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5ー2.ソラと魔女(その2)


「こうして魔女さんと森を歩いていると、あの日のこと思い出すなぁ。魔女さんも思い出すだろう? オレたちの恋の始まりを……」


「全然……なんのことかわかりませんね……」


ザクザクと草を踏み分けて進む魔女の小さくて頼りない背中を見つめながら、ソラは幼き日の光景に思いを馳せる。


あの日はオレより大きく、あんなに頼もしく思えた背中だったのに。

それが今はオレが守ってあげないといけない、か弱い女性の背中に見える。

彼女の姿はずっと変わっていないはずなのに。オレが成長したんだ。


振り返らない背中へ、ソラは語りかける。


「オレがまだ小さかった頃、弟がまだお袋の腹ん中にいた頃、漁師だった親父の船は海から帰ってこなくなった。海で魔物に襲われたのか、魔穴が発生して呑まれたのかもしれない。理由はわからないけど、行方不明になったんだ。で、元々火の国の人間だったお袋は、弟を産むとすぐ、オレたち兄弟を爺さんに押し付けて帰国しちまった。後から知ったけど、翌年にはもう別の男と再婚してたんだ。とびっきりの金持ちと」


「……酷い女ですね……」


「オレも、そう思ったよ。親父を裏切ったお袋が憎くてたまらなかった……昔はね。今はさ、お袋だって当時まだ若かったんだから、人生をやり直すチャンスがあったらそれに縋ったって仕方ないよなって……もう赦してるよ。いつまでも死者に縛りつけられてる人生なんて、しんどいだろ?……ま、実の子2人をあっさり捨ててったことは、今でもクズだと思ってるけどさっ」


ソラはわざと茶化すように明るい声で付け足した。


「オレと弟を育ててくれた爺さんはさ、もとは親父と同じ遠洋漁業の漁師だったんだ。けど、オレたちを育てるため、毎日帰宅できる沿岸漁業に転向した。で、昼はオレたちを教会に預けるけど、朝晩は必ず自分で飯を作ってくれてた。でも……爺さんは親父と同じ漁師で、親父以上の釣りバカ! だから食卓には必ず魚が出た。毎日朝晩魚‼︎……それで、ガキだったオレはうんざりして家出したんだ。『魚より美味い肉を獲ってきてやる‼︎』ってな」


「フフッ……」


幼いソラの斜め上の発想が、可笑しいやら、可愛いやら。魔女は思わず吹き出してしまった。

その様子にソラはくすぐったい気持ちになって、ついつい足が魔女より先に進んでしまう。

すると、そんなソラの白衣を魔女の小さな手が掴む。


「そっちじゃないですよ、また迷子になる気ですか?……体が大きくなっても、ソラくんはやっぱり子供ですね」


「やっぱり憶えているじゃないか〜!」とツッコむのはやめた。どうせ言葉では否定される。

憶えてくれていることを確信できただけで、今のソラには充分だった。

ソラは魔女の隣に並ぶ。


「それで……ええと、どこまで話したかな?」


「肉を捕まえに森に入るとこまで、ですよ」


「そうそう! それでオレは鳥型魔物ニクトリを探してこの森に入ったんだ! あわよくばニクトリより大きなポーピックや、更にもっと大きいギューなんかの草食で大人しい魔物も狙っていこうって!」


「ギューなんか大きすぎて大人でも持ち帰れないでしょう……無謀な野心家ですね……」


「はははっ、魔女さんのおっしゃる通りで! 無謀なガキだったオレは、慣れない山道で派手にすっ転んで、足を痛めて歩けなくなったんだ。そうなると急に恐くてたまらなくなる。草木の揺れる音や遠くの鳴き声に怯えては、ひたすら後悔したよ。こんなことなら爺さんのヘソクリで菓子でも買って、後で大目玉くらった方がマシだってね」


「もうっ……お爺さんを困らせちゃダメですよ」


すっかり年上らしく受け応えするようになった魔女。無意識に当時の記憶に引きずられているのだ。

ソラは調子に乗って魔女の手を掴み、ますます大袈裟な口調になる。


「でも、そこへ救いの女神は現れた! 魔女さん、あなただ‼︎ あなたは怪我の手当てをしてくれただけでなく、森の出口までずっとオレをおぶっていってくれたんだ!」


「……違います。子供の記憶というのは、当てにならないものですよ……はぁ」


「でもオレは確かに魔女さんに助けてもらった! 間違いないね‼︎ それで、その日から何度も魔女さんに会いに森に入ったんだ。何度も追い返されて……そのうち、森には入口に戻る呪いがかけられてしまったんだけどさ」


「……それに、君は村を離れました」


ソラの手を振り払って歩いていく魔女。

その小さな歩幅をソラはゆっくりと追いながら、話し続ける。


「お袋と再婚相手の間には子供が出来なかった。再婚相手は前妻との間にも子供が出来なくて、それを理由に離婚していた。だからお袋を責めることはできなかったんだろう。種無しを自覚したのさ。で、お袋たちはオレを呼んだ。事前に教会で火の国の試験問題を解かせて、オレが優秀なことを調べてからだけどな。……体の弱い弟のことは呼ばなかった。『お爺さん独りにしたら可哀想だから』なーんて、人のせいにして」


「それでも君は、そんな親の都合に従って火の国へ行った……やっぱり本物のお母さんは恋しかったですか?」


「はははっ! まさか! オレは血だけの繋がりに価値なんて感じないさ。ただ、あの有名な火の国中央区学園で学べるチャンスを逃したくなかったんだ。親としても、飛び級するほど優秀なオレになら、あのバカ高い学費の払い甲斐もあっただろうよ」


「えっ⁇ 君ってそんなに優秀なんですか……? あまりそうは思えませんけど……」


「オレは天才さ‼︎ 確かに最近のオレはいろいろな薬を混ぜてみたり、変な機械を組み立ててみたり、爆発させてみたり……まあ妙なことばかりやってるが、向こうではちゃんとした魔術式の研究機関にいたんだ。ま、ちゃんとしたってのは表向き。内実は腐った場所だったけどな」


ソラは静かに怒りを滲ませた声で語り始める……


***


……オレは、魔脈からのエネルギー変換をより効率的にするための新しい魔術式を開発したんだ。

従来の術式の無駄をどう削ぎ落とすか散々悩んだ後、結局0から全部新しく組み上げた方がいいと気付いてな。


けど、それが実際に採用されるためには、然るべき実験データを集め、信用を得ないといけなかった。

それでオレは学園での恩師に相談しちまった。従来の術式で偉くなった教授にさ。


上位互換の新しい術式が採用されれば、古い術式の価値は死ぬ。

それはその教授だけの問題じゃなくて、利権の絡む他の金持ちたちにとっても大問題だった。

だから奴らは結託し、あちこちの研究機関に圧力をかけたんだ。


オレが術式を認証してもらうために各機関を訪ねると、何故か奴らの許可だの立ち会いだのが必要だって言われた。

……後日確認すると、オレの知らない代行者が勝手に事を済ませていたこともあったくらいさ。イカれてる。


だがオレは諦めず、国の最高研究機関での研究発表会に賭けた。

ところがこれがとんだ茶番だった‼︎


事前にオレが機関へ提出しておいたはずの資料は、何故か全て行方不明。

そこへ向こうは、全く同じ実験をして用意したっていう代わりの資料を出してきた。

それが酷いもんでさ! 数値も何をどう計測したらそうなんのかっていう全くのデタラメ‼︎

そのくせ、オレが提出前に複製して自分で保管しておいた資料については『信用できない』『認められない』の一点張り‼︎


オレは……歪んだ世界に嫌気がさした。

といっても、オレが世界を見切らなくても、既に世界はオレに『インチキ研究者』のレッテルを貼って見切っていたわけだけどさ。


そうして向こうに居場所が無くなったオレは、最後にちょっとした復讐を仕掛けてやった。

オレが本当は『天才研究者』だと知っている例のインチキ教授に、わざと嘘の研究データをパクらせて恥をかかせてやったのさ。

それから向こうはいろいろと大変だったみたいだけど、知ったことじゃないね。

オレはもう二度とあの地を訪れることは無いんだから。


***


ソラの愚痴を魔女は黙って聞いていた。なんと言葉を発していいかわからなかった。

重い空気を裂くように、ソラはまた明るい声で話し始める。


「ああ、そうそう! 少し前に、やっと弟にもお袋たちからお呼びがかかったんだ! でも弟はこっちに昔からずっと好きな子がいてさ。あいつらのことは留学中の財布として利用したら、すぐ帰ってきたんだけどな! はははっ‼︎」


「…………」


ソラがいくら可笑しそうに笑ったところで、魔女には笑えない話だった。


***


そんなこんなのうちに、魔女の家に着いた。

玄関前の階段で、ソラは魔女の杖を掴んで最後の粘りを見せる。


「なーなーなー! 中に入れてくれよ〜〜‼︎」


「イ! ヤ! ですっ!」


「ちょっとだけ‼︎ 何もしないから〜〜!」


「ウ! ソ! ですっ!」


「ギイ!」


「痛っ!」


不意にクロがソラの手から杖を奪い、その隙に魔女は玄関内へ飛び込んだ。すると……


「うわー!」


ドタドタドタ‼︎


外からソラの悲鳴と階段を転がり落ちるような音が聞こえてきた。

心配した魔女はそっと扉を開けてみる。


「ソラくん……⁇」


「なんちゃってー!」


「ぎゃっ⁉︎」


開かれた扉の隙間に足を挟み、ソラは強引に玄関をこじ開けた。

魔女を誘き出すため、わざと荷物を転がして音を立てたのだ。


「ごめん、ごめん! でも聞いてくれ! 今日は最後にこれだけ伝えたら大人しく帰るから……」


「うぅ……な、何ですか……⁇」


ソラは身構える魔女の手をとり、跪いてレースの手袋越しに口付ける。


「魔女さん、オレと結婚してください。きっとあなたを愛するために、オレはここへ戻って来たんです。オレたち、結ばれる運命だったんですよ」


「嘘。……君はただ、納得のいかない境遇に意味があると思い込もうとしてるだけ……私という過去の存在を、理由付けに利用したいだけです。君の自棄に、私を巻き込まないでください。……それに君、向こうで遊び慣れてるでしょう?」


魔女は扉を閉めた。



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