5ー1.ソラと魔女(その1)
「うう……ん?」
ダークウッドの見知らぬ天井。少しカビ臭いペタンコ布団。
ぼやけた視界の中、魔女は眼鏡を求めて半身を起こした。すると……
「やあ! お目覚めかい! マイプリンセス‼︎」
「ひぃぃいいい⁉︎⁉︎」
ソファベッド横の椅子からソラが身を乗り出し、寝起き頭に響く大音量で声をかけてきた。
驚いて後退した魔女は、窓枠に頭をぶつけてうずくまる。
「探し物はこれかい?」
ソラが魔女の手に彼女の眼鏡を触れさせると、魔女はそれをかけながらベッドの隅で体を縮めた。
ルビーのように真っ赤で溢れ落ちそうなほど大きいタレ目を潤ませ、ビクビクと周囲を見回す。
部屋の中は薄暗く、埃っぽく、カビ臭いし、焦げ臭い。
ベッド横の歪んだウッドブラインドがかかった窓以外、窓はどれも背の高い本棚で塞がれてしまっている……と思ったら、ボロ切れ暖簾の向こうに粗末なキッチンの小窓がかろうじて確保されていた。
大きな机の上には難しそうな装置が組み立てられ、床にも重そうな機械が並べてある。
あちこちに素材や部品が詰め込まれ、明らかにキャパシティオーバーの汚部屋だ。
そんな部屋の中で、ソラが魔女の赤いローブを膝に乗せて繕っている。
「破けてた魔女さんのローブ、ちょうど縫い終わるとこだったんだ! ま、オレは弟みたいに裁縫上手くないけどな! 愛はこもってる‼︎‼︎」
「なっ……なんで君がここに居るんですかっっ⁉︎ ていうか、ここどこですか⁉︎ 私はっ……」
「私は誰〜とか聞いちゃう感じ? もし記憶喪失ならオレの婚約者とでも答えておくよマイハニー⭐︎」
「ふざけないで説明してくださいっ‼︎」
魔女が怒りで顔を真っ赤にして叫ぶと、ソラは軽く床を蹴って車輪付きの椅子を後退させた。
そして、狭い部屋の中央で器用にターンしながら両手を広げる。
「ここはオレのラボ! 昨日、森で気絶していた魔女さんを、オレが発見してここに運んだのさ! 天才発明家のオレが開発した健康チェックマシーンを使うと、魔女さんが魔力切れを起こしていることがすぐわかったからね! 魔石から魔力を抽出する装置を利用して、魔力を供給したのさ!」
「き、昨日……? 一晩経ってるんですか……⁇」
青ざめた魔女は慌てて布団をめくり、自身を確認する。
「あははっ、安心してくれ! 寝ている魔女さんの貞操を脅かすようなことは、誓って何もしていないよ! 残念ながらずっとクロが見張っていたからね!」
「ギィ」
鳴き声のした方を魔女が見上げると、ロフトの梯子を止まり木にしているクロが見えた。
魔女が安堵の溜息を吐くと、ソラが再び椅子をベッドの横へ付ける。
「あと、魔女さんの寝ている間に診療所からモモちゃんに来てもらったよ。オレが応急処置だけしたら診療所へ運ぶことも考えたんだけどさ。昨日、診療所ではカオルコ先生が魔脈管理士たちを診ていたからね。あの出来事について魔女さんがあらぬ嫌疑をかけられるかもしれないと思ってやめたんだ。勿論、落ち着いたらオレから誤解の無いよう報告するつもりだけどね。それに、村の中じゃ魔物のクロに付き添いはさせられないだろ?」
「そっ、それは……お気遣い、どうもありがとうございます……けど、君は私のこと本当に疑ってないんですか? 私が遠隔魔法であの植物を操って君たちを襲い、魔力切れを起こした……と、状況的に考えれば君だってそう考えますよね……⁇」
魔女なりに脅すように問うたつもりだったが、ソラの目にはただただ魔女の怯えた様子が可愛く映っただけだった。
「逆だね! 魔女さんは遠隔魔法であの植物からオレたちを守ろうとして魔力切れを起こしたんだろう? 運命の恋人であるオレには当然わかっているに決まってるじゃないか〜〜‼︎」
「きゃああ⁉︎⁉︎」
「ギイイイイ‼︎」
ソラが椅子からベッドへ乗り込むと、即座にクロがソラの背中に鉤爪キックを浴びせた。
「イテテテ……ちっ、クロが見張ってるんだった……昨日蹴られた分に重ねて痛みが……」
「⁉︎……つまり、蹴られるようなことをしようとしてたんですかっ⁉︎ さ、最低ですっ‼︎ 更に見損ないました……!」
「ええっ⁉︎ オレはただ、魔女さんが服の下にケガしてないか確認しようとしただけだよ! 無実‼︎ 冤罪‼︎」
「変態っっ‼︎ 私は今すぐ家に帰らせてもらいます……っ! クロくん、行きますよ……!」
「ギィ!」
魔女はソラの膝からローブを引ったくると、一目散にボロ小屋の外へと飛び出した。
ところが……
***
「待って、待って! 魔女さん、杖を忘れてるよ!」
「えっ……あ、ありがとうございます……っ⁉︎」
あとからすぐにソラも魔女を追いかけて出てきた。
魔女が忘れ物の杖を受け取ろうとすると、ソラは杖を離さずにグイッと引き寄せ、顔を接近させる。
「お礼ならキスで頼むよ!」
「わかりました。クロくん、嘴は後で洗ってあげますからね……」
「ギギイ⁉︎」
魔女が冷静にクロを差し出すと、ソラは杖から手を離して後ずさる。
「いやぁ、やっぱり今は気持ちだけ受け取っておくとしよう! さあ! 出発だ、マイステディ! 家までオレが安全に送って行こう‼︎」
「つ、付いてこないでくださいっ……! キミが一緒じゃ全然安全じゃないですよ、す、ストーカー!……きゃっ!」
「おっと!」
急ぎ足で木の根に躓いてしまった魔女。その細い腰をソラはグイッと抱き寄せた。
「ほらぁ‼︎ やっぱりオレがいないと危険じゃないか! 絶対に付いて行くよ‼︎」
「いっ、今のは君から逃げようと焦ったせいですよ……! ああ、もう……いいです。付いてきていいから、離れて……離れて歩いてください……っ」
ズレた眼鏡を整えながら、魔女は赤くなった顔を隠すようにソラから距離をとった。
「そういえば、君、今は眼鏡をかけてるんですね? さっき部屋で縫い物中はしてなかったのに……普通、逆じゃないですか?」
「ははは! だってオレ、本当は両目とも視力いいからね! この眼鏡は……」
「伊達眼鏡なんですね……」
魔女は密かに抱いていた淡い仲間意識を裏切られ、ほんの少しガッカリした。
「いやいや、ただの伊達眼鏡じゃないよ! 天才発明家なオレの発明品! 実はこの眼鏡で見ると、美人の服だけが透けて……」
「⁉︎⁉︎⁉︎」
魔女は慌てて胸を手で覆い、脚を閉じてその場にしゃがみ込む。
「見えたりはしな〜いんだけどね⭐︎ この眼鏡はさ、通常目視できないほど存在が希薄な精霊や霊体系魔物、大気中の魔力の流れとかを、オレみたいな魔導適性の低い人間にもある程度視えるようにしてくれるものなんだ! スゴイだろう‼︎……ところで魔女さん、『美人』って言われて反応したってことは、やっぱりその美貌に自覚があるんだね! 流石、魔女! もとい美女‼︎」
「からかわないでくださいっっ‼︎‼︎」
再び顔を真っ赤にして怒りながら、ズンズンと森の道を歩きはじめる魔女。
しかし、ほんの数メートル進んだところで急に立ち止まり、空を見上げる。
「…………それって、幽霊とかも視えたりするんですか⁇」
「ん〜、オレは墓地のすぐそばで生活してるけど、今のところそういうのは見たことないな。……あ! 魔女さん、もしかして幽霊怖い⁇ 怖いならオレの胸に飛び込んで……」
「違いますっ……ただ、もし見えたらどうしようかと思っただけです……」
両腕を広げて待機するソラには目もくれず、魔女はスタスタと先へ進んだ。




