の食卓を囲むことにした。


「皆さん、今日もご苦労様でしたにゃー。ワタシも収穫祭当日がとっても楽しみですにゃ♪」


屋敷で書類仕事に追われていた村長も、食事休憩と会場確認を兼ねて、労いの言葉をかけに出てきている。

そんな村長の着ぐるみ風ローブは、子供たちから祭の飾りをあれこれくっ付けられて、いつもより一層賑やかだ。慕われている証拠である。


「ぴゃ⁉︎」


「ん? どうしたステラ?」


突然、ステラが頓狂な声あげた。

セスが見ると、ステラは気泡を含む透明な液体の注がれたコップを手に、目をぱちくりさせている。


「あー! ごめんっ、ステラちゃん! そのコップ、お酒だったみたい……」


ネリアが慌てて炭酸水のコップと交換しようとするが、時すでに遅し。

正面を向いたまま固まっていたステラの体は、ゆっくりと前に傾きはじめる。


「危ねっ!」


がしっ! パシャ!


セスは咄嗟にステラを受け止めたものの、服に酒をかけられてしまった。


「お、おい、ネリア……どうすんだよ⁉︎」


「あわわ、ごめんって! ちょっとしか飲んでないはずなのに、まさかステラちゃんがこんなにお酒弱かったなんて……」


「あらぁ〜? ステラちゃん、どおしたのぉ〜?」


そのとき、ちょうど診療所から出てきた巨乳美少女モモがセスたちに声をかけた。


「モモちゃん助けて! 実はステラちゃん、誤ってお酒を飲んじゃって……ほんのちょっとのはずなんだけど……」


ネリアの説明を聞くと、モモはセスの濡れたシャツにすっと顔を寄せる。


「くんくん……白兎亭のシードルの匂いがするの〜。度数は低いはずだけど、ステラちゃんの体質に合わなかったんだねぇ。アルコールを分解する薬を飲ませて、しばらく診療所のベッドで寝かせてあげたらいいと思いますよぉ♪」


「わかった。ごめんな、モモ。帰ろうとしてたのに……」


「ううん〜、気にしないで〜。モモはぁ、帰る前にちょっと見回りなんだぁ。広場が飲み会状態じゃ、お父さんが寄り道してないか心配だもんっ。前に酔った時なんか〜、お母さんと間違えてカオルコ先生に抱きついちゃって大変でねぇ……」


「えええ⁉︎ それはニナさんもカオルコ先生も可哀想〜!」


ネリアが驚きの声を上げると、モモは大きく頷いてプンスカ怒りはじめる。


「でしょ〜! そのときはねぇ、モモもサクラもすっごぉ〜く怒って、お父さんと2週間は口きかなかったんだ〜! 結局、1番傷ついてるはずのお母さんから赦してあげるように頼まれて、モモたちは赦したけどぉ……被害者のカオルコ先生なんて、更にもう2週間はお父さんのこと避けてたんだから〜!」


一つ屋根の下で同時に3人の女を敵に回したカヅキ……自業自得とはいえ、セスは内心同情した。

しかし、余計なことを言って話を長引かせている場合ではない。


「ところで、そろそろステラを……」


「あ〜、そうだったぁ〜……カオルコ先生〜! 患者さんですよぉ〜!」


「むにゃ〜〜……しゅてりゃ、せしゅとおどりゅのでしゅ〜……ふにゃあ……」


アルコールが回って呂律が回らなくなっているステラを、セスはお姫様抱っこで診療所のベッドまで運んだ。

そのまま起きるのを待っていようとしたセスを、ネリアは「話がある」と言って外へ連れ出した。


***


「コップの中身が全部かかったわけじゃないから、すぐ乾くとは思ったんだけど……思ったより色が付いちゃったね」


診療所裏庭の小さなベンチにて、ネリアがセスのシャツにレースハンカチを押し当てながら溜息をついた。

さっきは灯りの色に紛れてよくわからなかったが、実は淡い黄色の酒だったためにしっかり色素がシミになっている。


「いいって別に、俺のシャツは。ネリアのハンカチの方が高級そうだ。……ま、リーナに買わされたシミ抜き剤の出番がきてよかったとでも思うさ」


「おー、セスなのにポジティブだぁ」


「なのにってどーゆー意味だよ……」


セスがジト目を向けると、ネリアはにひひっと笑う。

それから話題を探すように辺りを見回し、裏庭の一角を指さす。


「あっ、ねぇ見て、セス。診療所の薬草畑にもコキアが植わってるよ。あれも薬草なんだ?」


「あれは実に栄養があるんだ。箒の材料にもなるし、俺の実家でも植えてた……っていうか、そんなことより話ってなんだよ? わざわざ外になんか連れてきて……」


病室の窓灯りを気にして落ち着かないセスはネリアを急かした。

すると、ネリアはふっと深刻な表情になる。


「魔脈の回復作業、本当はもうすぐにでも完了できるよね」


「……シアンさんからの連絡がまだだろ。もっと国境近くまで行かないともう1本の魔脈の調整は……」


「その1本に拘る必要、もうないよね。村に元から流れてた2本の魔脈、両方を元通り村へ引っ張らなくたって、遺跡のおかげで以前より流れのよくなった方から、もう片方の分も補って新たに流れは作れるんだから」


「…………」


「……ステラちゃんのためでしょ」


セスは項垂れた。

それから長い沈黙の後、自身に言い聞かせるように静かに口を開く。


「任務が終われば、俺たちは国へ戻る。人型精霊を研究したがってるあの国へ、ステラは連れて行けない。そもそも向こうでの俺の生き方は、ステラを失望させる。…………それだけなら……ステラがこの村で守られながら幸せに生きていけるなら、俺はステラから離れることを躊躇わない」


感情を、噛み殺すような声だった。

ネリアも胸が苦しくなったが、だからこそセスが口にできずにいる核心部分を、自分が代わりに声に出して言わねばならないと思った。


「言い伝えの通り、人型精霊は魔脈調整遺跡へ導いた。なら、やっぱり言い伝えの通り、役目を終えた人型精霊は魔脈へ還ってしまう可能性がある。……私たちが完全に魔脈を回復させたとき、ステラちゃんは消えてしまうかもしれない」


「やめろよ!……その言い方は」


項垂れたまま一瞬声を荒げたセスを、ネリアは憐れむように見下ろす。


「……うん。魔脈に還ってしまうかもしれない、ね」


「………………収穫祭」


「うん?」


セスの消え入りそうな呟きに、ネリアは耳を澄ませて続きを待つ。


「…………ステラ、村の収穫祭をすごく楽しみにしてるんだ……だから、せめて収穫祭までは待ってくれ。頼む、ネリア」


「その後のこと、覚悟できてる?」


「…………する、するよ。だから……」


両手で額を覆いながら溜息混じりに返事をするセス。

まだできていない覚悟を、これからしようとしている最中。

その苦悩ぶりが、ネリアの胸をますます締め付けた。


「うん……じゃあ、収穫祭までは今のままで」


「……ありがとう、ネリア」


セスはやっと少し顔を上げてネリアを見たが、その虚ろな瞳はネリアを映してはいない。

ネリアは居た堪れなさから衝動的に、セスの顔を両手で掴んで自分と向き合わせた。

そして……


「暗い顔、封印!」


ぎゅむっ!


「ぷぇ⁉︎」


ネリアはセスの頬を両側から思いっきり押し潰した。

シリアスの似合わない間抜けな変顔になったセスは、言い返す言葉も思い付かずにキョトンと目を見開いている。


「これからステラちゃんと過ごす時間は、ちゃーんといつも笑顔でいてあげること! セスが元気無かったら、せっかくのお祭りもステラちゃんきっと楽しくないもんっ」


落ち込んでいる相棒だけでなく、自分自身も鼓舞するように、ネリアは飛び切り明るい声で命令した。

きっとその方が明るい未来を引き寄せられるはずだと、そんな願いも込めて。


「セスは、罪悪感なんか感じることないの。魔脈の回復が精霊の役目なら、それを私たちが遂行することは、きっとステラちゃんにとって悪いことじゃないよ。それにさ、ステラちゃんって今もう通常の精霊からかな〜り逸脱しちゃってるしさっ。まだどうなるかわかんないもん! ね! 笑っていよう! 私たちはどっちにしても帰国しなきゃだけどさ、だったら尚更、お別れまではたくさん楽しい思い出で満たしてあげよう!」


「ネリア……ああ。ありがとうな」


さっきと同じ感謝の言葉。だが、今度はその瞳にちゃんとネリアが映っている。


「うんうん。まだぎこちないけど、ちょっとは笑えるようになったね♪」


「つーか、顔が近い! 離れろ離れろ」


「ふふー♪ せっかくだからキスでもしとく?」


「しねーよ! なんでネリアと……」


「あっはは♪ 襲っちゃうぞー?」


「強制わいせつ罪!」


いつもの調子に戻ったセスとネリア。そのとき……


ガササッ‼︎


「きゅぅう〜〜!」


突然、2人の視界の端で赤くて丸い物体が鳴き声を上げた。

それは、さっき2人がコキアだと思って見ていたものだ。


「えっ? えっ⁉︎ あのコキア、生きてる⁇ コキアって植物だよね⁇ 動物だったの⁉︎」


「落ち着け、ネリア。よく見ろよ」


オロオロするネリアと違い、セスはそいつに見覚えがあった。

広場で紅葉コキアに擬態していた、あの赤毛シュシュだ。

あれから診療所の畑で盗み食いをしていたシュシュは、そのままずっと寝落ちていたのである。


「きゅぅう〜〜、きゅぅう〜〜……」


ぽてぽてぽて……


赤毛シュシュは悲しそうな鳴き声を上げながら走り去っていった。


***


診療所からの帰り道、ステラは覚えたばかりの祭の歌を口ずさんで上機嫌だった。


しかし、その夜から急に風が強くなり始め、翌日以降は雨が続いた。

そして、奇しくも本来収穫祭が開かれるはずだった日、小さな村を強大な嵐が襲った。



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