4ー4.天才発明家ソラ
「いやぁ~、お二人さん! 咄嗟に魔法で解こうとしなかったのは、賢明な判断だったな!」
「ああ、俺たちもこんなの見たらマジでそう思う……」
「うん……私も久々にゾッとしたかも……」
ソラの特製除草剤で枯らされた一面の魔吸蔓を見回して、セスもネリアも戦慄していた。
一見しただけでは他の植物に混ざって気付かなかったが、2人が落ちた茂みには魔吸蔓が群生していたのだ。
「そういえばネリア、さっき何か言いかけてなかったか?」
「さっき⁇……ああ! セスに上に乗られて、無理矢理口を塞がれたときね」
「その言い方ヤメロ」
「あのねっ、転ぶ直前にちょっと離れた場所に人がいるのが見えて、転んだ直後に精霊ちゃんがそっちに飛んでくのが見えたから、きっと精霊ちゃんが助けを呼んでくれたよーって言おうとしたの!」
ネリアは、セスの肩の辺りに浮いている精霊少女へ笑いかけた。
精霊少女もネリアに嬉しそうに笑い返す。まるで言葉も通じているように見える。
「そういえば魔吸蔓に絡まってるとき、姿を見なかったな……そうか、お前は俺たちを助けようとしてくれたのか。ありがとう」
セスも精霊少女に微笑みかけると、精霊少女は2人の頭上で踊るようにくるくると回った。
喜びを全身で表しているようだ。
すると、そんな精霊少女の真下辺りにソラが屈み込んで、翻るスカートの中を覗き込もうとした。
「お前ッ‼︎ 何やってんだよ⁉︎」
「うおっと⁉︎」
それに気づくや否や、セスはソラの胸ぐらを引っ掴んで怒鳴っていた。
セスの剣幕に驚いて出遅れたネリアも、続いてソラに怒る。
「そ、そうですよ! こんな小さい女の子に!」
「待った、待った! お二人さん、誤解してる。オレはただ純粋に、この中身がどうなっているか確認しようと……」
「「変態‼︎‼︎」」
セスもネリアも同時に叫んだ。
精霊少女はそんな2人の背後を行ったり来たりオロオロしている。
「だから誤解だって。オレはその精霊に性的な関心は持ってないよ。その精霊は人間の少女の姿を模してるけど、精霊にはそもそも性別なんてないんだ。思うに、人間との意思疎通の他に、人間から庇護してしてもらう目的で少女の姿を選んだんじゃないか? で、その擬態ってのがどの程度のものか確認したかっただけさ。オレの予想では、生殖器なんかは無いはずなんだが、下着は……」
「やっぱり変態じゃねーか! コイツに近寄るな!」
セスが精霊少女を背中に庇うように手を広げると、精霊少女はセスの背中にぴったり貼り付いて、肩から不思議そうに顔を覗かせる。
「だーかーらー、オレはその精霊を性的対象として見てないってば。じゃあ、もういいよ。あとでキミが確認して、オレに教えてくれれば」
「なっ⁉︎ 俺が⁉︎」
「そもそもオレにはもう、心に決めた女性がいるんだ。オレより歳上の、魅力的な大人の女性がね。……そう! それで! オレはキミたちを探してたんだよ‼︎」
ソラは突然目をキラキラと輝かせ、セスの手を両手で握った。
「キミたち、魔脈管理士だろう! オレはキミたちの魔脈調査に同行させてもらう! そうすればキミたちが魔女の家周辺の調査に行くとき、オレも彼女の家を知ることができる‼︎ キミたちの仕事を邪魔するわけでもないし、むしろさっきみたいに発明品でサポートだってできるんだ。勿論OKしてくれるだろ⁉︎ だろだろ⁉︎」
「ソラさんって、魔女さんのストーカーなんですか? 魔女さん、人に会いたくないって言ってましたけど」
ネリアが不審そうにそう言うと、ソラは今度はネリアの手を握ってくる。
「もう魔女に会ったんだね⁉︎ オレはストーカーじゃなくて、彼女のディスティニーさ‼︎ 子供の頃、この森で迷子になったオレを優しく慰めてくれた美女……あれから何度会いに行っても追い返されるばかりだったが、大人になった今、オレは彼女にプロポーズするべくこの田舎へ戻って来たのさ! で、彼女は元気だったかい⁇ キミ、彼女の話をじっくり聞かせてくれ‼︎」
「つまり森の呪いはソラのせいでかけられたんだな」
セスはネリアの手からソラの手を払いのけ、2人の間に割り入った。
「でもまあ、残念だったなソラ。魔女の家周辺の魔脈調査だけ、昨日のうちに済ませたんだ。魔女には不要不急でない限り家に近付くなって言われたし、秘密を守るように厳しく口止めされた。探すなら自分で探してくれ」
熱苦しいノリの早口男ソラに、セスはうんざりしていた。
魔女の件があっても無くても関わりたくない人種。苦手なタイプだ。
「くっ、出遅れたか…………しっかーーし! キミたちは魔脈調査が終わっても、魔脈調整でまた魔女の家を訪れるのは間違いない。自力で魔女に会えなかった場合を想定して、キミたちの動向は見張っておくべきだろう。1人で闇雲に森を歩くより面白そうだしね! うん、オレはキミたちと行こう! でも、もし、オレに付き纏われるのが嫌なら、いつでも魔女の家に置き去りにしてくれればいいよ! そう、今すぐにでも‼︎」
「「…………」」
セスとネリアは顔を見合わせ、互いにうまく断ってほしいという視線を送り合った。
それに気付いてもソラの心はちっとも折れない。
「ハハハ! まあそんなに邪険にしないでくれよ。キミたちの調整作業はまだ先のようだし、今日のところはこの枯れた魔吸蔓を回収したら帰るよ。いい素材になりそうだ♪」
ソラは背負った大きな鞄から布袋を引っ張り出すと、魔吸蔓を腕でワッサワッサとかき入れ始めた。
セスたちも魔脈調査作業に取りかかることにする。
「魔吸蔓がこれだけ群生していたってことは、魔脈が乱れてるせいでこの辺りは魔力が停留してるのかもな。それじゃ、さっそく……」
「ちょおおおっと、待ったあああ‼︎」
バサァーッッ‼︎
セスが魔動機械を取り出した途端、ソラがそれを奪い取り、代わりに魔吸蔓の詰まった袋を叩きつけるようによこしてきた。
「この魔動機械、オレにいじらせてくれよ‼︎ 天才発明家のオレが素晴らしくパワーアップさせてあげるからさ! ああ、ほら、例えば今ここに表示されてる術式! ここに別の術式を代入すれば、そのあとの動作を省略して、演算速度が上がるし! あと、こっちの術式は同時に実行するより、別々にしてこっちに割いてた部分をあっちに集中させた方が効率が……」
「おい! 素人が勝手に術式の書き換えなんかしていいわけないだろ! その魔動機械には、火の国の専門家が考案した最新術式が組み込まれてるんだ!」
「でも、ソラさんのメモしてくれる術式、確かに理に適ってると思うよ?」
魔吸蔓袋で前が見えないセスに代わって、ネリアがソラの手元を覗き込みながら驚いていた。
2人が話している間にも、ソラは高速でメモを書き足していく。
「肩書きのある人間の言うことを鵜呑みにして、自分で確かめることを怠っていては高みへはいけないよ。先に上を陣取っている奴らの食い物にされるだけだ。もちろん判断には相応の知識をつける努力も必要だけどね。こんな田舎の若者が、キミの信じている母国の専門家より、術式最適化に精通していることだってある。青年、キミはそれを今から知るべきだ。こっちのお嬢ちゃんには、もうよくわかっているようだよ」
「は⁇」
袋を置いてセスが顔を上げると、ネリアが自分の魔動機械をソラに差し出しているところだった。
「ネリア、お前どういうつもりだよ⁇」
「私の魔道機械、今日の作業前に容量軽くしようと思って、ちょうど集めたデータを全部保管装置に移した後だったの。それなら、預けてもいいかな~って。もしものときは、国から新しく支給してもらえばいいしさ」
無謀な相棒ネリアを、セスは心底心配する。
「ばか! その支給される魔動機械にどんだけの金がかかってると思ってんだよ? 故障しなかったとしても、ソラがもし仮に悪い奴だったら? 何か情報を抜き出す術式を仕込まれる可能性だってあるんだぞ。そもそも本当に詳しいなら、それはそれで詳しすぎて怪しいし。ネリア、お前はもっと慎重になれって、俺は昔から言ってるだろ」
だがそんなセスの言葉に、ネリアよりも大きく頷いたのはソラだった。
「確かに! 青年の言う通り、無闇に人を信じるべきではない。なるほど、キミたちはとても良いバランスのコンビだね!……では、オレは術式最適化に役立つメモを作って進呈するとしよう。その内容を自分で確認しながら、採用するか決めればいい。オレのヒントを元に、もっといい術式を思いつくかもしれないしね」
「でも、ソラさんこそいいんですか? せっかくのアイデアを無償提供なんかして」
ネリアが上目遣いで探るように訊くと、ソラは誇らしげに胸を張る。
「オレは自分の手柄よりも世界をより良くすることを優先している、善良な天才発明家だからね! それに見返りなら求めているよ! オレがマイスイートハート魔女に再会できるよう、キミたちに導いてもらうのさ!」
「ソラさんって容姿以外は残念なイケメンかと思ったけど、実は意外に優秀で立派な人みたいですね!」
「ハッハッハー! 遠慮せずもっと褒めてくれてもいいんだよ!
「……いや、今のけっこー失礼だったぞ……」
2人の和気藹々とした空気にかえって居心地が悪くなったセスは、ふと思い出して精霊少女の姿を探した。
「…………うわ、アイツあんな遠くに行ってる」
精霊少女はいつの間にか、剣で縛られた移動可能範囲の限界まで離れていた。
言葉の通じる者同士で話し込んでしまったせいで、拗ねたのかもしれない。
そう思ったセスが精霊少女に駆け寄ろうとすると、精霊少女はセスの接近によって自身の移動可能範囲がずれた分、更に先へと進もうとする。まるで何かに呼ばれているかのように。
コツッ
「ん?」
ふと、セスは自身の足音の変化に気付いた。
さっきまで地面を埋め尽くしていた植物が衰えて、足元に白い石畳が見えている。
石の材質と彫られた模様を確認しようと、セスが屈み込んだ。そのとき……
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……‼︎‼︎‼︎‼︎
「「「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」」」
突然、地響きが轟いたかと思うと、真下から突き上げるような強烈な揺れが襲い、3人はその場に立っていられなくなった。
激しい揺れの中で、悲鳴をあげることすらできずに這いつくばる。
そして、その揺れが収まったと思った次の瞬間……
重い石畳が空高く跳ね上げられ、セスたちの胴体よりも太い数多の蔓が、地面を突き破って出現した‼︎
「精霊はッ⁉︎」
「空に逃げてるから大丈夫‼︎ 今はこっちに集中して‼︎」
セスとネリアはまず精霊の無事を確認したあと、味方に攻撃を当てないように互いの位置を確認した。
蠢く巨大蔓が邪魔で視界は悪いが、2人の距離は程よく離れている。
「ネリア! 防御重視でソラを守れ‼︎」
「そのつもりだけど、蔓が多すぎて……きゃあ⁉︎」
ズガガッッ……キィィン‼︎
多重に張ったネリアの魔法壁を、一際太い蔓が一気に突き破った。
だが、間一髪のところで、ソラが鞄から出した魔弾砲がその蔓を吹き飛ばす。
「オレは魔導士じゃないが、自慢の発明品で戦える‼︎ 民間人を舐めてくれるなよ!」
ソラは叫びながら小型爆弾を複数投げて、更に何本か蔓を吹き飛ばした。
「うおおおお‼︎ この戦いが終わったら、オレは魔女と結婚するんだーーッッ‼︎」
恋する男ソラの叫びが、迷いの森の空へ響く。




