10ー1.ステラとの生活
激甘回
夢の中。
黄金色がかった光の中にステラがいる。
立っているのか、浮いているのか、わからない。
そもそも重力の方向が違っていて、実は横向きや逆さ吊りなのかもしれない。
虚ろな瞳は何も映さず、薄く開いた唇からは呼吸の音もしない。
まるで魂が抜けて空っぽの人形にでもなったかのようだ。
……では、中身はどこへ行ったのだろう?
「ステラ?」
セスは呼びかけてみた……
***
ハートの月、初週。
「……ステラ……」
「はい。おはようございます、セス♪ 今日はお休みの日なのに、もう起きていたのですね」
「!」
セスがベッドの上で飛び起きると、洗濯カゴを持ったステラが寝室の入口から微笑みかけていた。
アイボリーの生地にベージュの糸で植物柄刺繍が施された七分袖フレアワンピース。その上には、縁を控えめなレースで飾った胸当てエプロン。
長い髪は編み込みハーフアップにして、白い花を模したバレッタを留めている。
「あ……おはよう、ステラ。今、起きたところだ……」
「では、今のは寝言で……セスはステラの夢を見ていたのですか⁉︎ それはとても素敵なのです! どんな夢なのです⁇」
ステラはカゴを置いてベッドの端に座ると、大きな碧い目を輝かせてセスを見つめた。
顔の近さにドキリとしたセスは、記憶を辿るフリをして少し目線を逸らす。
「どんなって……え〜と⁇……夢の内容なんて覚めたらもうよく思い出せないって。最近似たような夢が続いてる気もするんだが…………」
セスがそこまでで言葉を切ると、ステラは頬をぷくっと膨らませる。
「むぅ……残念なのです。思い出したらステラに教えてくださいね? 約束なのですよっ♪」
ステラはニコっと笑うと、セスの小指に自身の小指を絡めた。
セスもステラの細い指に自身の指を絡め返しつつ、洗濯カゴへ目をやる。
「ところで、ステラはカゴなんか持ってきてどうしたんだ? この部屋に汚れ物は残ってないはずだぞ」
「今日はとても良いお天気なので、衣類の他にシーツなども洗おうかなと思ったのです。そうだ! 窓を開けて換気もしなくてはなのですよっ」
そう言うなり、ステラはパタパタと早足で窓辺へ向かう。
例の遺跡で今の姿へ成長して以来、ステラは日々ピアの家で家事スキルを身に付けてきた。
また、ピアの師匠の書斎や教会の書庫から本を借り、読書によって知識を取り込む努力もしている。
今ではかなり淑女に近づきつつあると言っていいのかもしれない。
落ち着きの無さはまだまだだが。
ガチャッ!
「わぁ〜……今日は風がとっても気持ち良いのですよ♪」
窓を開けるとステラは窓枠に腰掛けてセスへ振り返った。
風で靡くステラの長い髪とワンピースに陽光が透過して、幻のように美しい。
「ステラ、そんなとこに座ると危ないぞ?」
「大丈夫なのですよ。ステラはもうこんなに大きくなったのですからっ」
そう言った瞬間、突風に煽られてステラの体がグラリと揺れた。
慌てて駆け寄ったセスが抱きとめてやると、腕の中でステラがはにかむ。
「ほら、だから言ったろ」
「えへへ……また助けられてしまったのです」
「また?」
「遺跡の帰り、サンドドラゴンさんの背中でも、落っこちそうになったステラをセスは支えてくれたのですよ。ありがとうなのです♪」
「ああ、あのときか。ステラ、随分はしゃいでたもんな。いつものことだけど」
「えへへっ、だってステラは嬉しかったのですよ。まだこの体が霊体だった頃、ステラはいつも1人で空を飛びながら、セスとも一緒に飛んでみたいと思っていたのですから。あの頃の夢が1つ叶ったのです♪」
あの言葉も通じなかった頃に、ステラが密かにそんな可愛らしい夢を抱いていたとは。
セスはステラを思いっきり抱きしめてやりたくなった。
だが、それを誤魔化すように口から出るのは意地悪な言葉だ。
「あの頃のステラには色々と手を焼かされたよなぁ……」
「! あ、あの頃のステラは人間の常識が無かったばかりに、ご迷惑おかけしましたなのですっ……セスの裸も見てはいけないものだったなんて知らなくて……ああ〜〜! 本当の本当にごめんなさいなのですぅ〜〜‼︎」
ステラは両手で顔を覆って悶えはじめた。今となってはすっかり黒歴史というやつだ。
ステラのこの恥じらい……実はカオルコによる教育の賜物である。
変化した体を診療所でカオルコに検査してもらった際、慎むべきことについても色々教えられたのだ。
検査に立ち会ったネリアの話では、ステラの身体は表面こそ人間の女性を完全に模倣するようになったが、体内構造までは違っていたらしい。
結局のところ、今もステラは人間ではなく、人間に擬態した精霊なのである。
セスはステラが顔を覆っているこの隙に、その姿を間近でじっくりと観察した。
エルフとも違う下向きの長い耳以外は、やはりどこからどう見ても人間の少女に見える。
しかも、とても可愛らしい。
「………………」
じーーーーっ
「ん?……ステラ⁇」
ふと、俯いたステラの指の隙間から、セスのある一点に熱視線が送られていることに気付いた。
ステラは俯いたまま、もぞもぞと口を開く。
「あ、あのぅ……セス、実は前から気になってたことがあるのです……セスのアレは、どうやってズボンに収納されているのです? 前に見た時は、入りきらない大きさだと思ったのですよ。摩訶不思議なのです……」
残念ながらカオルコの教育不足……というより、ステラが好奇心旺盛すぎるようだ。
セスは溜息を吐きながら、ステラの両肩に手を置いた。
「ステラ、世の中にはステラが知らなくていいこともあるんだ。わかるな?」
「はぅ……はいなのですっ。きっとセスも女の子の体のことは一生知らないままなのですっ。ステラも知らないままでいいのです!」
ステラの悪意ない攻撃。セスは心に若干のダメージを負った。
そのとき……
サアアアアア……‼︎
「きゃっ」
突然、強い風が室内に吹き込み、バタバタとカーテンを揺らしてタンス上の細々としたものをなぎ倒した。
「こんな風が強い日にシーツなんか干したら、物干しごと倒されそうだし、何か飛んでくるかもしれないな。わざわざ魔法で壁を張るのも魔力が惜しいし、外干しの意味がなくなる。今日はやめた方がよくないか?」
セスがステラの顔にかかった長い髪をかき分けてやりながら言うと、ステラもコクコクと頷く。
「セスの言う通りなのです。それに……」
ステラはトトトっとセスのベッドに駆け寄ると、枕を拾い上げてぎゅっと抱きしめる。
「リーナは『男はすぐに臭くなるから気を付けないといけない』って言ってたけど、ステラはそんなことないと思うのですよ。だってステラはセスの匂い、大好きなのです♪ とっても安心するのですよ」
ステラの可愛さに、セスは胸がキュっと締め付けられるような感覚がした。
しかし、それと同時に腹の方が締め付けられたかのようにグゥゥ〜っと間抜けな悲鳴をあげる。
赤面するセス。クスクスと笑うステラ。
「では、すぐに朝食を用意しますね。今朝のステラのおすすめはパンケーキなのですよ! フルーツと蜂蜜をたっぷりどっさり盛るのです♪」
「朝から甘々だな」
「セスは甘いの嫌いなのです?」
「嫌いじゃないよ。さ、行こう。俺も手伝う」
「はいなのです♪」




