13ー1.黄金林檎
「おかえりなさい、セス! ちょうど今、お夕飯の支度が終わったのですよ♪」
「ただいま、ステラ……おっ! 美味しそうなシチューの匂いがする」
「むふ〜、きのこをいっぱい入れたのですよ♪ でも、今日はとっておきのデザートもあるのでおかわり禁止なのですっ」
今日も山での作業を終えて帰宅したセスを、ステラは玄関前で待ち構えていた。
より人間らしくなった今の状態でも、少しの距離ならセスの気配を察知できている。
「最近セスの帰りが早くて、ステラは嬉しいのですよ。でも、お仕事の方は大丈夫なのです?」
「ああ。日が落ちるのもだいぶ早くなってきたからな。仕事は安全を第一に、無理のないペースで進めてるよ」
「それは大事なことなのです。もう危険な目には遭ってほしくないですから……」
あれから2週間が過ぎようとしている。
シアンからの連絡はまだ無く、セスもネリアも山で異変を目にすることはなかった。
念のため、森暮らしの魔女には「国境付近の不安定な魔脈の影響で魔物が活発化しているから、山を登らないように」と伝えておいた。
ネリアは「いっそソラさんの家に住めばいいのに」と余計なお節介を焼いていたが、魔女は頑なに断っていた。
***
「じゃじゃ〜〜ん‼︎ 激レア⭐︎黄金林檎のタルトなのですよ〜♪」
「おおっ!」
「ピアの家で一緒に作ってきたのです♪ ピアはステラのお料理の先生なのですよ〜。『激レア』は、リーナが強調するように言ってたのですっ」
「リーナ、さすが商売人……」
夕食後、ステラが紅茶とともに食卓に運んできたのはツヤツヤと黄金色に輝くタルトだった。
ホールから6ピースカットされたものが、2人の皿にそれぞれ1切れずつ。
残りの4切れはピアの家でピア、リーナ、レミ、ネリアが食べる分だったという。
ピアの裏庭に久しぶりに実った貴重な黄金林檎‼︎ これも魔脈回復の成果である。
「…………んん……これはすごい……こんな美味いタルト、人生でも初めてだ……!」
「それは良かったのです♪ セスが喜んでくれるのが、ステラは1番嬉しいですから」
貧しい実家から裕福な先生の家に引き取られて以降、実子であるネリアと扱いの差はあるといっても、セスは火の国で色んな料理を食べる機会に恵まれてきた。
初めて中央区の屋敷で専属シェフの料理を食べたときには、「この世にこんな美味い飯があるのか‼︎」と感動したものだ。
だが……こうしてステラと何かを食べるときの方が、不思議なほど幸福感に満ちている。
「……あの、セス? 良かったらステラの分も食べますか?」
ステラはそう言いながら、おずおずと自分の皿をセスの前へ押し出した。
自身は一口だけ食べた後、美味しそうに食べるセスを見つめ続けていたため、タルトは殆どそのまま残っている。
「⁇ どうしたんだステラ? 口に合わなかったのか?」
「いえ! ピアが一緒に作ったのですから、とっても美味しいのですよ!」
「じゃあなんで……⁇」
「とっても美味しかったから、なのです……美味しいもの、ステラは自分が食べるよりセスにあげたいと思うのです。ステラはセスを幸せにしたいのです。それがステラの幸せなのですよ」
照れ臭そうにはにかみながらもストレートに愛情を伝えてくるステラに、セスは顔が熱くなる。
「………………ばーか。そんなの俺も同じだっての! 俺にくれる分、ステラのが減るのは嫌だ。だから、ちゃんとステラも食ってくれよ」
「!…………はい。いただきます♪」
与えるばかりではまだまだだ。分かち合うことで増す幸福もあるのだから。
***
食べ終えた食器を2人で流し台に運ぶと、調理台の上にステラの料理研究ノートが開いていた。
一生懸命練習した小さくて丸っこい癖字で、既存のレシピに更にあれこれと書き加えてある。
試したい具材のアレンジ案、メニュー同士の組み合わせ、セス好みの味付けについて……など。
「へぇ……よく頑張ってるな。偉いぞ、ステラ」
「はわわ……あんまり見られると恥ずかしいのですよっ」
パラパラとページを捲るセスの手から、ステラは慌ててノートを回収した。
「おいおい、そんな持ち方するとシワになるぞ?」
「はわわわ……」
パタパタ……パタン!
小さな胸にぎゅっと抱きしめていたノートを、ステラは急いで食器棚へ収めた。
「せっかく頑張ってる証を隠すことないだろー。努力は恥ずかしいことじゃないんだから」
「うぅ……でもでも、ステラはまだまだ未熟なのですよぅ……」
「充分立派だって。弁当だって毎日よく作ってくれてるし」
ネリアならきっと3日ももたずに飽きていることだろう……まあ、実際お嬢様には必要のない努力だが。
セスがそんなことを考えていると、ステラは俯いたまま躊躇いがちに口を開く。
「そのことなのですけど……今、セスのお弁当はステラが作るようになっていますが、本当はピアのお弁当の方が良かったら正直に言ってくださいね? ステラ、ピアの料理レベルには全然敵わないのわかってますし……」
「そんなこと気にしてたのか。憧れるのはいいことだけど、卑屈になるのはよくないぞー。それに、味よりも自分のことたくさん想って作ってくれてることが嬉しいんだしさ。ステラがいいよ」
「そうなのですね! それは良かったのです〜〜…………はっ! も、もしかして本当は味がイマイチなので気を遣って言ってくれたのでは⁉︎」
「なんでそうなるんだよ……」
女の子を褒めるのは難しい。
けれども、自分の何気ない一言で一喜一憂してくれるのは嬉しいものだ。
そうセスは思った。
***
翌日、ステラは庭に林檎の苗を植えた。
「精霊の力で来年には収穫できるようにしてみせるですよ♪ そしたら、今度はうちの林檎でタルトを作るので、また一緒に食べましょうね♪ 約束ですよ、セス!」
「来年、か…………うん。楽しみにしてるよ」
セスは優しい嘘をついた。




