1ー6.アリスの村案内
いざ外へ出てみると、実は教会へ行くだけならアリスの案内を頼る必要が無かったことにすぐ気付く。
広場からぐるりと村を見回しさえすれば、北西の高台に見慣れたシンボルマークが見えていたのだ。
古の時代に神がこの世界に授けたと云われているマーク。
上部に隙間のある円と、その隙間を貫いて円の中央部から少し外へはみ出す直線を組み合わせた、シンプルなデザイン。
地域によっては、円が閉じていたり、棒が全て中に入っていたり……と、ちょっとした違いも見られる。
かつて、定時になると地上に神の恵みを降らせたという伝説の『天空時計』。
明暗も角度も問わず、何時でも何処でも等しく文字盤を視覚可能。
どれだけ飛行魔法を駆使しても、決して距離の縮まらない不思議な時計。
マークに関する解釈は学者によって様々あるが、「天空時計の文字盤と針を模した」というのがこの世界では通説になっていた。
このシンボルマークを掲げる『時計教』が一気に大陸中へ広まったのは、遥か昔の大陸統一戦争後。
天空時計の神の逆鱗によって主戦場が魔穴に呑まれ、戦争が強制終了させられたからだと伝わっている。
それまでバリバリの軍国主義で偉大な軍人を現人神として祀っていた火の国でも、戦後はこの世界の最高神として時計教の神を信仰するようになった。
また、最高神の配下の神々が国ごとにいるとされ、その神も一緒に祀られている。
「なあ、アリス。教会ならもう見つけたから、わざわざ案内してくれなくてもいいぞ。屋敷の仕事に戻ったらどうだ?」
「うるさいぞ、人間。天使であるこのボクが、特別に案内してやると言っているのだ。大人しく案内されるがいい」
腕組みしてふんぞり返っていたアリスは、パッと腕を解くと広場の南側をビシッと指差した。
「よく聞け。この村は広場から南に農業エリアが広がっている。といっても、その約半分は今でも土砂に埋まったまま見捨てられているが。まあ、お前たちがそちらへ行く用事は殆ど無い。お前たちが覚えるべきは、今いる広場とその北のエリアだ。まず、見ての通り広場の南側は市場だ。村の作物の他、行商人の持ち込む珍品なんかも買える。日によって内容が変わるから、ちょくちょく様子を見てみるといい。社会勉強にもなるだろう」
次にアリスは広場の西側をビシッと指差した。
「そして、広場の西側にあるのが温泉と鍛冶屋だ。建築も看板の字も、お前たちには見慣れないものだろう。あれは東の島国のものだ」
次にアリスは広場の東側をビシッと指差した。
「その向かい、広場の東側にあるのが診療所だ。北東の道は、今日お前たちが広場へ来たときに通った道。リーナの雑貨屋、ピアの家、お前の家はちゃんと覚えただろう。迷うなよ」
そこでネリアがちょっと首を傾げる。
「診療所って、もっと静かなとこになくていいんですか?」
「問題ない。ちゃんと消音効果のある土で壁を作ってあるからな。遮音したいときには窓を閉めればいい。そもそもこの村はお前たちの故郷と比べればずっと静かだ。まあ、祭の日には皆この広場に集まって、飲むなり踊るなりばか騒ぎするけどな。しかし、最近は不作のせいで祭が中止になることもある。つまり、そうした祭の復活は、お前たちの働きに懸かっているということだ」
「プレッシャーだな……まあ、勿論ちゃんと復活させてみせるさ。そのために来た俺たちだ」
「うんっ! アリスちゃん、私たち頑張るね!」
「当然だ。しっかり結果を出してみせろ」
高慢な口調だがアリスなりに激励しているのだと思うと、セスもネリアも嫌な気持ちにはならなかった。
アリスは教会へと続く広場北西の道に向かって歩き出す。
「クリソベリル邸への別の入り口が見えるだろう。あそこからは屋敷の食堂へ直接入れる。クリソベリルは屋敷の食堂を日中は大衆食堂、夜は酒場として村人に開放しているんだ。名前は『白兎亭』だ。給仕は屋敷の使用人たちがシフト制でしている。屋敷の裏にはクリソベリルが経営している各種工房棟があって、多くの村人たちを雇っている。パン工房の焼き立てパンは白兎亭で食べることもできるぞ」
「わぁ〜、いいですね! 私、焼きたてのパンの匂いって大好きなんです♪」
「へぇ……村長は魔石鉱の収益を元手に、この村の衣食住と雇用を充実させているってことか……」
セスは感心した。
自分だけに財産を集めるよりも村全体で豊かになろうとする、それもただ与えて甘やかすのではなくしっかりと働かせてもいる、あの村長は上に立つ者として立派な人物のようだ。
災害さえ無ければ、こんな辺鄙な場所でももっと発展していたのだろう。
アリスは歩きながら工房の一角を指差す。
「工房棟のうち、この通りに面しているのが仕立て屋だ。短期留学から戻ったレミが働く店だな。レミには服の手直しより、デザインから依頼してやった方が喜ぶだろう。さて、あとはこの坂を登れば教会だ」
3人は教会へと続く坂を登る。