7ー6.海の家(その2)
「よぉ! お前ら、楽しんでるか? せっかくだからオレたちも同席させてもらうぜ」
「シドさん! サーシャちゃんも!……お店の仕事はいいんですか?」
突然椅子を持って来た2人に、ネリアは場所を空けながら尋ねた。
「そりゃオレも休憩だー、休憩。さっきアリスが孫どもを捕まえてきてくれたからな。あいつらでも注文と配膳くらいは役に立つさ。厨房はアリスがいてくれりゃ100人力だし、心配はいらねぇよ」
そう笑うシドの視線の先には、不慣れな様子で接客に追われるソラとレミの姿がある。
2人の髪と目の色を再確認しながら、セスも「なるほど似ている」と納得した。
「あいつら兄弟だったんだな。俺、さっきはじめて知ったぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私はリーナちゃんから聞いて知ってたけど」
「ステラもしってたよー! レミがおとうと、ソラがおにいさんなの! ふたりとも、ひのくにに、りゅーがくしてたことがあるんだって!」
最近のステラはピアの家に預けられている時間が長く、ピアやリーナと買い物に行くこともあるので、すっかりセスよりも村人たちのことに詳しくなっていた。
セスはステラにもっと色んなことを質問してみようかなと思ったが、あまり気を回しすぎるのもよくないなと考え直した。
そこへ、不満顔のレミがシドのランチを配膳に来る。
「せっかくピアと海に来たのに、なんで僕が爺さんの店の手伝いなんか……」
「口ごたえすんじゃねぇよ、レミ。お前が女の子と海に来てたって、どうせカナヅチじゃイイとこなんて見せらんねぇだろーが?」
「うるっさいな! 泳ぐばかりが海じゃないし、泳げなくてなにが悪い? 男は運動できなきゃモテないとか、そういう脳筋どものバカげた決めつけ本ッッ当にキライ‼︎」
顔を真っ赤にして怒っていたレミだが、客に呼ばれるとすぐにそちらへ向かっていった。
不平不満は抱えつつも、目前にやるべき仕事があると無視できないレミ。真面目で働き者で、ついでに苦労性である。
「お嬢っ! スペシャルメニューの『魚型魔物トットの姿焼き』お持ちしましたよ!」
レミと入れ違いにアリスがサーシャのランチを配膳に来た。
せっかくなのでセスは少しちょっかいをかけてみる。
「しっかしアリスが競泳大会に不参加だったのは残念だったよ。せっかく俺が負かしてやるチャンスだったのに」
「フン! 生意気な戯言を言うな、人間! それにボクは海で泳いだりなんかしないぞ!」
「なんだ? もしかしてレミだけじゃなくて、アリスもカナヅチなのか?」
「あの貧弱と一緒にするな! 最高にカッコいい天使であるこのボクが、泳げないはずがないだろう。もしボクが大会に出場していたら、お前の優勝などありえなかったに決まっている! 優勝できたことをボクに感謝するがいい。ハーーハッハッハッハー‼︎」
「なんでそうなるんだよ……」
どうやっても敗北を知ることが無さそうな自信家アリスを前に、セスは早々に尻尾を巻くことにした。
代わってネリアがアリスに尋ねる。
「じゃあなんでアリスちゃんは『海で泳いだりなんかしない』って言ったの? なんか声からして海嫌いっぽく聞こえた気がしたけど……」
「それは……」
アリスはそこで一度言葉を切り、フッと絶望したような暗い表情を浮かべた。
「…………お前たちは渦潮に巻き込まれたことが無いだろう…………あれはな、あとから思い出しても眩暈がするほど、気分が悪くなるものなんだぞ…………」
「いや、普通そんなものに巻き込まれたら生きてないだろ……」
予想外にスケールの大きいトラウマに、セスもからかう気を削がれてアリスの顔色を心配した。
地雷を踏んだネリア自身は何も気にせず、新たな話題へ移っていく。
「でも、サーシャちゃんとシドさんが仲良いなんて意外でしたよ。どんな接点があったんですか?」
「サーシャはな、オレの釣りの弟子なんだよ。数年前のことさ、突然サーシャがオレに頼んできたんだ。『いつもお世話になってる村長に、自分が釣った魚を贈って驚かせたい』ってな。最初はオレも『お嬢様に釣りを教えるなんて無理だ』って断ったんだが、結局あれからずっと教えることになっちまって……ハハハ、今じゃサーシャも立派な釣り人さ! なんてったってアリスもサーシャが釣りあげたんだしな‼︎」
「アリスちゃんを釣った……って、そんなまさかぁ〜。ねぇ、サーシャちゃん?」
「…………」
年寄りの大袈裟な冗談だと思ったネリアがサーシャを見ると、サーシャは至って真面目な顔で頷いた。
更にアリスが続ける。
「シドの話は本当だぞ! 渦潮を逃れ漂流中のボクにお嬢の釣り針が引っかかり、シドが船に引き上げたんだ。それからボクはお嬢を主として仕えている! そうですよねっ、お嬢!」
「…………」
再び頷くサーシャ。
それでもまだ信じられずに目を瞬かせているセスとネリアを、シドは面白がって笑う。
「昔から海じゃ色々と不思議なことが起こるんだよ。教会で預かってるガトーとショコラ……あいつらも、ある日突然、大量の荷物と共に浜に打ち上げられていたんだからな。あいつらのやたら豪奢な身の周りのモンも、全部その中に入ってたんだ。それも成長に合わせるように数年分。それなのに本人たちは、なーんも憶えちゃいないと言う」
「そうだったんですか……不思議な話ですね。まるで誰かがこの村に2人を託したみたい……」
「ああ、実際そういう昔話もあるしな。気まぐれな『水の国の女神様』は、異世界や別の時代から気に入った者を拐ってくることがあって、そのとき、前世の穢れを海で洗い流して転生させるらしい。だから、浜には時々記憶喪失の身元不明者が打ちあがる……って」
シドの昔話に聞き覚えのあるネリアは、頷きながら話題を繋げる。
「神といえば……この世界の一部の魔物は食用にするのに都合が良すぎて、神が人間のためにお与えになられたなんて話もありますよね。捕らえやすく、増やしやすく、捌きやすく、しかも美味しい。今サーシャちゃんが食べてる魚型魔物トットとか、ステラちゃんが食べてる鳥型魔物ニクトリとか」
「え⁉︎」
ネリアの言葉にセスは驚いてステラを見た。
不殺主義なはずの緑の精霊ステラが、何食わぬ顔でニクトリの串焼きを貪っている。
今までセスはステラに対して肉の提供は避けてきたし、日中は菜食が主なピアに預けていたから、ステラは肉を食べないのだと信じていたのに。
「ステラ、大丈夫か? それ、何かわかって食べてる⁇」
「セス、これはニクトリなの。ニクトリもトットもたましいはもってない、しげんとしてつくられているから、ころしてないのよ。だいじにたべるのっ」
ちょうど先のネリアの話とも重なるようなことを言い、ステラはセスの口にも食べかけのニクトリを咥えさせる。
すると、それを見ていたサーシャも自分の皿からトットをひと口分取り、シドの口へ運ぼうとする。
「……♡」
「えぇ? オレはいいってば、サーシャ……」
サーシャが満面の笑みで繰り出す無言の「あ〜ん♡」にたじろぐシドを、セスとネリアは面白がって囃し立てる。
「ははっ、サーシャって本当にシドさんが好きなんだな」
「サーシャちゃん、シドさんのお嫁さんになりたいそうですよ。どうするんですか?」
「なんだって? サーシャ、まだ諦めてなかったのか! オレは死んだ婆様一筋だって、何度も言ってるのに……まいったな」
「……♡♡♡」
そんな賑やかな祖父の食卓を、少し離れて見守る孫レミの胸中は複雑だ。
兄は祖父より年上の女を追いかけ、祖父は兄より年下の女に追いかけられている……レミは頭を抱えた。




