6ー2.ハチミツパニック
「セスっ、セスっ! ステラ、おなかペコペコなの! たべるものをくださいなの!」
「えっ」
自室で寝直そうとしていたセスは、ステラのその要求に驚いてしまった。
だが冷静に考えてみれば、なるほど、実体化したことで食べ物が必要になるのは当然のことに思えた。
「もしかして、昨夜もずっと空腹に耐えてた……⁇」
「ううん、きのうはもりでおなかいっぱいになったの」
「ああ、あれもある意味食事だったのか……」
今日は昨日の疲れを癒すために1日作業を休むことに決めていたのだが、ステラの子守りまで休むことはできない。子育ては年中無休ということか。
まだ親になるどころか相手もいないセスだが、急いでステラを連れて1階のキッチンへ向かった。
***
「さて、どうしたものか……」
食料棚を開けた途端、セスの頭をある疑問がもたげた。
「困ったぞ……ステラって何なら食べさせて大丈夫なんだ⁇ 緑の精霊……植物を吸収して実体化したわけだし、やっぱり植物性のものに限定すべきなのか⁇ うーん……植物性のものって何だ? 野菜……果物……まさか青虫みたいに大量の葉っぱだったりしないよな……」
顎に手を当ててぶつぶつ呟き始めたセスの袖を、ステラはちょんちょん引っ張る。
「セスっ、セスっ! ステラねっ、セスがいつもたべてたのといっしょがいい!」
「えぇ? いいのか……⁇」
「いーの! セス、ステラをしんじるなの!」
「ステラがそう言うなら……」
期待のこもった眼差しに見守られつつ、セスは2人分の朝食準備にかかった。
***
「いただきます」
「いただきまーすなの!」
トーストにミルクというシンプルな朝食がはじまった。
もし量が足りなければ、食卓に置いた籠から果物をとってもいい。
セスはまず、焼き立てトーストに蜂蜜を塗ることをステラに教えてみる。
「いいか? これはこうやって…………ほら、こんなふうに塗って食べると、もっと美味しくなるんだ。量は好みで調節していいけど、欲張ると溢すから気をつけろよ?」
「はーいなの! ステラもパン、おいしくするの♪」
ぺたぺた♪ ぬりぬり……
慣れない手つきと、真剣な表情。
一生懸命トーストに蜂蜜を塗るステラを、セスは内心で応援しながら見守った。
「ふぅ……できたなのっ」
「うんうん、よく出来たなー。溢さないよう、食べる時も気をつけるんだぞ」
「は、はいなのっ……」
ぱくっ!
「‼︎………………ん〜〜〜〜っ! とーってもおいしいなの〜♪」
トロォ〜……
初めて食べる食べ物の味に感激するステラ。その手元から腕へ、ゆっくり蜂蜜が伝っていく。
「あぁっ! ステラ、蜂蜜垂れてるぞ!」
「あ〜っ! ほんとなの〜……」
セスが腕を指して知らせると、ステラは小さなピンクの舌を伸ばし、チロチロとそれを舐め始めた。
「こら! ステラ、行儀が悪いぞ」
「でもいまのステラ、ペロペロしたらおいしいなのよ!」
「あっ、こらっ……ステラ⁉︎」
ステラは興奮した様子で席を立つと、向かいに座っていたセスのとこまで来て両腕を広げた。
腕を舐めている間にパンから垂れた蜂蜜で、胸元がテカテカになっている。
「ステラ、おいしくなったの! だからセス、ステラのことペロペロしてみて!」
「ファッ⁉︎」
「んっしょ……」
驚愕するセスの膝へ、ステラは強引に跨った。
ステラの柔らかな感触が、セスの脳裏にベッドでの出来事を思い起こさせる。
「だ、ダメだって! ステラ、すぐに離れるんだ!」
「なんでなの? せっかくステラもおいしいなのに、セスなんでペロペロしないの?」
「で、できるわけないだろ〜〜っ⁉︎」
そうこうしているうちに、ステラの胸からセスのズボンへも蜂蜜が溢れた。
するとステラはセスの膝から降りて床に座り込み、セスの股の間から頭を出して見上げる。
「じゃあステラ、セスのことペロペロするねっ!」
「エッ⁉︎⁉︎⁉︎」
セスの内腿へ頬を寄せ、付け根のシワに入り込んだ蜂蜜をチロリと舐めるステラ。
驚いたセスはうっかりミルクのコップを倒し、中身をステラの頭へかけてしまう。
「ひゃうぅ……ぬれちゃったの〜」
「あー、もー、ぐちゃぐちゃじゃないか……これはシャワー浴びて着替えるしかないな……」
蜂蜜ミルク塗れとなったステラを前に、セスは新たな問題に直面する。
ステラの着替えが無いのだ。
そもそも今ステラが着ているのは、霊体状態のときからずっと纏っていた一張羅。
実は本体と一体化していて着脱不可かもしれない……
「なぁ、ステラ? ステラはその服、自分の意思で脱げるのか?」
「ふく、ぬぐの? うん、わかった! ステラ、ぬぐ!」
「あ、待て! 今ここで脱がなくても……」
ガチャッ!
そのとき、セスの背後で玄関の開く音がした。
ネリアだ。
昨日の疲労でまだ寝ているかもしれないセスたちを気遣い、合鍵でこっそり訪ねるつもりだったのだ。
そんなネリアの目に飛び込んでくるのは、椅子に座ったセスと、床に座ってセスの股の間から顔を覗かせる半裸ステラ。
「あっ! ネリア、おはようなの!」
凍りつくセス。立ちつくすネリア。
そんな2人の間を流れる空気には気付かず、嬉しそうにネリアへ駆け寄るステラ。
「ねぇ、きいて! ステラ、セスにおなまえもらったの! ステラ、きょうからステラなの!」
「そっかぁ〜! よろしくねー、ステラちゃん!」
何もわかっていないステラに合わせ、いつもの笑顔で応対するネリア。見事である。
しかし、ステラの頭を撫でた瞬間、その表情は硬くこわばる。
「ところでステラちゃん、頭についてるのは何かなぁ?」
「あ。それ、セスのミルクなの! ペロペロしてたとき、かかっちゃった……」
ステラはそう言うと、また自身についた蜂蜜を舐めはじめた。
「…………」
静かにセスへ向き直るネリア……その顔は今や完全に般若である。
「妙な深読みはよせ、ネリア。俺のコップに入っていたミルクが、蜂蜜を舐めてるときにかかっただけだ。ステラの服は、汚れたから自分で脱いだだけで、俺が脱がせたわけじゃないぞ……」
「うん! ステラ、じぶんのいしでぬいだの。セス、かくにんしたの。じぶんのいしなの!」
「ステラ〜〜、そういう言い方しちゃうと語弊がありそうだから黙ってような〜〜」
「? はぁいなの」
チャキッ……
セスの一点を見つめ、ネリアは短剣を抜いた。ゆっくりと、確実に、間合いを詰めていく。
「ねぇ、セス…………切る? 潰す?」
「どっちもダメに決まってるだろ⁉︎」
「そうだよね。やっぱりこういうのは、診療所でカオルコ先生に処置してもらったほうがいいよね。今すぐ相談しにいこう……」
「やめろ!」
「パパたちにも報告しないと……」
「やめてくれー‼︎」
悲鳴をあげるセスの背後では、半裸のまま食卓に戻ったステラが1人、朝食の続きを始めた。
果物籠からバナナを取って、それにも蜂蜜を塗りたくって舐めながら食べる。
日頃セスを見ていたおかげで、皮を剥くことはちゃんと知っていた。安心である。
「落ち着け、ネリア! 俺はただ、ステラと一緒に朝食を食べてただけだって‼︎」
「えぇっ⁉︎ 朝食と一緒にステラちゃんを食べてたって⁉︎⁉︎」
「そんなこと言ってないだろ‼︎」
「ネリア〜? ステラ、たべものじゃないのよ?」
「セスのケダモノ‼︎」
「セス、けだもの? ステラ、おぼえた!」
「ステラはそんなこと覚えなくていいから‼︎」
結局その後、誤解を解くのには軽く1時間を要した。




