11ー2.不審者2名
しばらくネリアが可哀想な回続きます。ごめんなさい……
「……急に霧が出てきたな。引き返すか」
「うん。この辺りは国境ギリギリで、迷い込んだらいけないもんね……」
アリスと別れてそれ程経たない内に、セスとネリアの視界を濃霧が遮り始めた。
数メートル先の樹の輪郭さえハッキリしない中、2人は視力強化魔法を付帯したゴーグルをかけ、下山にかかろうとしたが……
コォォォォォォーーッ……‼︎
「「⁉︎」」
突然、頂の方から吹き下ろした強風に混ざって、生き物の鳴き声が響いてきた。
2人が反射的に振り返ると、まるで一筋の道が出来る様に、濃霧が風で真っ直ぐ割られている。
そして、その直線上10数メートル先には、体高3メートルはある魔物の影が佇んでいた。
純白の羽毛にエメラルド色の3つ目を持つ巨大怪鳥ウィーグル。
瞳孔の無い3つ目のうち、額中央のものだけは90度回転した向きで付いている。
神々しく威厳のあるその姿から、地域によっては聖獣扱いされている魔物である。
山奥で稀に目撃され、決して好戦的ではないが、縄張りを侵す者には容赦しないという。
セスたちの母国では捕獲例も死骸の発見例も無いため、未知に包まれた存在だ。
「「………………」」
セスとネリアは視線をウィーグルから逸らさずに、姿勢を低くしながらゆっくりと後退していった。
***
「……ここまで離れれば大丈夫だよな」
「はぁ……緊張した〜……」
ウィーグルと遭遇してから僅か数分。それでも、霧深い山道をそろそろと歩き続けた2人にとってはとても長い時間に感じられた。
「霧はだいぶ晴れてきたな。とはいえ、今日のところはもう帰った方が……ん? あそこは……」
セスが現在地を確認しようと見渡すと、樹々の向こう側に山肌が見えた。
そこは、風の国との国境となっている山脈が、魔脈変動で一部崩れていた箇所だ。
ウィーグルとの遭遇後、安全な道を選ぶうちに国境沿いを歩き続けていたらしい。
崩れた部分はまだ新しい樹々も芽吹かず、開けた空間になっている。
少しだけ様子を見ていこう……そう思って歩き出したセスの背後で、ネリアが情け無い声を出す。
「待ってぇ……安心したら腰が抜けちゃって……セス、ちょっと手を引っ張ってくれる?」
「やれやれ、しょうがないなネリアは……」
セスは呆れながらも、ぺたんと座り込んでいたネリアの手を掴み、引っ張り起こそうと力を込めた。
そのとき……
「ガキどもがイチャイチャしてんじゃねーよww」
「「‼︎⁇」」
ドガッ‼︎
突如、ネリアの背後に現れた黒い影。
その正体を確かめる間も無く、セスの腹部に重たい衝撃が走った!
「ぐあっ⁉︎」
「セス⁉︎ きゃあっ⁉︎」
繋いでいた手は簡単に抜け、セスの体は山肌の方へと吹っ飛ばされた。
一方、ネリアは背後から黒い影に抱きつかれて身動きが取れない。
掴んでいる腕の位置から小男なのは明白だが、凄まじい力だ。
「放せっ、このッ……‼︎」
「オレ様に命令すんじゃねーよ、メスガキww」
「なっ……⁉︎」
ギュルルルル……ドサッ‼︎
侮蔑の言葉に言い返す間も無く、ネリアは魔吸蔓のロープに巻き付かれ、地面に叩きつけられるように倒れた。
すぐに解くための魔力を手元へ集中させようとするが、その魔力はロープに吸収され、バチバチと痺れるような衝撃になって返ってくる。
「ああああ‼︎」
一般的な魔吸蔓のロープではない‼︎
痛みに悲鳴をあげたネリアだったが、なんとか身を捩って自身に巻き付いたロープを見た。
まるで黒い大蛇のような太くて重いロープ……それがどこで使われているものか知っているネリアは愕然とした。
「嘘⁉︎ だってこのロープはッ……」
バチバチバチ‼︎
「あああッッ‼︎‼︎」
再びロープがネリアを攻めた! 今度は本人ではなく黒尽くめの男が放った魔力によってである。
先のを超える痛みに気絶するネリアを見届けることなく、男はセスを追って樹々の向こうへ跳ぶ。
ザクッ‼︎
「っ⁉︎」
這いつくばっていたセスの頬を掠めて、地面に突き立てられた赤いシャベル。
その持ち手から視線を這わせてやっと相手を確認したセスは、意外なその姿に怯んで防御が遅れる。
ガンッ‼︎
「ぎあっ⁉︎」
冷たく硬いシャベルがセスの頬を打ち、セスは両手で顔を押さえてゴロゴロと斜面を転がった。
固定魔法のおかげでなんとか原型を保てているが、そうでなければゴーグルごと顔面を抉り取られていただろう。
「ザ〜コ、ザ〜コww」
ザッザッザッ
悶えるセスを嗤いながら、わざと地面をうるさく踏み鳴らして近付いてくる男。
紐の無いブーツ、腕章付きのスタンドカラーコート、円筒型の帽子……セスとネリアにとっての母国、火の国の軍服‼︎
髪は火の国に多い赤毛で、クセの強い外ハネ。童顔で愛嬌のある顔立ちとも言えるが、パッチリと見開かれた三白眼は爛々と不気味な輝きを放っている。
「安心しろよ、まだ殺さねーからww」
ギュルルル……
軍服男はセスのことも軍用の特別製魔吸蔓ロープで拘束した。
「風の国の国境付近で不審者2名捕縛完了っと……いやー、マジ手応えねーわww 楽勝すぎww」
「待ってくださいっ‼︎ 俺たちは火の国ッ……」
ギュル……
「むぐぐ⁉︎」
慌てて自分たちの身分を証明しようとしたセスだったが、その口は軍用ロープに封じられてしまった。
「オレ様は見せつけてヤんのは好きだけど、男の声がうるせーと萎えるんだよなぁ……ちょっと待ってろ、お前の女拾ってくっから。ウザい監視役のせいで溜まりまくってる分、あのガキで発散しねーと♪」
「⁉︎」
もがくセスを踏みつけていた足が離れて数秒後、樹々の向こうから怒り狂ったネリアの金切声が聞こえてくる。
「嫌ッ‼︎ どこ触ってんのよ⁉︎ こんなの軍人の振る舞いとしてありえない‼︎ 私を誰だと思ってんの⁉︎ 国に戻ったらパパに言いつけて、あんたなんか即刻クビを飛ばしてやる‼︎……きゃっ⁉︎」
ドサァッ‼︎
セスの目の前の地面へ、軍用ロープで拘束されたネリアが突き飛ばされた。
倒れた衝撃で胸を打ったネリアは、激しく咳き込みながらもセスの姿を見つける。
「ッッ……せ、セスッッ……セスっ‼︎」
セスもネリアの名前を叫ぼうとしたが、ロープに封じられていて叶わない。
「何十秒ぶりの感動のご対面ってやつだな〜、ガキども〜? でもお楽しみはこれからだぜ? 今からこの生意気なメスガキひん剥いて、オレ様が奥までみっちり身体検査してやるからww ザコガキはその不味いロープでも咥えて見てなww」
軍服男はネリアを軽く蹴って仰向けに転がし、嬉々として馬乗りになった。
ネリアの顔から乱暴にゴーグルを剥ぎ取ると、赤くなった目には涙が溜まっている。
男は下劣な舌舐めずりをし、軍用グローブをはめた手でネリアの顎を掴む。
「性格ドブスでも、このツラなら上玉だなww ブスと男には価値がねーけど、お前が懇願するならオレ様の奴隷にしてやってもいいぜ?」
「あんたに犯されるくらいなら、その辺の魔獣とまぐわった方がマシよ‼︎」
「ギャハハハww おもしれー女ww 躾のし甲斐がある……」
「死ね‼︎ 死ねッ‼︎ 変態‼︎ 絶対殺すッ‼︎‼︎」
激昂したネリアの怒号が響き渡り、それに呼応するように強い風がザアザアと樹々を揺らした。
そのざわめきがピークへ達した瞬間……
ドゴッッッッシャアアアアァァーーーーッッ‼︎
「ギャッ⁉︎」
ネリアに跨っていた男が、凄まじい勢いで森の中へ水平にぶっ飛んでいった。
ガサガサと葉の擦れる音、バキバキと枝が折れる音がしばらく鳴り続け、遠くの方でズシンという地響き音を最後に止まる。
「忌々しいカーマインめ……これでしばらくは戻ってこられまい」
何が起きたのかわからないセスとネリアの頭上で、低い声が呟いた。
見上げると、今度は恐ろしく背の高い軍服男が立っている。
青い髪で色白。目つきも鋭く、全体的に冷たい氷のような印象の男だ。
彼は速やかに跪き、ネリアの拘束を解く。
「助けが遅れて申し訳ありません、お嬢様。お怪我はありませんか?」
「っ⁉︎……シアンさんっ‼︎‼︎ どうしてこんなところに⁉︎」
拘束されたままのセスの前で、ネリアはセスの知らない青髪男の名前を呼んだ。




