8ー1.ローレン(その1)
「あっつ……つーか、この森湿気やばすぎ……」
「だったらセスもラフな格好すればいいじゃん! 私はこの服、けっこう快適〜♪」
「ネリアは規則違反だろーが……」
先月に引き続き、西の山で魔脈調査をするセスとネリア。
東の森と違って崖が多く、迂回続きなだけでもきついのに、いよいよ暑さまで加わってしまった。
セスはシャツの襟元を掴んでパタパタと扇ぎながら、軽快に山道を登っていくネリアを恨めしそうに見つめる。
今日のネリアは、柔らかな薄手の布で作ったパステルカラーのミニ丈サロペットに、オフショルダーブラウスとシアーソックス。
頭には大きなリボン飾りまで付けている。
セスはネリアが歩く度に視界の中を上下する別布の尻ポケットを眺めながら、今やそのスリーサイズを正確に把握しているであろうレミを羨んだ。
「任務中は制服着用の義務くらい守れよ」
「火の国ではちゃんと守るよー。でもこっちにいる間はバレないし、せっかくカワイイ服を仕立ててもらったんだもんっ。セスもレミ君に依頼してみたら?」
「……考えとくよ」
魔脈管理士の場合、制服といっても帽子とチョッキのみで、他は自由に合わせていいし、気候によって厚手と薄手の2パターンが用意されている。
とはいえ、せっかく緩いシャツを選んでも、その上にかっちりしたチョッキを重ね着するのは少し辛い。
セスもこの件に関してはネリアの共犯になっていい気がしてきた。そのとき……
うわぁぁぁぁ〜…………
「「⁉︎」」
遠くから情け無い悲鳴のようなものが聞こえてきた。
方角的に、以前セスたちが滑り落ちた魔吸蔓の群生地辺りだ。
「今の声、ソラかもしれないな。見に行こう」
「うんっ」
セスとネリアは声のした方へ急いだ。
***
「ウソッ⁉︎ 魔吸蔓がもうこんなに復活してる‼︎」
「当日はソラが除草剤で枯らしたし、俺たちだって後日、辺りに滞留していた魔力を楔魔石で散らしたってのに……」
件の斜面を覆う魔吸蔓をセスたちが驚嘆しながら見渡していると、蔓の中に練色のマントが引っかかっているのが見えた。
そして、そのマントの下の方からは「おーい」と水色の袖が手を振っている。
「はーい! 今そっちに行きますねーっ!」
セスとネリアが蔓を斬りながら降りてみると、そこには……物語に出てくる王子様のような美形の白エルフが、その整った容姿に反してなんとも間抜けなポーズで蔓に絡まっていた。
尖った長い耳。スラリと伸びた手足。深い青のつり目。サラサラの長い金髪は、低い位置で緩く束ねている。
肩から飾り布を垂らしたスタンドカラーのチュニックは、長袖でも軽くて通気性の良い素材だ。
「やあ、オレはローレン。君たち、ちょうどいいところに来てくれた。少し手を貸してくれないか?」
ローレンは苦笑しながら落ち着いた声で頼んだ。
一般的にエルフというと排他的で近寄り難いイメージがあるが、彼は随分と柔らかく穏やかな物腰である。
「勿論助けますよ。それじゃあ、こっちの蔓から切って下ろしますね」
「ああ、助かるよ…………っと、うわっ⁉︎」
ドシャッ‼︎
セスがローレンの片足を吊り上げていた蔓を切ってやると、バランスを崩したローレンは両手を上に引っ張られたまま無様に尻餅をついた。
「大丈夫ですか⁇」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
すぐにネリアがローレンの腕の蔓も切って、助け起こそうと手を伸ばした。
すると、ローレンは立ち上がっても手を掴んだまま、ネリアをじっと見つめる。
「…………」
「あの? どうかしました?」
「いや、すまない。随分と可愛らしいので、つい……」
「まあ! ローレンさんって素直で正直な方なんですね♪」
上機嫌に笑うネリア。
「悪いけど俺たち、仕事中なんだ。相棒を口説くのは遠慮願いたい」
対照的にセスが不機嫌な溜息を吐くと、ローレンはぱっとネリアの手を離す。
「おっと、誤解させてすまない。口説くつもりなんて全然無いよ。オレには既に婚約者がいるからね。さっきは彼女の服を褒めたつもりだったんだ。オレの妹もこういう可愛らしい服に興味を持ってくれたらなと思って」
「へぇ〜、妹さんがいらっしゃるんですね。どんな方なんですか?」
ネリアが尋ねると、ローレンは目を輝かせて興奮気味に答える。
「それはもう! とても愛らしくて優しい、兄想いの素晴らしい妹だよ‼︎ ただ……身嗜みには無頓着でね。自分では買わずにオレの服ばかり着たがるんだ。かといってオレが妹に似合いそうな可愛い服を選ぶと嫌がるし、困ったものだよ。髪もオレが梳かしてあげないと寝癖のままだし……」
「とっても甘えん坊な妹さんなんですね! きっとローレンさんが優しいお兄さんだからですね〜」
「ははは。可愛い妹の世話をするのは、オレの生き甲斐と言ってもいいからね。だけど……」
そこでローレンは一度言葉を区切り、深刻そうな表情を浮かべた。
「近々オレが婿入りすると、そんな可愛い妹を1人で家に置いていくことになってしまうんだ。だからせめてその前に、オレたち兄妹がかつて在籍していた研究会に妹が戻るきっかけを作ってあげたくて……それで、この辺りにあるはずの古代遺跡を探しているんだよ」
「この辺りに遺跡って……魔脈を調整できるっていう、あの?」
セスは以前カヅキに聞いた精霊の御伽噺を思い出していた。
大昔、緑の精霊と出会った若者が、隠された遺跡の術式で魔脈を調整したという話だ。
「知っているのかい⁉︎」
身を乗り出して尋ねるローレンに、セスは首を横に振る。
「そんなのが出てくる御伽噺だったら、村の鍛冶職人から聞いたよ。けど、俺たちはこの辺りの魔脈調査を始めて数十日、遺跡と呼べるような建造物は見ていない。強いて言うなら、石畳があったくらいだな」
だが、ローレンはそれでも嬉しそうに頷く。
「それはきっとすごい手がかりだ! 謝礼は払うから、オレをその場所まで案内して貰えないだろうか?」
「案内もなにも、ちょうどすぐそこだ。巨大蔓に地面が荒らされた後だが……まあ、今繁っている魔吸蔓さえ退かせば、残骸くらいは出てくるだろう」
セスが指差す辺り一面の魔吸蔓を見渡し、ローレンは首を傾げる。
「ふむ……巨大蔓とは何のことだい?」
「おそらくは魔力過剰で巨大化暴走した魔吸蔓だと思うんだが……」
セスとネリアは謎の巨大蔓と精霊ステラについてローレンに話してみることにし、3人は蔓を避けて腰を下ろした。




