13ー2.収穫祭準備(その1)
休日。
ネリアから「一緒に出かけよう」と誘われていたセスは、ステラを伴ってピアの家へ迎えに行こうとしていた。
家から出て橋の方を見ると、秋晴れの青空によく映える黄色い人影が立っている。
コントラストの効いたパノラマは、まるで絵画の中に入り込んだようだ。
鮮やかなレモン色のカザカンとミモレ丈オーバースカート。内には優しいミルク色のミディ丈ティアードスカート。
デコルテには蜂蜜色の豪華なレース。揃いで作られた髪飾りを優雅に靡かせているのは、ハーフアップにした青のストレートロングヘアだ。
「よー、ネリア。こっちでそんな格好してるなんて珍しいな」
「えっ⁉︎ ネリアなのです⁉︎ いつもと全然違う雰囲気なのですよ〜」
びっくりして目を瞬かせるステラへ、ネリアは手を振って微笑む。
頭上に腕を伸ばして力いっぱいブンブンと振るのではなく、指先を揃えた手を肩の前へ挙げて軽く揺らす。
その手にはレースの手袋がはめられている。
「わぁ〜、ネリアとっても素敵なのです! お姫様みたいですよ〜」
「ありがとー、ステラちゃんもとっても可愛いよ♪」
カンカン帽を被ったステラは、生成りと小花柄の切り替えワンピースをはためかせながら、パタパタとネリアへ駆け寄った。
橋の上で手を繋ぎながらキャッキャッとはしゃぐ乙女2人に、少し遅れてセスも辿り着く。
「ネリア、向こうからそんな服も持ってきてたのか?」
「ううん、これはレミくんに仕立てを依頼したの。向こうに戻っても着る用にね」
「へぇ、流石向こうで修行してきただけのことはあるな。よく出来てる」
この田舎では依頼される機会が無さそうな、高級生地をたっぷり使っての仕立てだ。
レミにとってはさぞ職人冥利に尽きる依頼だったことだろう、とセスは思った。
それに、向こうでよく着ていた落ち着いた色味のものより、ネリアの活発さがよく表れている。
「しかしなぁ……ネリア、こんな田舎でそんな格好してたら嫌味っぽくないか? 向こうじゃお洒落するのも義務みたいなもんだっただろうけど、それと同じでこっちではこっちに合った服装を選ぶべきだろうに」
セスが冷静に忠告すると、ステラがネリアを庇うように前に立つ。
「セス! そんなことを言ってはダメなのですよ! こういうときはちゃ〜んと褒めるべきなのですっ。それに、この村の人たちはそんなことで嫉妬なんかしないのですよ。みんな幸福で心に余裕を持っていますから! そもそも、この村には既に村長の豪邸もあるし、お嬢様ならサーシャもいるのですよっ」
そんなステラの背を見つめ、ネリアは呟く。
「……あーあ。やっぱずるいなぁ、ステラちゃんは」
「ずるいっ⁉︎ ステラ、何か悪いことしたのですか⁉︎」
オロオロして振り返ったステラに、ネリアは首を横に振る。
「逆。良い子すぎて、私は絶対に嫌いになんかなれないもん」
「あわわっ、ネリアはステラのこと嫌いになりたいのです⁇」
ますますオロオロするステラ。その頭にセスがポンと手を乗せる。
「違うよ、ステラ。ネリアはちょっと捻くれた言い回しで、ステラを褒めたんだ」
「そうなのです……⁇ ほっ……よかったぁ〜」
ステラが安堵の笑顔を浮かべると、横からネリアもわざとらしく引きつらせた笑顔を覗かせる。
「で? セスは私のこと、いつ褒めてくれるのかなー?」
「は? ネリアのどこに褒める要素があるんだよ?」
「はぁ〜あ……セスってばそういうとこがモテないんだって、いい加減学習してよねー」
「ああ、そーかよ……別に俺はモテなくたって、俺を解ってくれる女が1人いてくれればそれで充分だっての」
「負け惜しみぃー」
「みぃー」
ネリアを真似てステラも続いた。この件に関してはネリアの味方だという意思表明だ。
いつもと少し違って、でも、いつものように平和な3人の日常シーン。
しかしそのとき、実はステラの心をある予感が蝕みはじめていた。
『向こう』『戻る』……セスとネリアが何気なく口にした言葉は、ステラの中で小さな棘となって刺さっていた。
***
「お〜……なんかめっちゃ賑やかになってる」
「みんな飾り付け頑張ってるのですよー♪」
「ふふふ♪ 既にこの準備期間もお祭りの一部だよねぇ。しっかり楽しまなきゃ」
3人が訪れた広場は、翌週に迫る収穫祭準備の飾り付けでにわかに活気付いていた。
外灯や屋台の柱の間という間にカラフルなガーランドが張り巡らされ、見事に紅葉したコキアの鉢植えがあちこちに置かれている。
教会で読み書きを習っている幼い子たちも、今日は授業の代わりに飾り付けのお手伝いだ。
一方、大人たちはイベント進行に合わせてかける音楽を選びつつ、果実酒の試飲やチーズの試食をしながら談笑に夢中な様子。
老若男女、誰もが笑顔である。
「開催日はたった1日だけなのに、この村の人たちはすごい張り切りようだな」
それまで田舎の催しにあまり期待できていなかったセスが圧倒されていると、背後から偉そうな声が聞こえてくる。
「当然だ。大陸魔脈変動が起きて以来不作続きで、収穫祭は久方ぶりの開催だからな。災害後もこの地に残って村を愛し続けてきた者たちなら、自ずとそうなる」
「アリス!」
セスが振り返ると、片腕に木箱を担いだアリスが立っていた。
空いた方の手は腰にあて、背筋はピンと伸びた状態で静止している。恐るべき体幹。
その姿は、彼女の身長以上に積み上げた木箱の重量を微塵も感じさせない。
「いかにも。今日も最高にカッコいい天使であるこのボク、アリス様だ! 村がこの日を迎えられたのは、お前たち魔脈管理士とそこの精霊の働きによるものだと認めてやる。よく頑張ったな、褒めて遣わす! ハーーハッハッハッハーー‼︎」
「その高笑いも、今日だけは賞賛の一部だと受け取っとくよ」
今日も最高に自己陶酔しているメイドのアリスだが、悪意の無いその純粋な高慢さはいっそ清々しい。
それに、村へ来て初日にここでした会話を思い出すと、いくらか感慨も覚える。
「アリスちゃんも今日は設営のお手伝いなんだねっ。アリスちゃん、お料理お掃除お裁縫なんでもできて、力仕事も大得意で、とっっても頼りになるメイドさんだって聞いてるよ〜。本当すごーいっ」
「すっご〜いなのですよー」
「ハーーハッハッハッハーー‼︎ 人間、そして精霊よ、天使であるこのボクをいくらでも尊敬するが良い! ハーーハッハッハッハーー‼︎」
ネリアとステラから讃えられ、得意げに踏ん反りかえるアリス。それでも木箱のバランスは崩さない。
「……とはいえ、なんでもできてしまうからこそ、天使であるボクは過干渉しないと決めている。この先のこと、まだ全てが確定しているわけではないが、困難はお前たち自身の力で乗り越えるのだぞ」
アリスは賑わう広場を少し寂しそうな目で見渡して、セスたちの前から立ち去った。




