11ー1.優しい世界の境界線
「ふぅ〜……昨日確認したズレの分はこれで修正完了っだよね?」
「ああ。一旦休憩して午後から次の範囲の調査、帰還後にその範囲分の楔魔石を用意して、明日調整しよう」
「りょーかーいっ。お弁当食べよ〜」
今月も引き続き、セスとネリアは西の山での作業に当たっていた。
本来なら全体を一気に調整できた方がズレは起こりにくいが、今回は当初の予定から作業方針を変更。
正常化したエリアから少しずつ範囲を広げるように、エリアを区切って調査と調整、ズレが生じれば再調整……と繰り返している。
地形が複雑であること、遺跡によって半分の魔脈調整が一気に済んだこと、風の国との国境が近いこと、それらが理由である。
「空気が冷えて、もうすっかり秋だねぇ……この辺は常緑樹が多いけど、東の山とか遠目でも紅葉がすごいんだよね。ピクニックに行ったら楽しそう♪」
相変わらず私服で仕事に来るネリアの装いも、秋らしい紅葉をイメージさせる色合いになり、露出度も抑えられてしまった。
しかしながら、最近ネリアのアイデンティティと化しつつあるショートパンツ、サスペンダー付きコルセットベルトに強調された豊かなバスト、黒タイツの部位による厚みの違いがもたらす微妙なグラデーション……と、見所には事欠かない。
一方、セスも最近は私服で来ることがある。今日もそうだが、これといって見所は無い。生成りのシャツに焦茶のズボンとサスペンダー……モブい。
「あれ? セス、何その枯草っぽい包み⁇……まさか、それがお弁当⁉︎」
昼食休憩のために木陰で荷物を開けたネリアは、セスの膝上を見て首を傾げた。
そんなネリアの反応を見て、セスは得意げに包みを解き始める。
「包んでるのは竹皮。中身は『握り飯』っていうサクラたちの国のサンドイッチ的なもので、弁当の定番なんだってさ。ステラが夕飯の『おこわ』の残りで作ってくれたんだ。栗と銀杏入り」
「おこわ……⁇」
「それも向こうの国の料理。ステラが温泉でサクラからレシピを教えてもらって、市場で材料買って作ったんだ。それに合わせて今日は水筒も『ほうじ茶』にしたってステラが言ってた」
「へぇ〜! すごいなぁ、ステラちゃん!」
セスは先に茶で口内を整えて、竹皮包みの中で更に黒い海苔にも包まれていた握り飯へと齧り付く。
外からは黒い塊に見えるそれを美味しそうに頬張るセスを、ネリアは自分が食べる手を止めて眺める。
「そんなに美味しいんだ…………ねぇねぇ、セス! 私にも一個ちょうだいっ」
「だーめ」
「じゃあさ、私のサンドイッチと一個交換しよっ? ねっ」
「やーだ」
「ええっ、なんで⁉︎ ピアちゃんの手作りだよ! 超絶美味しいよ!」
「それは知ってるけど、これはステラが俺に作ったんだ。絶対に俺が全部食う」
「セスのケチ〜〜っ」
だいぶ料理慣れしてきたステラでも、手の込んだ物や初めての物を作るときには、様々に苦戦しながら一生懸命作ってくれている。
その奮闘ぶりを思い出し、セスは目が細められた。
ネリアは不満げに頬を膨らませていたが、セスの口の中がいっぱいになっている隙を見計らい、手に残った一口分の欠片に食らいつく。
パクリ!
「うげっ⁉︎ 何すんだよネリア!」
「ん〜〜っ……本当だぁ、すっごく美味しい♪ やるなぁ、ステラちゃん」
ご丁寧に指の間に落ちた米粒までチュっと啄むように回収して、満足そうに笑顔を向けるネリア。
そんなネリアに掴まれた手首をセスはぶんっと振り払い、竹皮に残っている2個の握り飯を死守すべく背を向ける。
「これ以上はダメだかんな! まったく……どんだけ食い意地はってんだよ……」
「……あーあ、セスってば本当に変わっちゃったなぁ」
「は?」
「前より作業効率悪くなったし、制服違反するようになったし」
「先に私服で仕事に来たのはネリアだろ。効率下がったのは慎重にやってるからだっての」
「そうだけどさー…………まあいいか別に、今は、仕方ない仕方ない」
「⁇」
その後はもう、秋晴れの清々しい空の下、2人は各々の弁当を黙々と食べることに専念した。
***
午後、作業を再開してしばらく山を登った2人は、一際高い樹の上に見慣れた人物の姿を見つけて驚いた。
「アリス⁉︎」
「うるさいぞ、人間。そう大きな声を出さずとも、今日も最高にカッコいい天使であるボクの耳にはちゃんと聞こえている」
春夏用よりも色の濃い秋冬用長袖メイド服を着たアリスは、地上の2人へ振り返ることなく、雲の増えてきた空を見上げ続けている。
「アリスはそんなところで何してるんだ?」
「雲を見ている」
「雲なんか見てどうするんだ?」
「雲海には地上に蓄えきれなくなった膨大な情報が保管されている。蓄積容量に上限があるために消去された情報も多いがな。……まあ、閲覧権限を持たぬお前たちでは理解できない話だ。お前たちはお前たちに許可された範囲内で励むがいい。地下魔脈への干渉権限さえ持たぬ人間の方が多いのだから、お前たちは人間の中では優遇されている方だ」
「⁇⁇」
相変わらず訳の分からない妄言のスラスラと出てくることだ……と、セスはある意味ではアリスに関心していた。
アリスはそんなセスの不敬な考えを見抜いていると言わんばかりの鋭い一瞥を投げると、10メートル以上ある大樹の天辺から飛び降り、体を丸めてクルクルと回転した後、見事な着地ポーズを決める。
「すっご〜〜い! 流石アリスちゃんっ」
「ハーーハッハッハッハー‼︎」
思わずパチパチと拍手を送るネリア。その隣でセスも頷く。
「確かにすごい。半獣人の身体能力の賜物だな」
「ボクは半獣人ではなく天使だ。理解力の無い愚かな人間め」
アリスは樹の根元に置いていた大きなカゴを背負うと、2人に背を向けて下山しようとする。
カゴの中には立派な茸や山菜が大量に詰まっているが、シャキッと伸びた背筋はその重さをまるで感じさせない。
「へぇ、この辺りって結構色々採れるんだな」
「だねっ! 私たちも作業ついでに探してみよっか」
「……おい、人間たち。一応忠告しておくが、この先は環境固定魔法の指定範囲外になる。所謂『優しい世界』の外側だ。今までのようにはいかないから、精々覚悟しておくことだ」
緊張感の欠けた2人に、アリスは意味深なことを言い残して去っていった。
次回からやべー奴出てきます。ごめんなさい……




