4ー1.迷いの森の魔女
東の山での魔脈調整作業が無事に終わり、セスとネリアは西の山での作業へ移行しようとしていた。
風の国との国境がある西の山。その麓の森は別名『迷いの森』と云われている。
昔から森に住む魔女が惑わしの呪いをかけているのだと、セスとネリアはピアから教えてもらった。
「では、これから魔女さんにお願いして、お二人が森で迷わないようにして頂きましょう」
教会裏の森の入り口で、ピアはいつも通り朗らかに笑っている。
その笑顔を見ても、セスは不安を拭いきれない。
「でも、森に呪いをかけた魔女ですよね? 危険な相手じゃないんですか?」
「怖い方ではありませんよ。そもそも迷いの呪いというのも、森を抜けられず入り口に戻ってきてしまう呪いなんです。森からは追い出されてしまいますけど、おかげで迷子にならずに村へ帰れるんですよ。呪いの無かった頃は、探検ごっこや度胸試しに入った子供が迷子になることもあって、大人たちが探すのに苦労したと聞きました」
「どうやって魔女に会いに行くんですか?」
「わたしなら迷わずに道案内できます。幼い頃から師匠に連れられて、魔女さんのお宅へ通っていたので。今でも定期的にお伺いして、珍しい薬草と生活物資などを物物交換させて頂いてるんですよ」
ピアは腕にかけた大きなバスケットを見た。
本来なら荷物持ちを買って出たいセスだったが、今日は護衛に徹するために手を空けておくことにした。
「魔女さん……師匠が訪ねて行くまで、ずっと自給自足の生活をしていらしたそうです。森の中で、たったお一人で。何十年……もしかしたら、今の村が出来るより前から……何百年かもしれませんね」
「…………」
化け物のような老婆を想像して黙るセスの横で、ネリアは好奇心に目を輝かせる。
「そんなに長い間自給自足で生きられるなんて、すっっごく自立した女性なんですね!」
「森では色々な物が採れますし、魔女さんは必要な物はご自分で錬成なさるそうですよ。聡慧で、とても素敵な女性です」
「会うのが楽しみだなぁ~」
危機感に欠ける相棒の様子に失望しつつ、セスは精霊少女を振り返った。
精霊少女は一瞬キョトンとした表情を浮かべたあと、ふにゃっと笑って嬉しそうにセスの隣に並ぶ。
いざというときは自分がこの精霊少女を守らねば。セスは気を引き締めて、迷いの森への第一歩を踏み出した!
***
東の山と違って鬱蒼とした不気味な森だが、歩きにくい以外は特に危険も無く進んでいけた。
ソラの研究所から聞こえてくる爆発音のおかげで魔物が寄り付かないというのは本当のようだ。
今はもうかなり遠くなった爆煙を樹々の隙間に見つけつつ、セスはまだ会ったことのないソラに感謝した。
「さあ、着きましたよ。あちらが魔女さんのお宅です」
森を歩いて数十分。茂みの中へ突き進んでいくピアの後に続くと、その茂みはすり抜けることができる幻だった。
茂みの先の開けた場所には、小さな畑と小川、大樹で出来た家があった。
魔法でくり抜いた大樹に固定魔法をかけて、家として使っているのだ。
盛り上がった根に板を載せて作った小さな階段を上り、ピアがその扉を叩く。
コン! コン!
「魔女さん、ピアですよ。今日は魔脈管理士さんたちと一緒に来ました」
ギィィィ……
建て付けの悪そうな古い扉を不気味に軋ませながら、家の主が姿を現す。
重たげな真紅のローブ。深く被ったフードから覗く、うねった白髪と大きな丸眼鏡。
手には、小柄な持ち主の身長よりも大きな杖が握られている。
「……もう来たんですか……本当は私、誰にも会いたくないのに……」
恨みがましく呟いた魔女のか細い声は、セスの予想に反して可愛らしいものだった。
顔は隠れてよく見えないし、手には黒いレースの手袋がはめてあるが、風で揺れるローブの隙間からは瑞々しい生足がチラリと見えた。
肉体は若いまま、ずっと変わっていないのだ。
「それでは魔女さん、お願いしますね」
「約束しましたから……仕方ないです。……さ、入ってください。…………はぁ……」
大きなため息を吐きながら、魔女は渋々一行を自宅内へ招き入れた。
***
「い、家の中の物には、勝手に触れないでくださいよ……!」
「は、はい……」
魔法で土と岩を固めて増築した土間を足しても、中はかなり狭い。
全体的に雑然としていて、見たこともない怪しげな植物やガラクタで溢れかえっている。
ガラス戸の曇った薬棚には、色も形も様々な大量の薬瓶。壁には変色した古い暦や設計図。
大きな本棚を見ると、並べられた本と横板との僅かな隙間にまで、本が詰め込まれている。
更にその周りの床にも、棚に入りきらない大型の古文書が堆く積み上げられていた。
まさに魔窟……もとい汚部屋か。
「あれっ? あの子、魔女さんの使い魔ってやつですかー?」
興味津々で部屋を見回したネリアが、棚の上を指差す。
そこには、頭部と爪が白骨で、他は真っ黒な鳥型魔物がじっとしていた。
「『ドクロウ』……⁇」
セスはいつ襲われても反撃できるように、さりげなく剣の柄に手をかけた。
ドクロウは厄介な有毒魔物で、優れた聴覚で気配を察知することと、自身の気配を消すことに長けている。
夜目がきく分、明るすぎる日中は苦手で、安全な場所でじっと目を閉じて動かない。
体の大部分は霊体で、骸の部分だけが物体。食事は必要とせず、魔力を吸収してエネルギーとする。
「絶対に傷つけないでくださいよ! こちらが刺激しない限りは、大人しい子なんですから……!」
魔女は慌ててセスの前に立ち塞がった。
そんな魔女とドクロウを交互に見ながら、ピアは目をパチクリさせている。
「まあ! その子、生きていらしたのですね! 今まで一度も動いたところをお見かけしませんでしたから、てっきりお人形さんかと思っていました」
「私としては、ずっとそう思ってて欲しかったですよ……魔物と一緒に暮らしてるなんて、知られたら面倒そうですから……」
魔女は不機嫌そうに言いながら、魔脈管理士たちを見た。
自分が余計に危険人物と思われないかはともかく、同居相手を排除されないかは心配していた。
だが、魔女の意外な同居相手に対して、セス以外の客人は好意的な反応を示す。
「すっご~い! 母国で任務中に何度か遭遇したけど、人に懐いてる個体なんて初めて見ますよ〜!」
「魔女さんにはご家族がいらっしゃったんですね。良かったです。お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「く、クロくん…………クロ、です……」
「へぇ~! クロくん、今は寝てるのかな? 私、ちょっと触ってみてもいいですか?」
「や、やめてください……!」
魔女は杖でネリアの進行方向を遮った。
「いいですか? 私が君たちに協力するのは、早く森から出て行って欲しいからです……歓迎してるわけじゃないことを、忘れないでください……!」
「は~い」
ネリアは残念そうに引き下がった。悪びれた様子は一切見受けられない。
そんな当てにならない相棒を横目に、セスは本題を切り出そうとする。
「あの、俺たちが今日ここに来たのは……」
「いいです。話はピアさんから聞いてます。……君たちには森の呪いが効かないよう、加護を与えます。わかってるから、黙っててください……」
魔女はセスの言葉を遮って話を進める。
丁寧な言葉遣いと弱々しい声に反して、なかなか気の強い女性だ。
「まあ、迷いの呪いはそんなに強い魔術ではないんです……勝手に突破して入ってくる人もいるし……実のところ、魔脈管理士なら加護無しで自力で突破できます。……ただ、余計なことに魔力を割いて進度が遅くなっては、こちらも迷惑ですから……早く用事を終えて帰って欲しいから、協力するだけです。……それでは、さっさと用事を片付けましょう……」
セスは内心「まず片付けるべきは、この部屋だろ‼︎」とツッコミたかったが、我慢した。
ゴソゴソゴソ……
「……これ、と……これも……」
魔女は布の山の中から丸椅子を2脚発掘すると、それをピアたちの方へ押しやった。
それから精霊少女を見て、首を傾げる。
「ええと……精霊には、椅子は無くてもいいですよね? 浮いてるし……すり抜けるし……」
「人間の分にしたって、人数分には足りないな。まだどこかに埋まってるのか?」
「ここで待つ人たちの分だけあればいいんです……これから1人ずつ、私と奥へ来てもらいますから……」
魔女は杖の先で、間仕切りで区切られたスペースを指した。
「1人ずつ、ですか⁇」
「はい、そうです……加護を与えるところを、見られたくないですから。……中では目隠しをしてもらいますから、そのつもりで……」
「待ってください。目隠しか、間仕切り、どちらかだけでも外してもらえませんか?」
セスは魔女を呼び止めたが、魔女は応える代わりに大きな溜息を吐いて、間仕切りの向こうへ消えた。
「怪しすぎる……」
「大丈夫だよー。だってピアちゃんの紹介だもん! ま、セスが怖いなら私が先に行くよ~」
警戒するセスの横を通り抜けて、奥へ行こうとするネリア。
セスは慌ててその肩を掴む。
「待て、ネリア。……やっぱり俺が先に行く」
「え~、別に強がらなくていいってば」
「俺は用心深いだけで、怯えてるわけじゃねーよ。お前に何かあったら、先生が俺をただじゃ済まさないからな。俺が先に安全確認する。念のため、こいつは預かっててくれ」
ぽけ~っと浮いている精霊少女の方をチラリと見て、セスは精霊憑きの剣をネリアに手渡した。
だが真剣なセスとは対照的に、ネリアはニヤニヤとふざけた笑いを浮かべている。
「ははーん……さてはセス、魔女さんと早く2人きりになりたいんでしょ~? エッチなことはしちゃダメだよー?」
「…………」
空気を読まない相棒にいちいちツッコむ気も失せて、セスは黙って間仕切りの向こうを目指した。




